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2009年 11月 05日
火曜日と木曜日は気に入りの授業があるのでなんとも楽しいです。
私の場合、現在教わっているのは公共政策・行政学の先生が数名、都市政策の先生が二人、それに自由選択のフランス語の先生がおられるのですが、特にそのうちの一人の先生から目が離せません。都市政策の先生です。青空を思わす水色のチェックのシャツにVネックのセーター。極めつけは真赤のソックス。本日オフィスアワーに先生のところを訪ねたところソックスに気づいてしまい、終始目が釘付けだったのでした。いや、自身の聞きたかったことはアドバイスを頂戴したので悪しからず。というルックスばかりでなく、故・岡田真澄氏ばりにディープな声で延々と話していることも(70パーセント意味が分からないです。形容詞と動詞の選択肢が変わってます)、パワーポイントの文字の大きさが小さすぎてさっぱり読めないところも、それを全く気にしていなさそうなところもツボです。実際オフィスアワーでの先生は、いつもと全く変わらず、自然体でHelpfulでおられました。先生の論文を読むと、よりハードボイルドなお方なのでは(政治的にもある程度ラディカルであろうことが授業の話の端々から感じ取られます)と思うのですが、授業を聞いている限りにおいてはそのようなことは全くなく。 ![]() このクラスが素敵なところのもう一つは、先生だけでなく学生の素敵さでもあろうかと思います。公共政策・行政学の学生、つまり私が所属する学部の学生は、以前少しお話したような感じでとてもナイスでスマートな人々で満ち溢れているのですが、地理学(都市政策はこのデパートメントの一部になります)の研究室の学生というのは、また少し異なるニュアンスが。都市について考える時も、公共政策という一種の特殊訓練を施された学生のはしくれのわたくしと、地理の学生だとTakeが多少異なります。自身の場合、どうしても都市計画をその計画にかかわるアクター達の関係性という観点で見てしまいたくなるところですが、それは一つのとらえ方にしか過ぎず、様々な切り口が互いを高めてくれることを理解するのです。他の学部の授業が取れることのメリットはそこにあるのかと。 課題図書を全部一人で読めれば素晴らしいのですが、そんなことをしていたらとても眠れない。ということで、必殺読書サークルというのが自然に、そして必然的に作られます。これは、一つのクラスの一週間の読書が3冊の本と5本の論文だったとしたら、あいにく全部を精査してノートを取っていたら無理ということで、全体をさっと目を通して、あとの要約は他の人と手分けをして行うということをしています。要約を作る理由は7月に試験があり、その試験でほぼ100パーセントの成績が決まるという学校であるが故です。人間、やはり圧力があるとこつこつやるというものです。この読書サークルの女子たちがとても楽しい! ![]() 2009年 10月 23日
本本本!社会学部のはしくれの血が騒ぐ課題図書達に郷愁を覚える木曜日の夜。アペロのお誘いを断り、寮でシラーズを開けてみました。隣人たちが風邪だということで、お互い助け合いの隣人愛。レモンとシナモンを落として、ホットワインを。ゲゼルシャフトの中のゲマインシャフト!と叫び出しそうなのは、社会学復興の印です。
突然Chet Bakerが聴きたくなり、引っぱり出してきました。大学四年生の頃によく聴いていたので、なんとなく懐かしい歌声が、武蔵野の並木道を思い出させてくれるというものです。彼の曲は、たいがい始まりが好きなのです。秋がお似合いの声質。と、しんみりした後にJonis Joplin。お次は忌野清志郎とハナレグミ。隣人はさぞかし不思議がっていることでしょう。夜な夜な聴こえてくる不思議音楽セレクションたちに。そして、ロックな音楽家の、はちゃめちゃさと温かさのバランスって、なんなんでしょう。 それにしても、社会科学という括りがいかにざっくばらんであるかを思うこの頃です。ここだけの話、実社会に出た際に感じた、一本槍な前提・議論展開、大学三年生の夏にインターンをし、溜池山王で朝の明かりも夜の灯りも見て、入った世界。そこにある前提に疑問を抱かないことはないのだけれど、そのNormativeな状況に一度身を置いてみたかった新社会人の経験。さっぱりわからないその論理!窮屈!とまでは言わないとしても、Status quoが疑問視されないことが興味深かった3年間。そして今、毎日授業で聞くのは、その議論の裏にあるのは規範的質問?ポジシティヴな質問?やっと2005年以来、同じ言語を話している気がします。 でも、待てよ私。ここはとても特殊なちろりん村であることを忘れるなかれ。一歩キャンパスの外を出れば、規範的質問を疑問に思わないことが当然の世界が待ち受けています。それを変えようとするのか、それに入らないでおくのか、むしろ中に貪欲に切りこんでいくのか、それはまたそれぞれの選択なのでしょうが。社会科学を勉強するならば、様々なStatus quoをどんどん壊すのが無理なのならば、深化させていけばいい。と思わせてくれる先生が結構いて、同時にシティの引き続きの議論が当然な先生もいて。同じ屋根の下、大変なことになっています。100人先生がいれば皆違うことを信じている。けれど、やっぱりどこかでNormativeにならないことを理想としている人が多いか、もしくは自分がNormativeであることを認識して、これが自分のスタンスです!と言ってはばからないか。 ユートピアの「知的活動」と実世界が互いを照らし合わせるその間にいれたら。と思うのです。 2009年 10月 19日
お久しぶりです。ロンドンはいつの間にかすっかり秋めいて、今週などは随分冷え込んでいます。Pコートでは寒いくらいのこの頃です。雨に悩まされるので、長らく購入しようか検討していた長靴(しゃれっ気がある人はレインブーツと言い換えるのでしょう)を購入しました。小学生の頃からかれこれ十数年ぶりの長靴です。黒地に赤と白のマークがかわいいです。今年一番の投資のような気がします。それにしても、男性のお洒落な長靴というのはあまりないですね。皮靴に防水スプレーをすればいいのかしら。
さて、最近の生活と言えば、なんとも学生らしい生活をしています。寮→学校→寮→学校、これに時にパリに行く・帰ってくる、とかシティバンクに行く、とかそういうものも入ってくるのですが、一端生活が始まると、これはどこでも言えると思うのですが、行動がパターン化してくるというところがあります。このパターン化に閉塞感を感じる場合もあると思うのですが、私の場合はここ2年弱程、生活の拠点が変わりすぎて、ある程度リズムがあることが日々を動かしてくれるというところもあるかと思います。そのパターンの中で、時に人々との会合があったり、そういうことがパターン化した学生生活の色どりになってくれます。ロンドン自体を歩く機会があいにく限られていますが、そういうコミュニティ的なロンドンでの立ち止まり方は新たな視座を与えてくれます。昨夜は寮の同じフロアのドイツ人の女の子の呼びかけで、ザワークラフトとフランクフルトをご馳走になりました。 ところで、学校で一番厄介なのはCapstoneという名のグループプロジェクトでしょうか。民間なり政府系なり国際機関なりのクライエントにお題を頂いて、その問題のソルーションを提供せよ、というのがミッションです。それでなくても本の波に押され、論文を書かなくては、とやっているところですが、このプロジェクトが、自身が所属するプログラムではとても重要視されており、そこがMScの学位と異なる所以なのかと思われます。今まで習った理論やモデルやメソドロジーをどれだけ実社会に利用できるか、そのことを使命とするプログラムなのです。 ロンドンでは、パリに増して都市計画と都市化関連の書物を読んだり、授業を受ける機会が増えました。パリを離れてから思うことは、もっとパリの都市計画について知りたい、というところであるのですが、それは自身で行うこととして、授業でこうした自分の興味ど真ん中の勉強を受けられるということがとてもありがたいなと思っています。面白いな、を仕事なり今後の糧にする、そこを心のどこかで考えつつ今できることに没頭しようと思っています。 ![]() "To see complex systems of functional order as order, and not as chaos, takes understanding. The leaves dropping from the trees in autumn, the interior of an airplane engine, the entrails of a dissected rabbit, the city desk of a newspaper, all appear to be chaos if they are seen without comprehension. Once they are understood as systems of order, they actually look different." (Jacobs, J. quoted in Scott, J., 1998. Seeing Like A State. New Haven and London: Yale University Press.) 2009年 09月 30日
なんというか開眼させられる、というのはこういうことだろうと思ったのでした。大学院の制度を利用して、ロンドンにやってきたというお話をしたわけですが、なんという興味深いところなのでしょう。私、街に関しても、教育機関に関してもまっさらな状態で来て体験してみたところ、見事にポジティブな驚きに満ち溢れています。パリでは感じ得なかったものを感じています。つまりはどちらがいいということではなく補完的な関係であるのでしょうが。これから社会科学の大学院を考えられている方には、ひとまずおすすめいたします。
それは、街がそうさせるのか、学校のプログラムがそういう気持ちにさせるのか、もしくはそこにいる人々か、おそらくはそのコンビネーションによるところなのでしょう。とにかくまだ復習クラス?(統計学と数学は大切だからある一定の基準はクリアしておいてね、もしそういうバックグラウンドがなければこの2週間で追いついて下さい、というクラス。しかし、社会学をしていた身にしてみたらかなり最初から飛ばしている印象です。少なくとも統計学は去年1年勉強したにも関わらず、また受講してそうなんだー、と頷いている始末。)なのでなんとも言えませんけれども、よい意味で、これはとんだところに来てしまったという印象です。そして、大学が完全にビジネス化しています。ビジネス化というと聞こえが悪いのですが、とにかく限りなくシステム化が進んでいて、事務手続き等も一本化されスマート。金銭のやりとりも、もはやスーパーで買い物する感覚です。その上キャンパスがロンドンの中心にあるため、イメージ的には飯田橋の理科大キャンパス?という感じです(他方、理科大は日仏学院近くに大きな建物を建てたりしておられるので一概な比較はできないかもしれません)。とりあえず、学生が皆異常な程のポジティヴエネルギーを放出しており、しかし押し付けがましいというよりはスマートで軽やか。学部から直接上がった人もちらほらだけれど、基本的には実務経験がものを言うマスターなので(パブリックセクターのMBAをうたい文句にしています。)たいがいが投資銀行・コンサル・NGO・政府機関などの職歴あり。ちなみに学校の80パーセントは外国人だそうです。なのに皆英語が完璧です。発音からして、イギリスか米国に以前留学したことがある人が多いのではと。つまり、鼻につかないとはいえ、完全なるエリーティシズムがそこにはあるわけです。そして、多くの学生が髪の毛や洋服にいとても気を使っています。ん?ここはファッション・インスティチュート?と錯覚するほど。訳が分かりません。では、鼻につかないというのはどういうことなのか困惑していたところ、同じ大学院を以前に卒業した仲がいい友人が、そういう学校なんだよ、と同意してくれたので、どうやらこの第一印象は共通したもののようです。とりあえず、強烈な印象を残した一週目。一年生に混ざってRetreatに行ってきました。○○王国へのコンサルゲームなるものがプログラムに入っており、プログラムの卒業生でコンサルに就職した方が来てレクチャー。スピード感があるのが面白いです。 これを既視感と言わずして何と呼ぶ。一学期目が始まる段階から毎日のようにキャリアセミナーがあるというのはすごい話だと思わずにはいられず。周りの興味が「公共政策」大学院であるにも関わらず、コンサルに向いているところが不思議です。でも、プログラムを見るからに一年目はエコノメトリクスの授業ばかりだし、パリの大学の学位共有制度があるとはいえ、同じプログラム名であるとはいえ、だいぶ状況が異なるのでした。とりあえず、このポジティヴなエリーティシズムでポリティサイズされたお洒落なキャンパスの日々を、今後もアップデートして参ります。びっくりしつつ、小生はほどほどにマイペース、ええ、寮からほうじ茶とおにぎり持参でこの不思議空間を楽しみたいと思います。 2009年 09月 23日
大学院の二年目、ノマド人生は続きます。またしても拠点を変えてロンドンにやって参りました。愛するパリからスーツケースでお引越しです。心強い助っ人なしでは国境を越えての電車での引っ越しは大変だっただろうな。
![]() すこぶる快晴のロンドン、木々が優しいです。海峡を越えたのだと思わせる風景ばかりが目を奪い、人々のファッションがパンクなこと。80年代ファッションの取り入れ方も、違います。女子は基本ミニスカートなど攻めてます。パリでどこかしら自分の色合いもまた、落ち着いた装いに・コンサバになったものです。学問の面でも、フランスとは少し異なるプログラムを受けられそう。アメリカとはやはり異なるわけですが。またこの一年が実り多いものになりそうな予感。アートシーンが相当興味深そうなのでそちらも楽しみです。 2009年 08月 25日
去年の9月7日に日本を発ったので、東京から生活の拠点を移してから、もうすぐ一年が経ちます。
![]() 立ち位置が変わることで何か変化があったのか、そう考えると、変わったところもあるし、変わらないところもあって、結局これはどこの国に住まおうが、どの都市に居を構えようが、社会人だろうが学生だろうか変わらないものがあります。三つ子の魂百まで、なのです。どうやら。小さな変化と言えば、OL時代に増して堅実な生き方をするようになったこと。貸方よりも明らかに借方が多いのだから、これは当然なのですが、後ろ盾のありがたみをこれほど感じた年はなく。変わっていないところと言えば、相変わらず旅が好きで、和食が好きなところ。そうした生活面以外での信じるところは、相変わらずさして変わっていないようにも思えるのですが、去年よりも爪の白い部分位だけちょっぴり、世の中を斜に構えすぎず見られるようになった、ないし見ようと思えるようになったこと。世の道理でふと疑問が湧いた時に、感情に任せて結論付けを急ぐよりも、そのプロセスに興味が湧き、道理と思っていること自体が、実は自分の色眼鏡を通じてかもしれないこと、そういうことを感じたのでした。 これは勉強面でも言えることで、というか勉強面で特に思えた変化でした。社会人になるまで、学校で社会学をメインに学んだ私は、社会学的思考というのが好きであり、今でもその気がかなりあるのですが、証券会社で三年働き、内を垣間見て今は外に、その後公的機関で働き、内を垣間見て今は外に、そしてジュネーヴで国際機関の内を見て、もうすぐまた外に、こういう反復練習の中で見えたものは、社会学的思考が実は実社会では意外にも大変役立つのだという発見であり、同時にそれは始まりであり、途中経過であり、結論付けに活用していくものではあるのだけれど、決して一つのDefinitiveなロジックを見いだせるものではないということです。矛盾するようですが、その中で社会学というものが与えてくれる世界の拡がりを今一度認識しました。これは、たぶん社会学だけでなく―というのもこれは一つのカッコ付けの学問という意味でなく、形而上学・人類学・理論経済学と他の分野にも言えるわけで、社会科学の礎に流れるもの全般―、それが示唆するものは大きいのだということを感じました。 今私は、より実践的な勉強をしていて、それは行政の政策分析などを含みます。現在ジュネーヴで行っているインターンもまさに政策に関わるところなのです。たいがいは経済学者や法律家のバックグランドがあり、私はそういうところで沢山学ぶところがあるなと思う日々なのですが、社会学というバックグラウンドに短いながらも仕事をし、公共政策というマクロだけれど実践的なものが重なり今が在るなと多いに思ったりしております。都市開発に関心を抱いて公共政策大学院に入りましたけど、その中でのベクトルがよく定まらなかった一年目、ようやく今になって、過去の勉強・今の勉強・有給無給両方の職歴を通じで感じた関心が、ある程度まとまってきたと思われます。 人様の中には一つ一つの目標を明確に設定し、それをこつこつ成し遂げていく方がいて、私はそれをとても尊敬するのですが、私の場合は、これが今はよさそうという直感で選択をし、けれどそこに何らかの執念がどこかしらあって、何となく気づいてみるとそれを重ねてみたら何となく道だったかしらという感じの人生です。 9月下旬からいよいよロンドンで二年目です。この一年は、大学院一年目で、ジュネーヴで明らかになってきた都市開発の中で見出した関心を温め、色々と見聞きして、そのうちの小さい事象をこつこつ学ぶ年にして参りたいと思います。 2009年 08月 02日
昨夜は建国記念日で沸いたスイス。スイスの国旗や動物をあしらったまあるいランタンがとびきり可愛らしく。湖沿いには大きなチーズフォンドュがお目見えしたり、ボートレースが行われたり、ジュネーヴはいつもの静けさとは考えられない大賑わいでした。ジュネーヴはいまいち文化的面白みがない、という思いで今までいたのですが、夏のジュネーヴは芝生の上で、公園で、街角で、楽器を演奏したり、歌を唄ったり、それもクラシックからアフリカンタムタムをベースにしたオルタナティヴまで様々。こうして見ると、今まではなぜ彼女のような人が、といまいちよく理解できなかったのですが(失礼な)「存在の耐えられない軽さ」の芸術家・サビーナが一時住んだ街というのも納得する最近です。
![]() お話は皆様の楽しみを奪ってしまうから省略させて頂くとして、この映画が日本でも公開されることを切に願います。というのも、監督さんは、大の日本びいきで現在もご夫婦で京都のヴィラ九条山にお住まいとか。元々はベストセラーの小説をベースにしているのだそうですが、映画で映像化されているイラストなどの世界観がとても素敵でありました。ちなみに、le hérissonとはフランス語でハリネズミのことだそうです。私が大好きな二大動物の一つです!(もう一つはアルパカ)その辺りでも個人的にかなり自身の情感に合った映画でした。 "Toutes les familles heureuses se ressemblent, mais chaque famille malheureuse l'est à sa façon".『幸せな家族はすべて似通っているが、不幸な家族はそれぞれ違う風に不幸である』アンナ・カレーニナの冒頭より 2009年 07月 30日
やっぱり海!
![]() 思い思いに楽しむチュニジア・マハディアの海岸。淵がとびきりオシャレなバスクの布で囲われた砂浜用タオルの上で昼寝をするのもよし、波と戯れるもよし。 曇り空の日は、チュニジアの空を見上げたし! 2009年 07月 28日
ごめんくださ~い!
(暖簾を挙げて)おかみさ~ん、ちょいとー。 ![]() お天気がいい日は、シーツやカバー類を総洗い。部屋の一階部分の部屋を横断してシーツを干して。部屋が分断されてしまうから、キッチンに行くときはついつい、ルームメートとお互いで、ごめんください、の図に。 こういう生活臭さと、ゆったり時間のバランスが、わたしのツボです。 2009年 07月 23日
久々にパリに行ってきました。帰ったらすぐ美容院!とうずうずしていたのです。髪の毛をストレートにしてもらおうと思って美容院に行ったのですが、話し合いの結果、沢山レイヤーを入れて随分と短くなりました。完全に肩上で頭が軽いです。
実は先週も行っていたのですが、土日だけだったのであっという間にすぎてしまいました。今回は二日お休みをして長めに帰宅。最近は随分とジュネーヴも勝手が分かってきたので、パリに着いても帰ってきたなー、ジュネーヴに戻っても帰ってきたなー、と不思議な状況です。よく考えれば、いずれの都市も自身の故郷からはそれなりに離れた地であり、随分と異なる文化圏な訳ですが。その意味では、やはり、パリという街、見慣れたカルチエと、ジュネーヴにはいない人に再会できるのが嬉しくて仕方なく。いつも何とも言えない匂いがする地下鉄も、皆が大好き左岸のデパートで買い求めた美味しいシリアルパンも、久し振りに会う友達カップルにお呼ばれしての夕飯も、久し振りに購入できたお豆腐とネギで作る麻婆豆腐も、通り雨が毎日のように降るけれどやっぱり納得の美しさのセーヌ河も、とにもかくにもこの街に住んで学べたことを、本当に感謝します。 ![]() 引き続きジュネーヴでは、サブ・サハラの国のエトセトラにコミット中です。たまたま今週パリでは、いくつか思いがけない出会いがあり、様々教示頂きました。その二人は、それぞれ大学の一学年上であったり、将来探し(就職探しよりももう少し大きく捉えたし)をしている方々なので、かしこまらずにそれぞれのこの一年の経験をアップデートして下さり。結局は、こういう中でのたわいもない話は、案外視差に富んでいて興味深く。このタイミングで二人の話を聞いたのも、何かの縁。ジュネーヴに居る間しかできないこと、それはここにいる間に、より多くの人と出会い、また新たな視差を得ることなのだと閃きを頂いたのでした。 2009年 07月 17日
先々週になりますが、とっても美味しいフランス料理を食べる有難い機会がありました。
ジュネーヴ市内から電車と乗合いバス(ジュネーヴの中心地を離れ、通常の公共交通機関がないところにいくと、小さなバスがどこでもお願いしたところに迎えに来てくれるのです。スイスという国の偉大さはこういうところにあるのかも)を乗り継ぐかして行く小高い丘の上。穏やかな緑を見ながらの贅沢なランチです。ミシュランの二つ星なんですって。私、フランスでもそうでしたがスイスでは輪をかけて自炊生活の鬼ですので、本当に夢心地でした。パンも、小麦粉をフランスから取り寄せているのかな、世にも美味しいパンの数々でした(永世中立国のスイスでは新しい小麦粉を備蓄に回すため、パンには古めの小麦粉が使われているのだそうです。残念。) ![]() ![]() ![]() ![]() 今までもミシュランだなんだと東京でも皆興味があるもんだなー、と周りの関心の高さに尊敬と驚きを抱いていたものでしたが、いやいや。今まで頂いたフランス料理の中で一番手が込んでいて、けれどかしこまらず、美味しい美味しいランチでした。今でも思い出すだけで。どうもご馳走様でした。 2009年 07月 15日
ある部分で、ずっと考えてきたことだと思います。
漠然とした中で常に頭の中にあった国際機関という職場。学部生の頃から、一つの選択肢として頭をかすめ、そして民間企業に勤め、どこかで残り続ける思いがあり、大学院に進学した去年。そして、学び舎があるパリを離れ、ジュネーヴという地にやってきました。英語とフランス語、その他の何語か判断できない言葉で溢れる街。溢れる職場。一人として同じ肌の色がいないその地は、まさに多様性を地でいっています。百聞は一見にしかず、とはこのこと。しがないインターン生という立場でありますが身を置き、短期間ながらに見えてきたものも多々あります。それは、個人的な体験ですし、国際機関といっても、その中の各エージェンシー、チームメンバー、またエージェンシーが世界中のどこにあるのか、ニューヨーク・ワシントンDC・ジュネーヴ・パリ・ローマ・東京などのオフィスなのか、それともフィールドオフィスなのか。また、各機関も、フィールドオフィスがある場合とそうでない場合もあるでしょう。今、私が毎日通勤している組織は、この組織内の改革を行っていて、その改革とは、同じ機関下に沢山の組織があり、リーダーがいて、アジェンダが場合によっては重なり合う状態を解消し、一つの国に一人のリーダーを置き、コーディネートを促進することで、効率化を高め、プロセスよりも結果重視に移行しようということを随分頑張っている雰囲気です。 最貧国と言われる国の一国について色々調査を行っています。援助・開発のためのビジネス、外国直接投資をいかに呼び込めるか、この地にあるリソースを可能性を調べています。まだ見ぬ、訪れたことがないその地への期待と心配、いつか自分の目で確かめてみたいという想いが募るばかりです。 気づきの一つは、自分が漠然と描いてきたもの、それはこの機関がまさにやっていることでもあり、同時に他の機関も行っていることだということ。また様々な規模で行うことが可能だということ。援助のためのビジネス、という大それたものではないのであれば、いくらでも、そうそれは明日からでも自分が始められることなのだと。一度自分でやってみなくちゃ分からないことがたくさんあって、ジュネーヴのオフィスで机に向って初めて芽生えた感情を大切にしたいと思います。 2009年 07月 07日
エスパドリーユが似合う街チュニス!いまだ完全にチュニジアへの愛でいっぱいで、今でも写真を見てはうっとりしていたりします。ああ、あのアフリカの土地の雰囲気。
![]() といいつつ、忙しない6月末。引越しってやはりめんどくさいといったらウソになりますね。荷造りをする時はいつでも、人生で必要な荷物は何であろうと思いつつ、とりあえずうどん一袋とソバ一袋と鰹節と書きやすい文房具を入れる自分。どんなものだか。厳選の割にはそんなことしてるもんだから、荷物は結構重くなるものです。 先週の水曜日にジュネーヴに着きました。ジュネーヴはパリからですと新幹線で3時間半。さほど遠くはありません。ジュネーヴは二度目です。まとまった期間滞在するのは初めてです。実は私は、ジュネーヴのことはどこかで敬遠するところがあって、それは完全に主観なわけですが、フランスからやってくると、なんともカラーがない感じがして仕方がないからです。パリに住まうと、そこはよくも悪くも強烈な価値観(がちがちの固定概念含む)が存在していて、それを人が文化と言ってみたり、アクと言ってみたりすると思うのですが、この街はあまりにもインターナショナルでそれがないように思えて仕方なかったのです。スーパーで質問をしてみても、ゆっくりしたフランス語で話してくれて、なんと外国人の気持ちが分かる街だと衝撃を受けたりするのですが、それもそのはずこの街は80パーセントが外国人だそうでして。それに加えて、一国の首都、大都市とジュネーヴという一つのとても特別な町を比較すること自体がナンセンスなのだと一週間でやっと理解するに至りました。 そう思わずにはいられない山と湖を目にしたとき、それが比喩としても実質的にも仮に桃源郷的存在であったとしても、この街にこれらの機関が存在して、人々がいて、というのはやはり特殊で、特筆するに値するのです。 さて、この街で物件を探すのは、パリ以上に大変で、売り手市場。数カ月滞在の者が物件を探すのは難航する、と言われていたのですが、幸いジュネーヴ大学の掲示板で夏期に国外に行く研究者の部屋を借りられることになりました。職場までは歩いて20分。まだちょっぴり慣れないのがスイスのスーパーなのですが、フランス国境がトラムで20分のところなので、土日にフランス側まで訪れるというのも一つの手かもしれません。この夏の目標は仕事をしつつ修士論文の調査もそこに絡め、それから仏語の向上につきるかと思われます。Grammaire utile du françaisという地味だけれど内容が濃い使えそうな参考書をこの度入手したのでこれを使い倒すべし。 2009年 06月 29日
2002年3月にリュックサック旅行をしたモロッコぶり、少しご無沙汰のマグレブです。今回は連れのチュニジア人の友人宅にお邪魔して、お陰様でリュクス&ローカルな滞在を。ありがとうございました。
![]() ![]() ![]() ![]() 2009年 06月 05日
先日、経済協力開発機構(OECD)・アフリカ開発銀行(ADB)・国連アフリカ経済委員会(UNECA)主催でアフリカ経済に関するカンファレンスがあり、ちょうど大学の先輩が会議のオルガナイザーであったこともあり聴いてきました。この会議は、OECDのアフリカ経済アウトルックというレポートが出されるタイミングで毎年行われているようです。午前中はアフリカ経済概況、午後はテレコムに関する話のテーマが絞られ、最近授業の関係でブルキナファソなどフランスが旧宗主国のサブ・サハラの国々における水道の民営化に関して調べ物をする機会があり、発展途上国におけるユーティリティの民営化に関心がある私にとってはとても興味深いものでした。以下少し長いですが備忘録に概況を。
GDP成長率は08年4月予想では3%を割り、09年5月時点で4%弱(アフリカ開発銀行データで09年5月時点で石油輸出国の平均GDP成長率は2.5%、石油輸入国2.4%、中央アフリカ2%、西アフリカ5.1%、サブ・サハラ1.4%。)。ここ数十年で初めて一人当たりGDP成長率が初めて減る見込み。アンゴラやボツワナなど一つのコモディティに依存する国、また南アフリカなど世界経済の近い国が世界経済不安の影響を一番受けている。石油輸出国で最も打撃を受けた国々としてアンゴラ、赤道ギニア、スーダン、今後、ナイジェリア、ガボン、カメルーンなど。共通するのは経常収支が少なく、財政赤字を抱えている点。なお、ケニアなどに関しては鉱物など輸出の飲み悩みがあるものの、農業分野での安定により打撃が少ない。また海外直接投資からの財源の多くは、資源関係に集中しており、その意味で不況の影響が大きい。その他、アフリカにおいて、今だ公式な形での海外送金のチャネルが不安定であることに関する懸念も提示された。また、株式市場では、エジプトや南アフリカなどアフリカ経済の牽引役間での市場価値の下落が目立ち、貯蓄も減少、欧米に比べても損失が大きい結果となった。 情報通信技術分野では、OECDの経済アナリストからまずパネル。アフリカ横断的eネットワークイニシアチブでインドの医療チームとアフリカの患者をつなぐ試み、農業分野では携帯電話のショートメッセージsmsで穀物の価格の情報の共有をするシステムがあり、その他送金の手数料が通常の送金手段に比べると安価であること(ウェスタユニオン比で10分の1程)などメリットと利用方法が挙げられた。また、2011年1月から欧州の輸入業者はぺーパレスに移行するため、こうした業者とのやり取りに適応する技術革新の浸透は必須。民間投資はもちろんのこと、支援の意味合いでは、プロジェクトごとではなく、Aid Management Systemに取り入れた地域全体、国全体のマクロな改善が望まれる。(エチオピア、エジプト、ルワンダ、スーダン、タンザニア、ザンビア、南アフリカ、ケニア、タンザニアではこのAid Management Systemが取り入れ始められている)なお、アフリカの中でもサブ・サハラ地域での遅れは深刻。携帯電話の投資に関するOECDの提案は二つ。まず一つ目に目覚ましい加入者の伸びに追いつくこと、また支払方法も前払い、後払い、マイクロファイナンス利用の支払いなど、新しいモデルを考察する必要あり。またアフリカで初めてケニア・タンザニアで始まった、アフリカ全土での通話量一律などのサービスが他の国々でも採用され始めている。インフラとしては、内陸のネットワークを整備し、東アフリカ全体をサテライトでつなげる必要がある。また、テレコムのオペレーターが利益源を独占しないなどの規制の確率が望まれる。現在、アフリカで情報通信技術分野での規制が十分でないにしろそれなりにある国はナイジェリア位しかない。その他、アフリカでは携帯電話の普及が目覚ましいが、固定電話の普及は伸び悩んでおり、同時にインターネットの普及率も鈍い点など今後発展が求められるエリア。最後に、情報通信技術分野でのアジェンダが貧困削減戦略ペーパーやミレニアム開発目標などよりマクロなドナーターゲットに具体的な形で含まれることへの提案がなされた。 これに対して、数カ国の閣僚や欧米通信会社の社員によるパネルディスカッションが行われて興味深い意見の一部を。まずサテライトの会社Eutelsatのディレクターからは、ナイジェリアにおけるサテライト設置で中国がサポートをしたものの失敗に終わった例を挙げ、インフラ構築以前の教育の重要性について言及。Vodaphoneは、より地域統合を進め市場を拡げる、また南北における家庭でのインターネット普及率の格差の縮小(OECD国では50%以上、OECD外の国では5%以下の普及率)が二つの戦略。この際、発展国におけるモデルをそのまま利用するのではなく、口語文化が大切なアフリカというコンテクストを考えた戦略が必要。 ![]() 2009年 05月 30日
先日、オペラTOSCAの初日公演に行きました。プッチーニの音楽が聴きたい!という気持ちで胸が膨らんだわけですが、実は私にとって今回が初めてのオペラ観劇でした。パリ八ヶ月目にして。バレーは数回あるのですが、オペラは機会がありませんでした。
どちらかといえば能や文楽の方が俄然親しみがあるのは、やはり今まで東京在住だったからでしょう。プッチーニ、素敵でした。悲劇の王道。オペラの王道、なのでしょうね。ちなみに、普段14区のダゲール通りでは見かけない紳士・ご婦人が沢山おられました。ああ、この世代の人(五十以上の大人の方々)というのは、あいにく交わる機会が少ないですし、実際会話ができなさそうなブルジョワ感に満ちている方々沢山だったのですが、ひとつ。ああ、そうなのです、この世代の方々は、きちんと「ドレスコード」というのを心得た世代なのだと。私たちの普段着はカジュアル化の一途。私もたいがいはかなりラフな格好をしており、カンペール・コンバース万歳・GAPキッズのカーキ色ジャケット(150センチ弱の女子の皆さん、GAPキッズおすすめです)をひっかけて歩いている日も結構あるのですが、メリハリを楽しむ余裕というのも、実はとっても楽しい金曜日の夜の過ごし方なのだと分かりました。ちゃんと髪の毛をブローして、あまり着る機会がないものを着て出かけるのも楽しいのです。さて、トスカは「歌に生き、愛に生き」なわけですが、最近とても素敵なカップルと仲良くなったので少し記しておきたいと思います。パートナーとして共に生きて十年ちょっとの四十代、それぞれが素敵な二人です。時に、社会の中で幾つかのチャレンジもあった関係のようですが、その話を聞いていて今の二人がある、私はとても胸が熱くなりました。そして彼が言うのです。「僕らは、自分たちの関係を長期に計画しないよ。けれど本当に幸せなことに、おととしよりも去年、去年よりも今年、時を重ねれば重ねるほど好きになってる。」そんな台詞を、しかも友達に面と向って言えること、なかなかないかなと。今年が図らずして本当に素敵、相手がもっと大切、未来向きでない今を重ねて振り返ったら長い道を一緒に歩いてきた、そのことへの驚きと感謝を繰り返し感じて行ける関係を紡いでいる二人をとてもリスペクトしています。 ちなみに。私が好きな文楽の演目に、伊達娘恋緋鹿子というのがあるのですが(人形使いが見事で、お人形なのにやけに色つやがあるのです)、悲劇的なトスカのエンディングと、同じ悲劇とはいえ伊達娘恋緋鹿子のエンディングの違いに、なんとなく日本と大陸ヨーロッパの悲恋のニュアンスの違いを描いているなと思ったのでした。やっぱり悲劇は、できれば芸術の中だけで、現実には上のようなカップルで溢れていて欲しいなと思った金曜日です。 2009年 05月 25日
東京は武蔵野、中央線で普通電車しか止まらない国立駅から南武線まで一本の大きい道が一本通り、そこを中心に扇型に拡がる街、国立があります。東京で、Boulevardという言葉が似合う道を持った街というのはここ以外には少ない気がします。ここが放つ空気感というのはかなり特別で私は大好きです。おそらく、この界隈で学生をしていた人は同じような気持ちをこの街に持っていると察するのですが。中央線と総武線の喧噪に、郊外独特の家族の香りに、この街特有のふわりとした品の良さ・悠長さが混ざり合い、中でも国立、というファンは多いはずです。
![]() というわけで、以下国立おすすめのお店たちを。 国立邪宗門 国立店の壁には、時計がたくさんかかかっていて、コーヒーカップがそれぞればらばらで味があったように記憶しています。チェーンでは決してありませんが、お仲間が開いた同じ名前の店がたくさんの場所にあります。 ロージナ茶房 1954年創立。ロシア語の店名です。コンサートもたまにしています。寮の先輩らがバイトをしていたことを思い出し。お茶使いがおすすめです。 西欧菓子伊藤屋 とても素敵なマダムがいらっしゃる店で、ケーキもチョコレートも優しくておいしいです。 レ・アントルメ国立 瓦屋根の店内、ケーキもパンもこだわっておられるのでしょう。 萬笑 にらラーメンに味噌ラーメン。元フレンチのシェフのお店でとても美味です。 ステーキテキサス コーヒーが薄すぎます。でもいいんです、テキサスだから。29日は肉の日なので、行くなら肉の日に。 農家の台所国立ファーム この店は割合と新しいのですが、野菜をただ蒸したものなども濃い野菜の味。 韓国料理たんぽぽ ゼミの先生がここが大好きで、何かにつけて打ち上げにはここに出没。やさしーいお母さんが美味しいごはんを山ほど出してくれます。 帽子アトリエ関民 年配になった時に帽子が似合う女性になる、というのが一応個人的抱負なのですが、この店の雰囲気は圧倒的です。 たばこ・喫煙具サンモ―クさえき 私はタバコを吸わないのですが、寮の仲がいい友人がバイトをしていたこと、ないものはない、の有名コピーでこの店を知らない人は界隈ではいないこと、それから煙草が描き出すけだるそうな雰囲気が、嫌いでないのです。 2009年 05月 24日
学校カレンダーで言うところ、早いもので今年もあと一週間です。一週間後からはもう少しブログのアップデートも頻繁にできるようになるかと。先日、マレのバーにてジャズのセッション、オペラバスティーユにてトスカを観る機会に恵まれたので、そちらの報告も含め。ちなみに本日のパリは快晴なり。シャワーを浴びてもすぐ汗ばむ陽気に、カフェにはこぞって人が集まっていることは言うまでもありません。ビールに手が伸びそうですが、ここはくっと押さえてミントティーにミントの葉を煮詰めて砂糖を加えたミントティーで代用。
今日のところは菊地成孔氏のちょっと素敵な音源を。やはりジャズとエレクトリックな音に目がありません。 2009年 05月 13日
五月になって、めまぐるしく毎日が過ぎていきます。一学期が割合平和だったので、フランスの大学院とはこんなものなのかと思っていたところもちらいあり、しかしその頃ののほほんさが今頃効いてきました。試験だ、レポートだ、プレゼンだ、それは社会人の時の忙しさと毛色が異なる忙しさなのですが、なんとか乗り切りたいもの。他方、前述のように外出する機会もあるのですから。
![]() そして秋からロンドンに拠点を移します。いつからこんなにノマドになったのか。そういうつもりがあるわけではないのですし、腰を落ち着かせてゆったりとしたい理由もそこここにあるのだし、陽の移ろいを楽しむことが好きなわけですが、なんだかんだ忙しない最近です。 バケツをひっくり返したような大雨がFM89.9に烈しい音を射しているパリより。 2009年 05月 06日
友人が高校生の時、一年だぶったということで、ふーんと車の後ろできいていたのだけれど、その理由がとてもらしかったのです。
「数学などよりも、当時の関心事はもっぱらもっと実存的なものだったんだよね」 ![]() 「雨は止んだ。大気は暖かく、空をゆっくりと黒い美しい雲が流れている。完璧な瞬間の額縁として、これ以上誂え向きのものはない。アニーだったらあれらの雲を映しとるために、私たちの胸の中に小さな暗い潮汐を生まれさせただろう。だが私はこの機会を利用する術を知らない。私は心安らかに虚ろな気持で、この利用しようのない空の下を、あてどもなく歩くだけだ」(サルトル・「嘔吐」116ページ) 話は変わりますが、最近は久々にTei TowaのLet me knowがヘビーロテーションです。 2009年 05月 05日
たまには、とことん食べ物のレポートというのをしてみようと思います。
意外と写真を撮っていないことが判明したのですが、連休に仲良しのお誘いで、アヴィニョンから少しのところにある町のお友達のところにお邪魔しました。なんというか。紅の豚の糸井さん風に言うと、ゼイタクとはこういうことさ、ということになるのだと思うのですが、フランスの底力、それは地方都市にあり、と今回改めて思いました。 最初は、小さな小さなプロヴァンスの村にある、仲良しの従妹の旦那さんの妹さんの彼氏の高校時代の親友のご両親(遠い!)のお宅を改造した民宿的お宿、それから最後の日は、これまた仲良しの従妹の旦那さんの妹さんの彼のご両親のお家(やはり遠いですね、もはや私なぞ棚ぼたの極みです)にお世話になりました。そのお父さんというのがお料理の先生ということで、とても美味しいお料理をご馳走になりました。このご家族が本当に素敵で、その息子(私の仲良しの従妹の旦那さんの妹さんの彼←しつこいかしら)がまたとてもサンパな男性なのですが、やはりご両親もとても素敵だったのでした。ちなみに、ご両親が手際よくお料理を出したり、ワインを用意してくださっている間、わたくしただその辺に腰かけてプールに入ったり、芝生に寝そべったり、完全に「華麗なるギャッツビー」のルーシーさながらいいご身分をしているだけでした。 ![]() 赤ワインとプロヴァンスハーヴが香るうずらのグリル焼き ![]() ワインたち。その他ご両親が元々ピレネーの方たちなので、その方面の発泡酒も ![]() この地方のデザート。名前を忘れてしまいました 結局、こういうおもてなし一つにしても、どれだけ土着の文化に根付き、自然かつダイナミックな時間と空間の共有ができるかということになるのだと思います。私も、こうした時空のぜいたくができる茶目っ気を持った大人になりたいものです。 次の日の朝は、6時代の新幹線に乗るべく早起きだったのですが、お父さんが朝から美味しいエスプレッソを淹れてくれました。ありがとうございます。おかげ様でリラックスの三日間でした! 2009年 05月 01日
今朝学校に行ってみると、学校の郵便受けに祖母からの手紙が来てました。
![]() 先週はロンドンからお客さまがいらしてて、いろいろお話する機会がありました。久々に、というか実は今回こちらに住まってからは初めてではないかというほど、セーヌ河沿いを右に左に歩きました。お客さんにゴシック建築の美しい見方・方向というのを教えてもらったので、早速次にパリ案内(というかたいがい案内されている側なんですが)をする機会があったら、この知恵を他の方に伝授したいと思います。来月には、東京から仲良しこよしがやってきます。2000年に予備校に一緒に通っていた彼女は、仕事で夏からアメリカへ。まぶしさ満天のあなたの活躍を真に応援しつつ、いつまでも女の子としてのわーわーあーだこーだの同意感のレベルでは、きっとどこで会おうとも、いつ会おうとも変わらないのだという安心感があります。 ちなみに、5月1日はわたしの妹がちゃぴんの誕生日なのですが、それ以外にフランスでは勤労感謝の日・またMuguet(すずらん)の日ということで、日頃お世話になっている方々にすずらんを差し上げるという日なんだそうです。大晦日の松飾り並に、街はすずらん売りで大賑わいです。 ![]() 2009年 04月 20日
春なので髪を切ることにしました。今回は思い切って15センチ位切りました。大学一年生の頃におかっぱで入学式だった時以来の肩上なので、少し不思議な感じです。少し母に似ました。
![]() フランスについてのこと。スイスについてのこと。アメリカについてのこと。それぞれが住んだことがある文化圏の限られた話、それをステレオタイプにすることなく、どのような具合でまとめられるのか。そんな微妙な線を模索しつつ、話はマスコミに及んで。獄中でとても有名な本を書いた、政治思想がとても過激なイタリア人の方がいて、その方の本はとても影響があって、彼は今フランスのグランゼコールで教鞭をとっているのですが、彼の話を私が持ちだすと、一人の方から、その人は獄中にいたからこそ、自由であったとの言い方をされたので、それはとても興味深いなと思って質問攻めに。彼の考えでは、牢獄の外にいる人には、まずどの媒体を使うかなどの選択肢があるために、その手段の選択が自由を縛るとの言い方で、それに加えて、獄中にいるからこそ捨てるものがなくモノが申せるとおっしゃっていて、ふーんと聞いていました。選択とは何なのでしょう、自由とは何なのでしょう。そのほか、私はかなりつっかかってしまった「バランスがとれた人」論議だとか、かくかくしかじか、うんうん、ん?そうかんしら、なんで、なるほど、しかしながら、まぁねそれは、、とやっていたら地下鉄を逃しました。自分が考えもしない議論を聞くことの面白さと言ったら。パンチが利いてました。It doesn't matter whether or not we agree on each other. What is important is that we are not scared to admit that we agree that we disagree. 自由かくかく論議の後、今朝はルームメートと二人して、寝坊しました。とはいえ、ルームメートは毎日よく寝るので彼女にとっては普通なのです。いつもは私がエスプレッソ淹れるんですけれど、今朝はルームメートの方がタッチの差で早起き。二人で遅い朝ごはんをしつつ、朝ですし、自由だバランスだなんて議論はせずに、寝ぼけ眼。この家では、自由うんぬんの話は、ちっとも出ることはないのだけれど、彼女の恋の話や仕事の話や趣味の話を聞いているだけで、それもそれでうんんと「自由」が何たるかが染み出ているので、この家では、夜な夜な話すのが趣味でなくても、それでもやっぱりそんなエスプリは朝からぷんぷんなのです。そんなこんなで、エディットピアフのLa vie en roseが頭から離れないのですけど、まそんな日曜日もよいとします。 2009年 04月 12日
サンクトペテルブルグにも春の息吹が感じられます。春の花はないにしても、日差しが、和らげです。
![]() しかし、これはまだ寒いと思うんですが。 ![]() だって、まだ一応零下だったりしましたし。風も強めなので暖かい帽子・手袋・マフラーは必須の気温です。という心配は余所に、思い思いにお天道様をありがたみつつ、しばし団らんする方あり、読書する方あり、昼寝する方あり。 ![]() 段ボールを持ってきてマイスペースを作っているあたりが玄人と見ました。ちゃんとパンツやシャツも壁にかけているし...家? ![]() 寒中水泳とかと同じなのかしら。寒風摩擦とか?あとは、雪の中の露天温泉は寒いけれど、心地よいのと似たニュアンス?最初は、きょとんとしてしまい、インスタレーションアートかと思いました。 あいにく参加する勇気と耐久性は日本女子にはなく、すごすご退散です。 2009年 04月 11日
お家に帰ってきました。統計学の宿題をなんとなく終わらせ参加した昨夜のソワレは、バックグラウンドや年齢が異なる人々の集いでとても興味深い面子で、四時間強があっという間に過ぎました。それぞれ一品・二品を持ち寄りお酒を開ける会、多人数過ぎないというのはとても居心地がいいのです。
![]() 作って食べるといえば、昨夜の面子のお一人は日本に住んだことがある北米人だったのですが、興味深い話をしていました。それは、当時ご自身(いわゆるコケイシアンに見える。本当はヒスパニックも入っているのだけれど、とにもかくにも「外国人」に見えることは間違いない)が日本に留学した際に、他に日系の留学生もいたんだそうです。その際に、彼自身は、日本人のローカルなご家族と食卓を囲む際に、文化の差からくる沢山の失敗を犯したのだそうです。しかし、彼が失敗すればするほど、ご家族は喜び、日本ではこうなのよと教えてくれた。対する日系の留学生は、とても苦労を重ねていたとのことで、なぜ「日本人」なのに日本の文化が分からないのかと、辛い日々を過ごした人もいたのだそうです。これが、個人的な体験、文化的な体験なのかは話し手によって異なるところでしょう。 食を共にすることがやらかな優しさに守られ、連帯感につながる一方、そこには歴然とした差があり、しかし私が関心があるのは、この差を当然のものとして興味深く受け止めつつ、しかしその根底に、一緒に鍋をつつく、時間を共にして愉しむというベーシックなレベルでの共感は可能なのではないかと思いつつ、さてはて戦場の戦士たちを、難民たちを、政治たちを、武器などを持ち込むことなく同じテーブルで食べることが、どれだけ争いごとの解決になるのだろうと思ったりしました。もしくは、いつしかかの牧師氏が言ったように、それはいつしか遠くない未来に、争いごとがなくなった後に、やっと同じテーブルにつくことができるというのが通常の運びなのかと考えたりしたのです。 2009年 04月 07日
ロマンを馳せる都市の名前というのはいくつかあって、小生の場合、例えばアルゼンチンのブエノスアイレス、アメリカのサンタフェ、ウズベキスタンのサマルカンド、イランのエスフェファーン、ポルトガルのリズボン、中国の敦煌、ウクライナのキエフ、ブラジルのリオデジャネイロ、イタリアのヴェネツィアなどがそれに含まれるのですが、そのうちの一つがサンクトペテルブルグかと思います。今回、イースターの休みを利用してこの地へ来ました。キリル文字が持つ柔らかみに触れ、ホステルのお兄さんに教えてもらった地元の食堂ではメニューもなかなか解読できずとも、とても居心地がいい街です。
![]() 名前というのは不思議なもので、やはりそこに一種のアイデンティティが宿ることは、都市の名前でも人の名前でも同様な気がします。そして、名前がまた、政治に翻弄されることも、この地は身を持って示しているように見えるのです。話は少し異なりますけれど、このことは、例えば日本においてもエスニシティを覆い隠すように、もしかしたら自身の出身のエスニシティとは異なるかもしれないけれど、戦略的に「和名」的な名前を名乗ったり、もしくは社会が、エスニシティの多様性を歓迎するといよりは、暗にそうした統一性を推奨することにあるのかもしれません。 近年、都市の合併が多くみられましたけれど、この場合も、新しい都市の名前をどうするかということがかなり話題になっていたように思います。少し気になったのは、新都市の名前の決定方法は、どのようなプロセスが一般的なのでしょうか。仮定として街・町の名前が帰属性に繋がっていて、また政治経済方面に影響を与えるのだとしたら、この意思決定プロセスというのはとても重要に映ります。というわけで、Googleで「合併 新市名 決定方法」をキーワードに検索してみました。オンライン上で情報が公開されている場合がいくつかあるようです。 岩手県西根町・松尾村・安代町の場合 「新市の名称の決定方法について (協定項目4-1)新市の名称は、三町村が一体感を醸成し、新たな地域づくりを行っていくことから従来の名称は使用しないこととし、新市にふさわしい名称を公募し、協議会で決定する。」 千葉県長生郡市の場合 「新市名称決定方法 1. 応募作品の多数意見をもって長生郡市合併協議会において決定します。 2. 集計にあたっては、長生郡市合併協議会委員のうち各市町村の議会議長が集計確認者として確認を行います。また、有効・無効の区分け、グループ分けに疑義が生じた場合は、集計確認者が協議により定めます。 3. 集計に当たっては、以下によりグループ分けを行い、グループ順位1位を決定し、更に1位グループ内の最多数意見のものを選定します。 ・ 読みが異なっても、漢字が同一のものは同グループとします。 ・ 漢字が異なっても、読みが同一のものは同グループとします。 ・ かな(カナ)表記のもの(漢字まじりを含む)は、同一の読みがある漢字のグループとします。 」 愛媛県西条市の場合 http://www.city.saijo.ehime.jp/gappeikyougikai/pdf/kyougikoumoku/h_shiryou_11meishou.pdf 結局、都市の名前一つをとっても、その問題は民主主義とは何かという命題にかかってくるわけで、民主主義のベースとなる情報公開、意思決定に参加する方法の確保について考えてみたいと思います。 "No one is born a good citizen; no nation is born a democracy. Rather, both are processes that continue to evolve over a lifetime. Young people must be included from birth. A society that cuts itself off from its youth severs its lifeline." —Kofi Annan, Ex-United Nations Secretary-General 2009年 04月 04日
大学時代の第二外国語が他ならぬロシア語で、その割に今は全く覚えていないというよくあるパターンです。
![]() 共産党圏に足を踏み入れた経験は実はそこまで多くないのですが、どこか無機的なマスタープランを感じさせつつ、モスクワは常に進化しているのでしょう。そして。無機的な「箱」に原色の色を注すイメージとは程遠い、淡いモスグリーンやピンク色の建物がそこここにあるのを見る時、この文化圏の知らぬ顔を伺い知るのです。 詳しくはまた。 2009年 03月 27日
最近地下鉄に乗る際の本は、幸田文の「流れる」です。日本語のはらりとしたちょうどよい重さがなんとも朝の眠たい時間帯にしっくりくるのと、女の家を女中さんの視点で考察しているのがたいそう興味深く、乱暴に走る地下鉄でおっとっとをしながら読んでいるのですが、目的地まではわずか七駅、すぐに着いてしまいます。なので、ちっとも読み進まないのだけネックです。
![]() さて、私のルームメートはかなりの本の虫なのですが、こういう本の話で盛り上がれたらいいのにとたまに思うと残念でなりません。場合によっては、西洋の本を私がたまたま読んでいて盛り上がることもあるのですが、基本日本の作家の本というのは、土地柄によって好んで読まれている作品と出回っていない作品があるようです。フランスだと、三島由紀夫は断然人気、それから映画でも黒澤明、北野武、小津安二郎だとか。 話は変わって。最近、東京時代に母がよく作っていたフルーツ酢作りを再開しました。りんご酢など好みのお酢に好みの果物、生姜、蜂蜜を入れてソーダ水で割って頂きます。冷え性解消に一役買っているようです。そこで謎なのが、ヨーロッパには果たして黒酢や黒糖があるのかということです。和三盆や黒糖が大好きなのですが、あまり見かけないのと、フランス人の友人に説明してもちょっと分からそうな顔だったので、入手できないとなると欲しいなぁと思うところです。 2009年 03月 20日
ロンドンの姉妹校と共同Public Policy Internship Fairなるものがあって、ブリュッセルに行ってきました。パリからは電車で1時間少々で到着します。旅のお供のi pod shuffleを紛失してしまったので、無音の小旅行です。結論から言うと、私のような一度仕事をした人よりは、学部生を対象にしたものなので冷やかし半分であったのですが、東京ではなかなか見られないJob Market模様が見られて興味深かったです。
![]() 昨夜いくつかの団体の話を聞き、やはりここでも日本でいうシンクタンク、ロビー活動(というのがそもそもあるのかは疑問)というのと、大陸ヨーロッパで言うそれがもはや全く異なるものなのではと強く思いました。興味深いのは、EUという存在が大きくなればなるほど、国の影響力が少なくなるのでは必ずしもなく、どちらかといえば、EUが大きくなればなるほど、規制が強くなればなるほど、国の力も大きくなり、その複雑性はいまだかつてないほど高まるのではという空気です。だからこそ、ロビー活動ができるニッチが多くなるし、シンクタンクは声高にThink and do tankと言ってはばからない。 それにしても。今のジョブマーケットはやはりなかなか競争が激化していそうなことを今回肌で感じて、その点も一つ新鮮でした。最後に、EUが一つのlegislationを可決するのには約2年の年月がかかるということですが、それにしても27カ国が一つのConsensusでなくても折衷案を出すというのはとてつもないことと改めて思うのでした。 2009年 03月 18日
どんなタイトルかという感じですが、ここのところ思うようにブログを書けていないので、最近起こったこと、最近考えたことなどを、書いてみるとします。とりとめもなくすみません。
![]() 土曜日に一つ年を重ねました。たいそう素敵な言葉やものの贈りものを頂き、誕生日って嬉しいなあと、ただただ顔をほころばせてありがたさで胸がいっぱいになるのでした。私は今までの人生のところ、頂き部分と差し上げる部分がちっともバランスしていないのですが、経験知としていつかどなたかに差し上げる部分になるといいな、そのように将来に蓄積されればいいのですが。 ・環境 さて、連日の天気の良さに、そろそろどうしても自転車を走らせたいという気持ちが抑えきれなくなり、今日は学校まで自転車に乗りました。ルームメートと朝からアパート住民の共同納戸に向かい、一年は動かしていなかったという小さい方の自転車を二人で地上まで上げます。納戸の鍵が錆びていてうまく開かない、そんな時に昨年父が渡仏した際に日曜大工してくれた余りの潤滑油が役に立つというものです。いつもは下水の匂いがする歴史を感じるメトロに揺られるのですけれど、自転車もよいです。そういう季節になりました。しかし、高級な自転車の利用はご法度です。できるだけオンボロであればそれだけ盗まれる可能性も低めとのことで、我が自転車は、大きく油性ペンで150F(ルームメートがフラン時代に蚤の市で購入したと思われる)と書いてあるオンボロめの愛車です。 ・最近の癖 諸事情への期待度が下がってきました。どういうことかといえば、例えば今住まう国であれば、どうしたら諸サービスがお役所作業でなくなるのかというのが、滞在数ヶ月目までの目下の懸念点でありました。(例えば、9月にお金を支払っている健康保険なのだけれど、会員証が遅いので電話をしてみたら、あなたの名前見つかりませんと言われたり、銀行から学生で免除になるはずの手数料が天引きされ続けていたり、学校で返したはずの本が二か月延滞の表示だったり、など。)はて、と最初はびっくりしたり、今でも引き続き多少困るところもあるのですけれど、いちいち目くじらをたてるのもいい場合もあることがようやく分かってきました。元来の性分として、ぴっちりしたいところとどうでもいいところが同居しているのですが、ありがたいことに周りにもっと大人な友人も多く、彼らに学ぶところが多いというものです。 ・La famme et l'hommeばかりとは限らない 私の大好きな友人の名言で、「日本はたいがいレズカルチャー」というのがあるんですが、(名言が出た背景:私と友人は異性の友達なわけですが、なぜか会う時によくありがちなコースが、休日にアフタヌーンティーでしばし談議→タイないしベトナム料理ないしインド料理というコース。このアフタヌーンティーといえば、もう女子のメッカ。いつも二人して全く雰囲気に合っていないとある種恐縮・恐怖を抱きつつお茶をしたもんです)、では、パリでみんながJe t'aimeと毎秒愛をささやき合っているのかと言えば、そういう場合もあるでしょうし、いやしかしそうとも限らず、割と同性の友達で語る会というのも多いのではという発見です。ここにきて仲良くさせて頂いている方との一致した意見です。男も男とがんがん語る、女も女と当然語る、それはたぶん各人のアムールとの時間とはまた違う楽しさなわけですものね。
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