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パリ発 五感の穴

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家族+α

5月以降寒空が続くパリですが、昨日からはとてもきれいな太陽の陽がさしています。パリジェンヌも待っていましたとばかりにサンダルに履き替え、半そで・チューブトップに大きなレイバンのサングラスで闊歩している人が多くなりました。私は大貫妙子の都会を聴いてお掃除です。

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陽が落ちるのも遅くなった初夏の夜、昨夜は元ホームステイ家族宅でのソワレと夕飯に行きました。2004年からの付き合いになり、三人の子どもたちも大きくなりました。私に馬乗りしてた(つまり私を手玉にとって完全お嬢様だったわけですが)下の子も、将来は獣医さんになりたい、と夢もしっかりしてきました。真ん中の男の子も、女性を労わる優しさを備えて。女の人に囲まれた生活をしているかかな。上の15歳の子の色気といったら。ティーンネージャー特有の反抗期も、熟すのが早いだけ、終わるのが早いのかな。お母さん譲りの温かみがある顔になりました。それとも、彼女自身に彼が最近できたから?温かい雰囲気の中で、いつもと変わらず、アペロ(食前酒)ちょっとだけ飲むでしょ(!)?とウィンクする彼女は、ベリーショートの髪型が小さい丸顔に似合っていて、ジャンポール・ベルモンドのお相手をするジーン・セバーグを少し思わせます。

彼女たちのちょっと悲しい経験は以前記しましたが、そんなこといつまでもくよくよしていても仕方ない。前見て歩くお母さんは、お母さんの顔もするけれど、女性の顔もあって、誰かいい人がいたら紹介してよね、と笑えるまでになりました。子育てで少なめにしていた仕事も少しずつ増えて、海外出張も多くなったようです。私も嬉しいです。

幼少時代に、そして大人になって海外に出てみて思うこと。言葉の障害を理由にすることもあるけれど、実は人間関係に言葉の違いなんてたいしたことじゃないです。証拠に、今でもわたしの仏語なんてまだまだ。例えば獣医という単語を発音するのが苦手なんですけど、それだって、笑いをさそって、子どもたちが根気よく教えてくれます。もう言えないなら、省略版を言えばいいよ、と言われると、くやしいので何度も練習です。それも、笑ってしまえばいいのです。この家族の(お母さんの、そして子どもたちの)早口なフランス語と子どもたちの言葉遊びや早口言葉を真似るとたちまち失敗して皆で大笑い。文化の違いを障害に感じることがないわけでもないけれど、実は人間関係に文化の違いなんてそもそもあって当たり前なんだと。だって、日本人同士でも、難しいことなんて山ほどあるのだし。久々に白いパールのジェルネイルとデザインを施した私の爪を見て、とても珍しそうに見つめる下の子に、日本の女の子は皆こういうのやるんだよ、と話して、ふーん、日本って超現実的な国!と目をくるくるされる彼女とお喋りすることもまた楽しいです。

そして。結局家族のつながりの独特さを感じて帰ってきました。私とあの家族が、そして友人と心を通わせるのはまた違う次元でのつながり。元々家族の礎となるお父さんとお母さんは、やっぱり他人様だけれど、なんだかんだ一つの家族になって。ずっと一緒のわけじゃない、そんな緊張関係と安心感。そんなことちっとも子供のころは考えませんでした。感じさせない男女が築いた家庭に育ったからでしょう。

三人はどんな大人になるかな。今から楽しみです。
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by Haruka_Miki | 2010-06-23 00:00 |
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