ブログトップ

パリ発 五感の穴

fivesense.exblog.jp

消費者のわたし

日曜なので、たいがいのスーパーは閉まっています。しかし、りんごジュースもない、牛乳もない、バナナもない、青野菜も少ない、お魚もない、パンもない、ということで、金曜日から行かなくてはと思っていた買い物に行くことにしました。幸い、子どもも熱が下がったので、朝の空気にあたってきました。日曜日に店がやっていない風景は慣れるといえば慣れるし、慣れないと言えば慣れない。しかし、人間やっていないのであれば、その中でやりくりする、ということをせざるをえませんし、不平を言うほど困ることでもありません。そして、日曜は逆に市がたつのですから、市に行けばいいのだと思い直し出発です。

魚が食べたいと思っていたら、いい青光りのサバ、おすすめ品の油ののった鮭、新鮮なわかさぎがあったので、適当に買ってみました。魚三昧な週の初めになりそうなので楽しみです。大きな鮭、大きいサバ3尾、サルディーン500グラムで、計16€。高いでしょうか?安くはないですね。でも、嬉しいでしょうか?嬉しいです。楽しみです。

わたしはもうすぐ三十路を迎えます。二十代ってのは、ふらふらしたり、自由を謳歌できるリソースと重過ぎぬ責任を肩に、なかなか良き時代ですね。私も、ああ本当に楽しい日々を送ることができております。おそらく、三十路を迎えても、決定的な価値観の変化は少ないのではないかと感じているのですが、一つ大きな変化と言えば、おそらくは消費者としてのわたしの側面では、間違いなく昨今その変化を自分でも感じます。やはり、それは子が産まれるというタイミングで現れた気がします。そして、どんどんと私という女は母親に似てきたものだとつくづく思い知らされます。

母は、料理上手ですが、これといって複雑なお料理はしません。私も、私のキッチンにようこそ、というようなゴージャスなもてなしはできません。ただ、母は、食材・調味料に昔からかなりこだわっています。髭をたくわえたおじさんが営む自給の村、といった有機栽培・無農薬栽培などの形が悪い野菜たちを買い求め、小さいけれどなんとかという説明があるしょうゆだとか、そういうのをいつも買っていました。私の体が弱かったからでしょうか。当時はさっぱり意味が分かりませんでした。

今は、彼女の感覚を共有しています。有機の店の素朴な味のりんごがおいしい、布のおむつならオーガニックコットンの方がベターである、紙のおむつなら、できれば紙だけのやつが心地よさそうだ(スウェーデン製のであります)、とかです。今はもっと複雑な時代になって、産地まで考えるとなると、高価なバッグを買い求め、優雅にお茶をする自分、も大いに素敵でよろしいんですが、それ以上に日々の生活にお金をかけたい自分がいます。もちろん、じゃあ今から畑を買って自給自足すればよろしい、という話もあると思うのですが、(実際仲がよい友人でそういう方もいますし、自分の叔父もこのタイプです)そこまで行けません。ですから、説教じみるわけにもいかず、何ともアンビバレントなものです。

わたしは何が一番欲しいのか。誕生日に何が欲しいんだと言われても、これと言って思いつくものがなく、唯一興味があるのは、ウクレレか、あとは木でも植えるか。あ、でもネパール旅行とかもいいですね。
[PR]
by Haruka_Miki | 2012-03-04 22:57 | 経済的営み
<< まんまる 紙一重な女であるということ >>