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パリ発 五感の穴

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大きくなったら何になる?

将来の夢は?ってよく自問して、人に聞かれて、いつもインスピレーションで応えたもんだ。

幼稚園の年長組のときは、『帽子屋さん』
(なぜお花屋さんでなくて、幼稚園の先生でなくて、お母さんじゃなくて、帽子屋さん。)

小学生一~三年生のときは、『お医者さん』
(作文でも書いた。「大きくなったら、たくさんの困った人を救えるお医者さんになりたいです。あと、病院を建てて、100台位車が止められる駐車場も作りたいです」て社会貢献的なのか、ある意味、欲丸出しな気もするけれど、欲が子どものスタンダードだからどうもずれてます。)

小学生四~六年生のときは、『ムツゴロウ王国の人』
(当時四半期ごとに行われるムツゴロウ特集に目が釘付けになり、それ以来真剣にムツゴロウ王国の人になるには何をしたらいいか悩んだもんだ)

中学生の頃はなんとなく記憶がない。
おそらく、学校の年中行事の体育祭や合唱コンクールなどが生活の全てだったから。
おそらく、異国の地にいって、さっぱり意味が分からず毎日に精一杯だったから。
おそらく、熱い気持ちを秘めているかもしれないのに、冷めたふりが好きな年頃だったから。
おそらく、ふりをしているうちに、実際自分の熱い気持ちをどこかにしまってしまった年頃だったから。

高校生になり、真剣にやりたいことを考え始めた。

地理や歴史が好きだった。米国で使う教科書があまりにも日本のものと違って、怒ったり、面白がったり、不思議がったりした。忘れもしない、「原爆を広島に落としたことはよかったか否か」という論文課題で、30人のクラスメート中、私とインド系アメリカ人の女の子以外満場一致で「原爆賛成」だったことに、悩んだ。国語のクラスも性に合っていた。(ミシガン州の新興住宅街にある高校にも、おかしな先生はいるもんだ。ギリシャ神話を話し出すと止まらなくなる先生、米国近代文学への情熱が激しい先生)

どうやら自分がこてこての『文系』らしいと薄々気づき始めた。ジャーナリズムのクラスや倫理学のクラスがとても心地よかった。考えたり、問題定義をしたり、書いたりするのが好きだなと思った。そこで、異国の平地(丘はないのだ、ミシガンに)で、物を書ける仕事→ジャーナリストになろう!と思った。そこで、社会科学全般において評判が高い大学を志望し、めでたく入学した。

就職活動という響きが身近になりだした時期に、縁があって金融業界でインターンをしたり、先輩に会ったりした。新聞局で働いて、ジャーナリストの現実に直面していたから、とても惹かれた。何よりも、自分が持っていないもの、その神秘的なイメージに挑戦したいと思った。中でも、この業界の「入社」ではなく、「入職」的な人材の取り方に共感した。


将来の夢は?ってそれはもう口癖だ。大きくなったんだけど、今でも心に聞いてみる。大きくなったら何になる?おそらく、おばあちゃんになっても自分に問い続ける。大人になってから、時に心からの返事はなく、時に曖昧で、時にはっきりしている。大きくなったから、そんな質問ばかばかしいやい、と心に思わないことを心が言うこともある。そんなときは、しつこく聞いてみる。自問し続ける。逃げようとしちゃだめ。

そして、

今、この瞬間、うん!はっきり言える!
「大きくなったら何になる?」
その定番の質問に、いま堂々と答えられる。

予定は未定だけれど、未定は無限大です。
どうぞ、乞うご期待。
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by Haruka_Miki | 2006-04-25 00:00 |
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