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パリ発 五感の穴

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何も足さない何も引かない

いやいや、どこぞやの商品の謳い文句ではあられませぬぞ。もしも、数字に「あんたは偉いよ大賞」があれば、その輝く栄誉は、間違いなく「何も足さない何も引かない」0(ゼロ)に与えられて欲しい。

だってものすごい。古代インドで最初にその概念が考えられて、アラビア世界をはじめとするオリエントで発達していった。なんと奥深い数字だろう。『古代インドに発した 0 の理念は、仏教では空、サンスクリット語ではシューニャ(sunya)として表現された。「空」の仏教的意味は「膨れ上がった」「うつろな」の意味であるが、膨れ上がった物は中が空であるとの考え方から来ている。0 とは数式上は実在するが、真に実在するものではなく、その真相は空虚であると説いている。0 は、正数や負数などに属しないものである。』(Wikipediaより)

空虚なんですよ、空なんです、無なわけです。乙な点は、数学的働きとしては、他の数字とくっついて、数の大きさに貢献をするのだけれど、それだけでは「無」だなんて。なんとつつましく、なんと偉大で、なんと悟りを開いた存在なのか。もし、この世に0がなかったら、そんなの考えられませぬ。なければ、多くの場面で商売上がったりです。小数点以下第何位が影響するこの世の中で。

ヨーロッパに行くと、1階は1階じゃない。何を言う?とお思いなのもそのはず、ヨーロッパ世界には0の概念がもともとなかった。十字軍がオリエントから0の概念をヨーロッパに伝えるまでは。だからかしら、その名残りでヨーロッパには1階がない。1階はあるけれど1階じゃない。フランスでは、1階は日本の2階で、日本の1階はrez-de-chausséeという独特な言葉で表される。まフランスの場合、玄関は玄関で部屋は玄関の上からだからよ、と独自な理論がありそうだけれど。いずれにせよなんとまあ。

概念て不思議。数字の世界って、無機質で色のない、冷めた世界に思えるのだけれど、実は大変哲学的だ。空虚が何か、考え出したら夜も眠れない(いやそれは嘘。だって、いつもおやすみ三秒、ドラえもんと同類だから)。だって数学者の間でも0が自然数か否かで議論されるくらいだから(0は自然数には含まれないというのが見解のようです)ああ、こんなことを考え出したら絶対仕事ははかどらないだろうなあ。

うむ、0のような人間になるように精進します。てまあ数字までリスペクトしだしたら末期症状です。間違いなく、職業病と言われるのがオチだろうなあ。
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by Haruka_Miki | 2006-05-03 00:00 | 五感
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