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パリ発 五感の穴

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理屈じゃないもの②

フランス文化圏について興味があるので、色々と文献を読んでみたり、そのあたりに関係がある人に話しを聞いたりすることは多いのだけれど。自身が少しフランスで語学の勉強に行ったので、その時に感じたことなどもあって。もちろんこれは個人的感想で、おそらく皆違う意見がある。違う見方がある。それをお断りした上で。

フランスという国に私は良くも悪くも関心を持っている。最高にいかしたところも、止めようがなく難しい問題を抱えたところもあるような「気」がする。理想主義的で、おしゃれで、悩ましく、チャーミングで、論理的に見えて非論理的だ。それは素敵なところと難しそうなところ表裏一体のイメージだ。

この国ほど正義、博愛、などのトピックを深く考え、故に難しい問題に直面せざるをえない国は少ないのかも。平等とはなにか、何をするのが人道的か、どういう方法がどのような理由でベストか、全ては理想に燃えている。

ライシテ(政教分離)を非常に重んじている。人が人をその人として認め合えるように、公の場で宗教や民族色が深いものを出さないようにしている。それによって差別をしあうのは不幸だから。その国が、その昔宗教で本当に苦労したから。通常の近年の国家なら(そう「近代国家」と呼ばれるところであれば)、多くは政教分離を基本とする。ただ、フランスほどそれを理念としてでかでかと看板をさげる国は少ないかも。理想を掲げて、それに向かって邁進する。時に迷走する。理想が高貴すぎて、人々に勘違いされることもある。ライシテが差別的だ、と抗議する移民の人々も出る。

平等や博愛や正義への気持ちが強い。多くの血が流されたからか。その気持ちと理想にまた燃える。と同時に、博愛が過ぎたとなると、やはり自分のこともあるから、博愛ばかり叫んではいられないよ、自分のことでていいっぱいだよ、という不平、困ったという声、も出る。

理想はともかくとして、実際には差別などは封印しえないのかもしれない。(フランスだけでなくて、そういま私が住むこの「東京」でも。地域が遠隔地になると、自分は関係ないよというふりをできるから議論が楽になってしまう。その辺ご容赦を。)バンリュー(郊外。日本でいう住宅街としての「郊外」とはニュアンスが違い、多くの移民が住む集合団地が多い。治安は良好と言い難い場合もある)に住む移民やその子ども達を疎ましく思ったり、煙たがったり、危険な存在と思う人もいる。

国内でもその中で人々は決して「一つ」に簡単にはなれない。それは普通のことで、皆がまわれ右だったら結構問題なのかもね。けれど、まわれ右でなくても、それぞれ互いを認め合う社会は素敵だし、理想だ。いくら理想を並べても、理屈じゃないものもある。それが上記のような移民たちの存在であったりする。

だから、理屈じゃないから、理屈じゃなく人々の「結びつき」が創れる「共通項」はかけがいのないものだ。ただし、「共通項」は時に危うい存在だ。繊細な存在だ。「共通項」で互いを認め合ったのに、突然前触れもなしに、また「一つになれない」理由をつきつけられたら。

きっかけは、フランスのサッカー代表主将の行動だ。彼はアルジェリア出身だ。そのようなバックグラウンドを持つ人だ。だからどうしたといえばどうしただけど、彼を表現する際に、そんな風に触れ回っているのも事実だ。さて、その主将の行動が波紋を呼んだ。行動の訳を世界は知りたがった。

真相はなんであれ、みんなが同じ「熱狂」や「情熱」を共有した理想的なつながり。どんな学問もなしえなかったこと。それをやってのける、すごい存在。なのに、いやだからこそ、何か、その「共通項」や「つながり」が破壊されるようなことがあったとしたら、いつもの世界の「属性」に引き戻されたら。

夢の終りなのか。「つながり」に見えたものは幻だったのか。

互いの顔色を覗い合うポリティクスや、それぞれの利益追求に忙しいエコノミクスよりも、裏切りは強く、その衝撃は強い。なんだか、切なく、悲しい気持ちになる。

「ただのスポーツ」だから、理屈じゃなく、やるせない。くやしいし、残念なのだ。
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by Haruka_Miki | 2006-07-14 00:00 |
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