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パリ発 五感の穴

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がちんこ

様々な人間関係があります。

尊敬すべき・敬遠がちな、親しい・疎遠な、美しい・醜い、仲がいい・悪い、相性がいい・悪い、分かり合えない・分かり合える、価値感が一緒・異なる。

映画「クラッシュ」をやっとこさ見ました。人々がそれぞれの固定概念を抱き、それぞれに何かしらの偏見があって。偏見を持つものは時に持たれる側で、持たれる側も持つ側です。聖者と悪者という関係はありえないのだ。それで憎しみや分かり合えないという悲しみがひろがるのだけれど、けれどもそれで終わらない。互いにそれを受け止めることは、浄化することは綺麗事で。だから、「クラッシュ」=「衝突」し=「衝突の衝撃」を受けるのです。

と、しばし「衝突」という言葉は、否定的な意味合いで扱われ、その「状態」以上にその「影響」が大きく物語られます。しかし、「衝突」=「がちんこ」に互いの頭を突き合わせることもない状態の危険さこそを映画は訴えていて。がちんこもできない相手への「無関心さ」や向かい合う姿勢の「欠如」こそが危ない状況だと映画は伝えてくれます。

自分の周りの素敵な人間関係を感謝しつつ。もちろん、衝突がない、偏見のない、尊敬しあえる関係は理想でそれを目指します。が、時に、がちんこの状態もあるかもしれない。人間だもの。そんなときには、それを本当の意味で、「衝突」として受け止めたい。そして、痛みがあるのなら、それを私は受け止めたい。あなたも受け止めてくれるから。それだけ、あなたは大切だから。

話しは逸れますが、今日久しぶりに会った友人と、ホームレスの話しになりました。又、彼女が元植民地の方々を訪れライフストーリーを聞いた話しを聞きました。その姿勢を見習いたいです。どの方々も、「私」は日常の営み上「接触」する必要もなく、「衝突」などし得ません。偽善の中で「無関心」がエコーするだけだったから。

映画から、「衝突」という言葉を、初めてポジティブな意味で理解できました。むしろ、今までその言葉の本質が分かりきれてなかったのかな。
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by Haruka_Miki | 2006-09-15 00:00 |
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