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パリ発 五感の穴

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ヴェニスの商人、肉一切れの重み①

かたじけない、今日は重いテーマです。

私は、幸運なことに健康で、臓器の問題もなくて、幸運なことにそれは家族にも言えて。もしかしたら、臓器を必要とする人の心情は完全にはわかれないのかもしれないけれど。でも。臓器を待つ方やそのご家族こそショックだったのじゃないかしら。

日本で、臓器売買の実態が明らかになった。あー、そういうことが国内で起きてしまったかというショックと悲しさと困惑がある。6年ほど前、私は大学受験でそうした時事問題をテーマにしては小論文なるものを書く練習をしていたのだけれど、その時はまだ、臓器移植が日本で認可されたばかりで、倫理問題を問うにも、まだ様々な仮定の延長上の論考だった。今、臓器移植は一つの当然な権利であり可能性であり、だからこそ様々な懸念が現実として噴出している。私達が目にするのは、氷山の一角かもしれない。

明らかに臓器の売買の可否は、国の規制によっても異なるけれど、表向きであれ全世界で認められてはいない。先にイギリスのBBCの報道が話題になり、その真相の程は到底報道を信ずるか否かに依拠するしかないにしても、私は衝撃を受けた。

いま、

人の命は、今売買の対象となった。命は、心と身体という二分ではなく、その身体さえ切り刻まれ部分部分で扱われるようになった。以前読んだ本で、こわーくなってしまった一節。

「おそらくは地上最後の資源・商品として狙いがつけられたのが,人体という金脈なのだ。倫理的な壁さえ突破できれば,莫大な利潤が見込まれるのである…先端医療が推進される本質は,患者を救うことではあるまい。資本主義の延命にこそあるのだ」『脳死・臓器移植の本当の話』(小松美彦/PHP新書/398ページ)

倫理が最後の砦という現実。それほどに科学技術の発展は私達の手の及ばないところにある。この倫理というのが、専門家だけにしか叫ばれなくなったら。法整備ではもうどうにもならないことになったら。

とてつもない恐ろしさが、迫ってくるように思えるのは私だけかしら。
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by Haruka_Miki | 2006-10-05 00:00 | 経済的営み
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