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パリ発 五感の穴

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心からSeason's greeting

今、私は年末の喧騒の外部にいる。お休みをとってのんびり温泉につかりにきている。本を何冊もバッグに詰め込んだお陰で、荷物の大半は書物という状況だ。

さて、私は年末の喧騒と、その中に拡がる静寂が好きだ。テレビをつければ、日本の外では日本のお正月よりも一足早く、今週が休暇の大移動真っ盛り。アメリカやイギリスにおいては、例年になり吹雪や霧の影響で多くの旅行客が足止めを食らっているとの報道だ。特に「クリスマス休暇」という言葉を使う必要もなく、みんながみんな家族の元へ、友人の元へ向かいたいこの季節だが、天気はそんな人々の気持ちを汲み取ることもない。

さて、12月は一年のうちでもおそらく世界的にも宗教や慣習に関わらず、イベント盛りだくさんなわけだが、当たり障りなくSeason's greetingと言っておくのが安全には間違いない。米国においてのMerry Christmasはタヴーであり、さまざまな宗教への配慮が必要な点は、日本人の感覚には(そう、特に何の意味合いもなくメリークリスマスを多用する雑食の私たちには)相容れない点でもある。

そんな中、吹雪のニュースに続いて、イギリスの某有名デパートのサンタクロースが、アジア系の家族に向かって、「なんでアジア人がここにいるんだ」との暴言。なんとなく、悲しい。

宗教への関わり方が世界的に難しくなってきた今日この頃、表面的なあいさつでいざこざを回避したいのが世の風潮だ。そんな中で、自分とは異なる宗教や文化圏での慣習に触れることも、話すことも、意見を交わすことも控えることがよしとされるのだ。もし、上の場合で、その家族がクリスチャンであったかとしても、その哀れなサンタクロース役のアルバイトの彼には、アジア人のその家族は残念にも「他者」でしかない。

f0079502_1251723.jpg私はクリスチャンではないけれど、クリスマスの雰囲気が大好きだった。米国の中でも、特にクリスチャンが多い地域であるかもしれないが、その雰囲気にある程度浸かり、その時期の意味合いを自分なりに理解することは、ゆくゆくは相手の理解にもつながった。ユダヤ教徒の友人に、ハヌカの伝統を教えてもらうことは、それもそれで興味深いことだったのだ。クリスチャンのとユダヤ教徒のカップルがいて、家族ぐるみで仲良くしていた。彼らは、互いを認めることが自然で、その姿に学ぶところは多かったのだ。

Season's greetingが慣例的な言葉ではなく、相手との差異を汲み取る言葉であり続けますように。思いやりと慈悲が裏側にあり続けますように。
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by Haruka_Miki | 2006-12-22 00:00 |
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