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パリ発 五感の穴

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はなはだお気楽傍観者

人生に命を賭けていないんだ。だからとかくただの傍観者になってしまう。
~岡本太郎~

と、「格差社会」について考えながら、岡本さんの言葉が頭をめぐる。今の世相を現すキーワードであり、ああまじめにそんなこと考えてらっしゃるのね、と感心されるのなら、いえそういうわけではないのです、大学のゼミ会でパネリストをすることになったために、一夜漬けだろうが、一日漬けだろうが、語るに相当のデータやらを引っ張り出してこなけりゃいけないという具合です、と言い訳をする。

そんな私は、傍観者だ。

大体、政治学という学問を学ぶということは、政治を学問している時点で、空を食すような話だ。社会学という学問は、社会を一度客観的な箱の中に入れてみるか、もしくは自分がその世界から一段違うところに身を置いて、分析したり能書きを並べる学問だ。そんなことを言ったら、社会科学全体そうでしょう、という意見まで飛び出し、まあ、それを言ったら、学問てもの自体が自然科学であったって、多かれ少なかれそういう性格を持つんじゃない、などともう話は止まらない。

格差社会と叫ばれても、私は私の人生を生きており、それはそれは限られた視野で物事を見て、限られた視野で出る選択の結果を受ける。おそらくは、格差社会とはそう、私もその一部なのであるけれど、データとか理屈を並べると、私という個人はどうでもよくなる。傍観者丸出しである。

私のほんの少しの情熱などは関係なくなるわけである。人生とか命とか、そういうレベルではなくなり、脳裏に様々な思いをめぐらせ、時にどきどきしたり、時に嬉しく、時に悲哀に満ちる個人の感情や姿勢は、もはやこの鳥観図では関係がない。

危うく、というかまさにというか、これでは私も、立派な傍観者だ。それがいやなら、偉そうに大きなテーマを語るなんてことはよして、命賭けて何か自分の身の回りのことで取り組んでみろって。そんな岡本さんの声が聞こえる気がする夜更けである。
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by Haruka_Miki | 2007-01-26 00:00 |
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