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パリ発 五感の穴

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夜景を見る目

f0079502_23201382.jpg私の弱点の一つに、夜景恐怖症というのがある。正確には、夜景不安症とでも申せようか。そして、昨日何をしたかといえば、友人と大変楽しい時間を過ごし、その夜景恐怖症を克服したとお伝えしたい。さっぱり意味が分からないだろうけれど、分かっていただけるように努める。

大学の盟友Y氏に、「百万ペソの笑顔」とキャッチコピーつきで称されたことはあっても、私は総じて夜景というものにひっくりかえるような感動を覚えた記憶はなく、「百万ドルの夜景」という言葉でさえ、そこにロマンを抱くというよりは、いつぞやの香港の夜景は電気消費量が百万ドルなのかという風に見てみる性質である。ロマンがないと嘆かれれば、言い訳をお伝えしよう。そういうわけではないのよ、ただ、色々考えてしまうからなんだよと。自身も分からぬが、多分形のないある種の恐怖を夜景に抱いてしまうのである。まずは夜の暗闇に、子供が持つそれと同じ類の怖れを抱いているのだが、その暗闇の中の夜景を作る、点々の一つ一つに色々な人生が宿っていて、それが東京都民1300万人分キラキラまばゆく光っていると思うと、夜景の光一つ一つに、沢山のストーリーがあるのだと想像し始めてしまうのだ。もうこうなると、わーきれいー、だけでは済まされない。空想家というのは困ったものだ。

さて、そんな前置きを覆すくらい、連休に行った夜のお台場は、雨もひいて夜景がとても綺麗だった。橋がきらりひらめいたり、ビルが煌き、海に浮かんだ何艘もの屋形船が彩りを添える。素直に綺麗である。こういう場所に共だってくれたことに感謝なのだ。

夜景の綺麗さに加え、その夕飯での話題がパンチが効いていた。夜景がきらめいて、様々な人々の人生が東京湾のあちら側で起こっている間に、私達友人らは国境線の直線のことだとか、旧ソ連のことだとか、なんだかんだと話を進めて、もはや話は夜景の点々を作る東京都民の域を超えて、中央アジアの話に及んだ。この話というのが大変興味深いもので、また機会を改めて設けたい。とりあえず、なんというか私は中央アジアや旧ソ連や国境線の話をするうちに、不思議にも夜景恐怖症を何となく克服したのである。克服したとは言っても、少し遠い世界の話に妙なリアリティを感じ、夜景のリアリティを感じないというのはどうしたことか。

おそらくは、私が持つ夜景恐怖症は、その基本に夜景を見る距離感があるかなと思う。いくら東京都で、いくら距離もさほど遠くはなくて、私の目でたった今見ている夜景でも、それは第三者の目なのである。遠目にいて、きれいだなぁと遠巻きに観察する目。夜景は、遠くにいるから夜景であって、自分がその街の雑踏に入れば、もはや夜景ではなくなってしまうだろう。

中央アジアの話も、国境線の話も、実際ぴんときにくい話なのだが、その地を直に知る人と話をすると、急にリアリティを持って私に迫ってくる。その中でも自分が少しでも旅をした場所であれば、なおさらだ。そんな中で、もはや視覚的な距離感と、精神的な距離感と、距離感なんてのはもはや実質的な距離感ではないようだった。その距離感に、何らかの寂しさを感じるのかなと、今自分の気持ちを考えてみる。

なんて、色々と言ったので、今度からあの人と夜景の近くには行かないようにしよう、なんておっしゃらずに、今後もどうぞみなさまお付き合いくださいませ。
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by Haruka_Miki | 2007-07-17 00:00 | 五感
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