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パリ発 五感の穴

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NYC:大都会の他人

ニューヨークにいるとシニカルになるとは、在日ニューヨーカーJの談。物事を斜に構えて見るらしい。そんなJは筋金入りのニューヨーカー、しかもブルックリン出身である。そして大抵、「ああん?てめえ何見てんだよ。なんか文句あんのか」と、とりあえず喧嘩腰のニューヨーク訛りを披露してくれる。本当にそんな会話があのマンハッタンで繰り広げられているのだろうか。そんな場面に出会ったことないのは、能天気な私だけだろうか。

ミシガンの家族ぐるみの付き合いの友人夫婦曰く、「あそこはね、大都会だから互いに挨拶もなかなかしないのよ、暮らしにくいと思う。」確かにその後ミシガンを再訪して、ミシガニアンの言うこともごもっともだ。というのも、ミシガンであちらから人が歩いてきようものなら(自動車社会でこれはかなり珍しい確立なのだが)10メートル先から全開の笑顔でHi!の社会だ。そのフレンドリーさに、七年ぶりに再訪を果たすまで気づいていなかった。

そんな周囲の心配を他所に、東京住民の私としては、ニューヨークがそれほど感じが悪いところというイメージは少なく、大体大都会というのは似たり寄ったりなんではないかなと思ったりする。今回の滞在で、一日一度は知らない人から話しかけられたので、東京を考えてみると記録的フレンドリーさではないかと思う。特段サギにあったわけでもない。人々は、ただ、時に他人に話しかけるようなのだ。

バナナリパブリックの中を歩いているときである。若めのミセスが大声で「これに似た財布を何倍もの値段で私買ったわ」と言う。周りを見ると、どうやら私しかその場にいないので、私に話しかけているらしい。そのまま通り過ぎるのも気が引けるので、「きっと買われたお財布のほうが革も何倍もいいものを使っているはずですよ」と話した。すると、ミセスは大変満足そうに「あんたいいこと言うわね。私もそう思うわ」と言い、店を後にした。友人はこの二人の会話を、スカーフ売り場から静かに見守っていたらしく、「この街には7年住んでいるけれど、私は見知らぬ人に話しかけられたりしないよ」と驚愕していた。友人は歯を出して笑うというよりは微笑むことも珍しいタイプのザ美人なので、少し近寄りがたい雰囲気だからなのであろうか。

f0079502_22503975.jpgその次の日は、メトロポリタン美術館の屋上にあがると、初老の男性が私に、アッパーウェストの高級マンションを指差しつつ「あそこはジョンレノンのダコタハウス、その隣は人類学者のマーガレットミードのマンションだ」と突然話しかけはじめた。おかしな人だなと思ったのだが、話を聞いているうちに、音楽から芸術、社会学まで様々な話がどんどん出てくる。どうもこの人、ただの人ではないなと思いながら聞いていると、彼は最近メトロポリタンオペラオーケストラの副主任を最近引退されたヴァイオリニストであることが分かった。ニューヨークタイムズの音楽系の記事も書いていると言った。草間彌生女史と芸術家であった前妻が友人だったとか、なんとも不思議な方であった。日本語を七十歳から習い始めたらしく、自分のことを日本語で「隠遁者」と言った。そして、トイレを指差し、「はばかり」と言ってのけた。おそらく、確信犯で昔の言葉を使っている。何とも不思議な人だった。なんとなく、小説に出てきそうな人物だった。暑い日だったので、ガス入りのミネラルウォーターまでご馳走になってその場を後にした。

人の縁というのは不思議なもので、他人というのも一歩間違えば、失礼、一歩踏み込めば友達になりうる。物騒な世の中なので、誰にでもへらへらとフレンドリーを装うのも問題だし、一歩間違えば何があるか分からない時世だ。ただ、私の場合は顔がどうもそういう作りなため、それが功を奏するのであれば、それは有り難い面として、縁を紡いでいければと思ったのだ。
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by Haruka_Miki | 2007-07-25 00:00 |
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