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パリ発 五感の穴

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ニューカレドニア・フランコフォンの夕べ

ニューカレドニアでは、ここ数週間、気象庁に国内線の飛行機や救急車などの公共機関を上げて、ストライク中だ。

目的が特にリゾート巡りでもない私も、一日位は観光しようと、それは綺麗だと評判のイル・デ・パンへの船のチケットを買い、朝一番の船に乗り込む。周りはニューカレドニアンとフランス人しかいなかった。船は順調に動き出して、本を読みながらウトウトしていると、一時間後また同じ風景が見えてきた。寝ぼけて状況が分からないので、隣の人にどうしたのか聞くと、波が高すぎて、船が街まで引き返してきたとのこと。気象庁のストで、波の高さが分からずに船を出したところ、予想以上に高い波が待ち構えていたので、迂回したらしい。チケットの払い戻しがまた長蛇の列で、そうこうしているうちに昼前になった。特に予定もない私は、まいいかという感じで、近くの島に行く以外は殆ど首都で過ごした。

時間もできたし美味しいものを食べようと入ったイタリアンの店は、海の前に位置し、どこにでもありそうな店構えだった。早起きをして、カフェオレしか飲んでいない私は、11時に店に入ると、さすがに早すぎるから座って待っていて、と店員がとりあえず店内に案内してくれた。お構いなく、と私は船でいつのまにか居眠りしてしまったために、どこまで読んだか分からなくなった本を開いてみた。この店のパンが本当に美味しくて、11時半まで待って、下ごしらえが終わらないからと言うだけのことがあるのだ。11時に店に入ってきて、お構いなくと座っている日本人の私は、よほど珍しく映ったのか、店のピザ職人と仲良くなる。

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旅ってのはこんなもので、それが醍醐味だ。結局、このフランス人のピザ職人(名はメラネシアの自然の神様の名前だった。洗礼名でないフランス人に初めて会った)が大層フレンドリーで、夜はピザ職人とその友達のビールを飲みながら語る会に飛び入り参加した。同じ年代であるが、ストがあって私がピザを食べなければ会わなかったであろう顔ぶれだ。Numero 1という現地のビールを片手に、ピザ職人と牡蠣の会社経営者とインテリアの修理工と衛生士と私が語り合った。どうも、この地のフランコフォンは、おおらかなようで話し口調もゆったりしているので、私にとっても有難かった。

これは理屈でないのだが、本国を出たフランコフォンというのは、とても波長が合う人々が多い気がする。モントリオールのケベッコワに通じる雰囲気だ。多分、英語に身を置く機会が多い中、どこかで第三の道を探している自分に心地よいのだ。

皮肉なもので、ヌーベルカレドニーはフランス領として植民地主義万歳でフランス語を強いられてきたという紛れもない事実がある。1億3千万とも言われるフランコフォンだが、うちフランス人は半分以下と聞く。元はといえば国際語として幅を利かせていた仏語も、今では英語に押されっぱなしだ。そこで、どちらかといえば文化の多様性としての仏語の意味合いが近年大きくなっているような気がする。それは、カナダなどの多文化主義にも象徴される。

言語と文化と植民地としての事情が複雑に絡み合い、しかしそれをあえて隠すことも憂うこともなく、穏やかなフランコフォンの時間は過ぎていった。
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by Haruka_Miki | 2007-10-19 00:00 |
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