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パリ発 五感の穴

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霞ヶ関考

霞ヶ関に足を運ぶ機会があった。私にとってはだいぶ珍しく、縁があまりないエリアである。慣れない場所なので、動揺したのか手袋のかたっぽまで落としてしまった(多分エリアの問題ではない。ちなみに、幼稚園の時に発表会で猪に扮した、「てぶくろ」というウクライナ民話を思い出した。あれはとても素敵なお話しですが、私の手袋はあいにく動物達の住処にはなっていないでしょう。)

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お察しの通り、私はなかなか移り変わりの激しい業界にいて、その中の人材マーケットたるは、随分と流動性の高いものである。引き抜き、引き抜かれ、自ら動き、会社に動かされ、それが常の業界だ。ヘッドハンターからの電話にもやがて慣れる。いや、私が優秀とかでなくこうした電話は、この業界の日常の図だ。

さて、民の中でも流動性が高いこの業界の状況はそれなりに見慣れているわけだが、官と民となるとどうも縁遠い。ただ一つ、官から民へ動くのは結構よくある話なのだが、民から官への矢印は殆どないように思えてならない。それは組織的な民営化という意味だけでなく、人の移動について特にそう思える。

モチベーションのレベルで、民で働く人が官で働きたいと思えない(失礼)というところもあるだろうし、昨年夏ごろまでは特にイケイケなバブルな装いの経済の中で、もはやお国のためにという感覚はなくて、金銭的なリターンも早い段階で得られるきらびやかな業界に流れたのが、2005年入社以降の新卒のトレンドだと私なりに思っていた。と、時代的なものもあり、また若手が仕事に求めるものはもちろんあるけれど、やはりどうしても民から官の流れをかなり狭めているのは、そもそも制度面でそのような道が殆どないからという気がしてならない。

もちろん、官の世界と一括りに言っても、様々な組織があるし、民間からの採用を積極的に行っているセクションも多数あるとは思う。ただ、国家試験があり、大学卒業と同時に国一か否かでそれなりの道筋がある世界というイメージは強い。こうしたエリーティシズムな「新卒採用」が大勢で、この世界に中途採用(民間からの一時的な出向などは除く)があるかさえ私は分かっていない。

国は国だし企業は企業だし、そのミッションは違うわけだから、同等のものとして比較はできないのだろう。日本はおそらく、国とは名ばかりで、実は国=企業に至極近い世界のいくつかの国々に比べたらまだまだ国、なのであろうし。その前提を持っても、組織のレベル向上には、やはりそれなりの流動性は重要なのではなと思う。むしろ、その流動性がない組織というのが、正直怖い気がしてならず。
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by Haruka_Miki | 2008-02-20 00:00 | 経済的営み
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