ブログトップ

パリ発 五感の穴

fivesense.exblog.jp

語る。新しい出会いをする。

もう既に参加者を知っているようなclosedな関係の中での会は、元来好きです。気心が知れた少人数というのは、色々な話をする上で最適だったりしますし。こうした仲良しこよしをもてることは、とても素敵で平和で尊いことをお伝えしながら、時に新しい出会いにつなげていく会があると、それはそれでとてもありがたい機会です。
f0079502_8201770.jpg
(アトランタの空港にて)

ここのところ友人の紹介でいくつかの会、また新たなサシでのご飯等に参加して、それぞれとても面白かったのですが、発見は、必ずしも自身がclosedな関係以外は臆病になってしまうだけでなく、そうした新しい出会いも異なる楽しみがあるということです。そして、今も昔も、ですが、この新しい出会いには共通の友人があったり、共通項があったりで、また次なるネットワークが構成され、次なる友達の輪が自分が望むだけずっとずっと続いていくんだと思います。その輪を拡げるも、現状維持するも、狭めるも自分次第。贅沢にも、輪も拡げたいし、新たな出会いはできるだけ掘り下げたい、もちろんその前に気心が知れた相手とはもっともっと沢山の経験や思いを共有したい、そう願うのです。

一つの会は、とある会社の新しい香水のプロモーションのための集いで、ゆうめいじん(ジャノメじゃないよ)が沢山いて、珍しい会だったのですが、メディアの中での人、も当然ながら普通に生きているのであり、メディアを通じて知ったのが最初である場合、その出会いは当然超現実的です。ブログを読んでいるプロスケーターの方がおられたので、話をしましたが、最近起業したことなどを聞いていて、当然のことながらああ、そうなのだ、普通に私に心地よいものがあったり、熱い想いがあるのだ、と私が日々友人と交わすのと同じような話ができたり、色彩が豊かすぎてあまり凝視したくない世界、シューリアルな世界の住人がすっと現実味を帯びるのです。

これはメディアの中の人に限ったことでなく、同僚の方だとかに関しても言えて、話して初めて見えてくるものや発見することが沢山あるわけで、その方と共通項を見つけて、異なる部分を認めて、その異なる部分を貪欲に知ろうとするとまた沢山発見があって、自分も刺激を受けます。超現実的な世界がまぶしすぎるのだとしたら、日常というのはあまりに色に乏しく、そこに絶句したり不平を垂れたりする危険を沢山帯びているのですが、実はそれは自分が膜を張っているだけの話で、話をして、日常という膜が破られやっと現実味が増すというものです。

昨夜の会で連れて行って頂いた店の南インド料理があまりに美味しく、会話もすこぶる軽快で愉しかったのですが、そこについてはまたの機会にして、私も新たな出会いを他の方に提供できるようにリエゾン役を買って出る機会を作りたいと思います。もちろん、気の置けない相手との時間は何ものにも変え難いんですがね。オープンソサエティがそうした古くからの関係をまた刺激してくれる気がする今朝です。
[PR]
by Haruka_Miki | 2008-07-25 00:00 |
<< 夏休み気分 掃除の客観性と主観性 >>