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パリ発 五感の穴

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父さんと語る

聞いてくれて、受け止めて、時に優しく、時に現実的に、叱咤し、激励する、そういう親業を、私もいつかできる日がくるのだろうか。

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父が来日していたので、これからのこと、私のこと、妹のこと、両親のこと、色々と語った。父と夕飯を食べる日、父は、よし今日は思いっきり語るぞ、語りつくすぞ、と言った。父親というのは、母親に比べるとどうしても一緒に時を過ごす時間が少なくて、向かい合うよりも、背中を見て習え、といった側面が往々にしてある気がする。そのリエゾン役となるのは、大抵母親であり、父とは仲はよくても、一緒に過ごす絶対的な時間では、母には敵わない。

だから、今こうしてしっかり向き合ってくれること、話を200%するまで眠らないぞ、位の意気込みはとても新鮮だ。

通常、父は、多くを語らない。たいがいは、母と私が間を入れずに喋り通し、妹と父はすばらしい聞き手に徹する。語らずに、しかし口を開いた時の言葉は重い。家族の平和と幸せと沢山の笑顔を望んでいる。娘に、私たちなりの道を進んでほしい、それを最大限にサポートするから、娘達自身には目をそらすことなく、自分のハッピーを突き進んでほしいと願っている。それは、私自身の希望であるし、父の希望もまたそれと同じであると知ると、熱い気持ちになるのは当然のことであろう。

我が家には、息子なる存在がいない。娘だけなので、多分娘を持つ父さんならではの期待や楽しみや内なる想いがあるかもしれない。息子と娘で親として何が違うか見当もつかないが、どこかで、私は、そんな家族構成で男勝りに突き進もう、いや、男の子以上にはっちゃけていこう、という気負いを持って生きている。

最近仲良くさせてもらっている同僚もまた、6歳児のお父さんで、彼と娘さんの話を聞くのは相当楽しい。同僚は、娘さん(と2歳の息子さん)のことを、「面白いやつ」とか「いいやつ」と必ず相棒のような呼び方をする。それは、家父長制な父親の威厳を振りかざすとかでなく、相棒たちの成長を一方的に見守るのではなく、目じりを下げつつ一緒になって成長していこうという同僚の父親業に対する姿勢と哲学の顕われなのだと思う。彼が話す「相棒」たちの話は、大層面白く、豊かな世界観で、私はその話を聞くだけでも、胸がいっぱいになる。

様々な形で父親という存在があり、その受け止め方、自身の表し方も一様ではないのであり、父は結局は一人の人であり、一人の夫であり、一人の上司であり、元々は一人の部下であり、一人の音楽好きの青年であったわけだろう。最近、父親の存在は、よりはっきりした輪郭を帯びてきており、それは、もしかしたら、父がまた娘の私に対してもまた、ここにきて「話せるやつ」と言った具合に同様に感じていることかもしれないし、もしくは父が、私が6歳児の頃から父が私に感じてきたことを、私がやっと今になって理解し始めているか、いずれなのかなと思う。
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by Haruka_Miki | 2008-08-09 00:00 |
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