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パリ発 五感の穴

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氏の訪問

アメリカに行ったからには、ハンバーガーを食べ、フランスに来たからにはクロックムッシューをオーダーする、というのと同じところで、政治の世界での私のステレオタイプは以下の通りです。

アメリカに行ったからには、胸に手をあててのPledge(宣誓)を空で言えるように覚える("I pledge allegiance to the flag of the United States of America..."というやつ)と同じように、フランスにいて間違いなく最初に目の当たりにする概念は、laïcité(政教分離)ではないかと思ったりしております。先代に宗教によって多くの血が流された共和国の知恵としてのlaïcité、その元ではフランス人は唯一無二の存在であり、北米のように(アメリカとプルラリズムのカナダはまた異なるとしても)エスニックグループの名前を取り入れた○○系アメリカ・カナダ人と同等の呼称/存在は、理論上フランスには存在しないのであります。みんながフランス人。そこにあえてエスニックな類分けはないのです。

さて、先週こちらに来てから、ちょうどいろいろと面白いことが起こっているようでして、上記のステレオタイプが、やはりこの国にとってとても機微な主題なのだと実感した限りです。というのも、今日からローマ法王がパリを訪問されていて、今夜のパリ市街の警察の数やなかなかでした。電車の駅によっては、電車を通過させてしまう(例えば、金曜日の夜は、ノートルダム寺院近くのサンミシェル駅を緊急に通過)徹底ぶりです。

さて、今回物議を醸しているのが、法王がただお忍びで、ないし教会に直々に赴いて政治と関係ないところでミサを設けたならばともかく、到着して直ぐ大統領と会われたとなれば、政教分離の国ではやはりかなりの議論になっています。

深い議論は専門家に譲るとして、このコミュニティの新たな構成員としての印象を申し上げると、金曜日の夜は、あちこちに土曜日のミサに備えたカトリック教徒の皆さんが紙で作った灯を片手に、街を練り歩いて法王を歓迎しているように見えました。それは、うむ、いわゆるlaïqueな国では不思議な光景であったと言わずにはいられません。

はて、政教分離を共和国の基礎とするこの国において、今回の訪問をどのように説明つけるか、大統領はlaïcité positiveという概念をどうやら持ち出しておられるですが、私には、言葉の問題だけでなく、概念としてもとんとよう分からなかったので、新聞Le Mondeの社説に、ジョスパン前仏首相の顧問の方のが載っていたので、これを一つの参考としてみます。これによると、国家が政教分離と宣言するには、まず、アプリオリに宗教の対話をすることに対して肯定的な印象を与えなくてはないし、国家は宗教的でも非宗教的でもなく、無宗教なのであり、政教分離のダイアローグ自体は肯定的でも否定的でもなく、そうした対話自体は敬意が払われて然るべき、とのような話が出ておりました(注:まだまだ私の語学力は怪しいので、心配な方はご自身で確認求む)。

どこか、自国の政教分離議論を見ているデジャヴュ感もあるのですが、当然各文化、各国特有の背景があるわけですし、フランスにおいては、やはりローマカトリック以外の宗教との兼ね合いというのがとても大きいところであろうかと思われます。それは、ユダヤ教であり、イスラム教であり、特にここ数年でヴェール問題などがメディアで取り上げられ、それが少しおさまったかと思ったこのタイミングでとなると、第三者としてもふむ?と思うのですから、ローカルにとってはかなり機微でありましょう。

と思えば、先日は、フランスにダライ・ラマ氏がいらしてたようですし、この間からイスラームではラマダーンが始まり、今週末は、ラマダーンを祝うイベントも市内で目白押しのようで、無料コンサートが行われるという広告が出ているようですから、そういうのを見ると、必ずしもキリスト教だけがlaïcité positiveでないのかもしれないと思いもしますが、それ以前に、そもそもlaïcitéの概念が、いわゆる日本語で言う「政教分離」以上の、フランス的な理論だと思うと、やはりこのlaïcitéの理論のエッセンスと乖離したところで話がなされているような印象も受けたりします。

laïcité positiveが日本で言う政教分離とどこが違うのか、もしくは元来の共和国のlaïcité原理を踏襲したものなのでしょうか。そうであるのだけれど、laïcitéの理論的効用は十分理解した上で、共和国民が、実は声高に言わないけれど、この概念にやはりどうしてもどこか無理があることを皆うすうす感じていて、大統領が言うlaïcité positiveはども胡散臭いと思いつつも、無理を何となく感じているからこそ、心のどこかでそれもありかな、と思っているのか、その辺はローカルの心の内を知らずして、何とも言えないところであります。
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by Haruka_Miki | 2008-09-13 00:00 |
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