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パリ発 五感の穴

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Lign 6

地下鉄の6番線からの風景が好きです。
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中華街の近くから我が家を通過して、少し行くと地上に出て、あとは少しだけ鉄橋の上を走ります。エメラルドグリーンに塗られた電車が、鉄橋の上を曲がりながら走る様子は、必ずしも美しいわけではないのですが、少しすると右手にエッフェル塔、そしてセーヌ河を渡り、16区に入ります。私がまじまじとエッフェル塔を眺めるのは、6番線に乗った時だけかもしれません。それは、回りの喧噪やキッシュな商業施設の中でこそ光り輝く存在な気がするのです。パレデトウキョウ方面からのアプローチだと、あまりにその建造物は美しすぎて、完璧すぎて、なんとなく物足りなくなるのは、天の邪鬼でしょうか。

さて、6番線が好きな理由のもう一つの理由は、しばしばアコーディオンを抱えたおじさんが乗り降りすることです。お決まりのレパートリーを弾いてチップをねだってさっさと降りていく彼らは、やはりどことなく愛すべき存在で、パブリックスペースと表現の関係について考えさせてくれます。

アコーディオンの音色を聴きつつ、ある本を読んでいました。Dairaさんに頂いた、「どこへも行かない旅」です。人に旅を押し付けられたくないよ、というこれまた曲者の私は、少し作者に距離を置いて読み始め、しかし読み進めるうちに、どうやらこの本は、私のような旅人にぴったりの本だったようで、私の性癖を熟知した友人が選ぶ本というのはなるほど奥が深いわけです。

この本の中に、以下のような文章があり、私はいたく心を奪われました。

ところで、どうしてこういうふうにイギリス人が街並みや建築物などの保存に熱心なのであるかというと、つまりそれがとりもなおさず彼らの民族的アイデンティティのシンボルだからである。なんでもない町の家々にもそこに住んで来た何代にも亙る人々の歴史的記憶が宿っている。自分がいま見ているこの景色が、かつて子供のころに見たそれと変わりなく、またその父親が見た風景とも変わりなく、さらにはそのまた父親もそこに人生を刻んだであろう風景だったりするのだから、もしそれを軽々に破却してしまえば、それはとりもなおさずその風景の背後に凝縮していた歴史(=代々の記憶)をも破却してしまうことになる、と彼らは考えるからである。かくて地形、道路、致命、建築、産業的構築物、それらのすべてに亙って、彼らは手厚憂い保護を加えようとするのである。ところが、ここでもっとも大切なことは、こうした保存の運動が、多くは住民自発の意思によって運営され、自助の精神によって推進されているということである。

こちらに来る以前から積み上げきたものに加え、二か月弱でも大変自分の中での興味範囲が揺さぶれる感覚があり、その一つが市民のイニシアチブと公共空間と公共政策の関係性なのですが、まさにその辺りの感覚を言い当てられた感じで驚いたのでした。
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by Haruka_Miki | 2008-10-27 00:00 |
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