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パリ発 五感の穴

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時事考

ここらで、がらがらぽんしません?などというと、今のこの1929年来とも言われる大変な状況で不謹慎だということになるのかもしれません。
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(イスタンブールはサントラという企業と学校が一体となった団体の建物では、無料の展示がされています。現在はチェさんです。)

私も少し前まで金融に身を置いていた口で、やはりここ一年の移り変わり、いや入社当時から四年弱のアップダウンは目を見張るものがあります。私が就職活動をしていた当時は、就職氷河期最後位のところで、簡単ではないにしろ、それなりに職を見つけていた時代かと思います。そこから一、二年は外資系金融のバブルの様相で、それぞれの方々の価値観によっては、とかく働かされるし、高い能力が問われるけれども、その代わりいかようにも派手に生活できることを、大学を出たばかりの身で経験できてしまう年代だったかと。私自身は、元々金融を志望していたかというわけでもなく、少し変わった理由でこの業界に飛び込みましたし、ですから方向性の転換を、現状を経験する数年前から考えていたので、それ自体はそれなのです。とはいえ、自身の古巣、業界がこうも劇的に変化するのは超現実的で、またそれ以上に大切な点として多くの友人もこの世界にいることを考えると、考えさせられるというのが正直なところです。

金融業界の現状は、まさに再帰性の最たるところをまざまざと見せつけられている感じで、そのリスクを作ったのは私たちの営みの重なりであり、またリスクは悪者ではなく、その利用の仕方がものを言う世界なのでしょうが、再帰性を十分に認識しえずして火消しに躍起になるというのは、もはや応急処置ではまかないきれぬ状況で最善であろうとも効果的であるかは疑問ですし、その効果の程は我々が日々のメディア報道で知るところです。

ファイナンスは高度化し、リスクを切り売りしたり、新しいパッケージ化したり、そのこと自体にそもそも疑問を投げかけるというのはナイーヴな話なのでありましょう。その時から、リスクが欲しい人にリスクを移行することの意味合い、そこに生じ得るリスクの複雑化と増大の危険とリスクの引き受け手の無責任さについて関心を持ち、懸念を抱き、この心配の糸口としての自分なりのヒントをイスラム金融に見出そうとし、そのことを学士論文に記しました。未熟なものなのですが、数年間経った今も、なんとなくあの時の懸念は抱き続けていて、自身の頑固さというか、結局は金融に対してある一定の執着を持っていることに呆れたりします。

では再帰性を止められるのかといえば、モダニティの定義自体が再帰性な面も多様にあるでしょうし、一国のようにWe can do it!とがらがらぽんしてみるわけにもいかない問題であることは間違いないのだろうと思うのですが、ある種ここまで深刻化するとそういう発言をしてしまわずにはいられないのです。
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by Haruka_Miki | 2008-11-15 00:00 | 経済的営み
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