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パリ発 五感の穴

fivesense.exblog.jp

2008年 08月 22日 ( 1 )

永続的なるlove affair

「これって永遠のテーマじゃないかと思って。」

友達がくれたお土産は、まずはニューヨーク地図の定番NFT-Not For Tourists Guide to NEW YORK CITYの2008年版と、アンディーウォーホルの言葉の引用を入れた壁掛けだ。私も友人も、紫が好きなので、こういうベッドルームの趣味が合う。だから、友人の家に居候する場合も、我が家のようにくつろいでしまうし、あちらもあちらで気ままにやっている。
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「I wonder if it is possible to have a love affair that lasts forever」というのを指して、友達は上の発言をしたのだった。どうだろう。可能だろうか。多分可能だろう。ちなみに、love affairとは通常、情事、という意味が一般的だろうが、広くは恋愛とも言えるかと思う。けれど、それを人々が欲しようと、そうでなかろうと、love affairとして残る確立はとても微々たるものなのではないだろうか、そのはかなさに、人々は賭け、機微なところを受け入れ・楽しみ・場合によって、諦めるのかもしれない。多くの場合、そのlove affairが永遠でなかったことを、多くの人は受け止め、次なる高みに関係性を持っていこうとするんだろう。

実際先人達の歴史なるものは、仕事で何を成し遂げたとか、そういうところは当然重要であるにせよ、実は根本的に、教科書で語られぬ部分として、愛や情感が紡がれているのが、人の歴史なんではと思う。どうしても、そういうセンチメンタルな部分で、歴史を読むと、この年号に何が起きて、というところ以外のその歴史上の人物を彩る周りの情の歴史に関心が及んでしまう。そんな情の歴史の教科書があれば、私はかなり没頭するだろうな。

さて、そうした融通が利かない場合は、本件が永続的でないことを認め嘆きつつ、次なるlove affairを模索し続けている人もいるのであろう。それを可能にする社会風土があり、時代や場所によって変化をしていくものなのであろう。

パッションから始まる関係、落ち着きや居心地のよさから発展する関係、苦手意識がいつしか恋心に変わる関係、色々あるのだろうし、ああ情愛とはなんと繊細で面倒で心地よく心地悪いものなのだろう。それは、生を授かったものとして、プログラムされたものなのか。人として生きられるということは、すなわちこの情を感じられることなのであろうか。だとしたら、面倒くさくても享受したい。何だかんだ言って、それは大層素敵で美しくヨハンシュトラウスも真っ青にはかないものだからだ。一人で気ままに生きる楽さとわびしさ、人と連れ添う温かみと忍耐さ、それはいずれもそれぞれのよさがあり、何が良い、悪いではなく、ただただ、c'est la vieなのである。
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(完全にlove affairモードが抜けきった姫)
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by Haruka_Miki | 2008-08-22 00:00 |