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パリ発 五感の穴

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カテゴリ:エチュード( 20 )

もぐりこむ

10年ぶりのアムステルダムです。
いつも目に映すものが変わった私には、アムステルダムという街もまた異なって映って、とても心躍る滞在でした。
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大学生の頃は、美術館とアンネフランクとホテルの近くの大きな公園のイメージが強く、はっきり言ってまた来たいと思うところもありませんでした。今回はアプローチを変えて、電車でのアムス入りです。驚くほど異なる印象を受ける街はあまりないと思うのですが、アムステルダムは初めてきたかのようなわくわく感で楽しむことができました。数か月前にオスロに行ったのですが、これとは全然異なる雑多な雰囲気、そこに共存するモダニティ、小さい路地に小さなアパルトマンが群接する様は、さながら東京に想いを馳せるのです。

今回は観光地を回るでもなく、企画したあるイベントのオルガナイザーとして出向きました。そうした緊張を解してくれる混沌は心地が良いものでした。前職を辞めて、3年前に学校に通うことを決めたとき、どうしたら異なる地域の都市政策や都市計画に食い込めるのかと思っていました。それだけにこの主題はとても地域性を帯びたものであり、いくらグローバル化と言っても、土地ごとの対応を土地の人間で考え、遂行するのがごく自然なテーマであるからです。ローカルな知見とバックグラウンドが必須であるのです。

そうして3年後こうしてアムステルダムにいることは、とても不思議であり、喜ばしく、執着心というものが一つの可能性を見出してくれることを実感する次第です。地方の都市政策の一つの要であるテーマに、環境問題への取組に有名な市の人や、電力会社や、メーカー各社がいるこの場で、ただの政策話を延々とするのではなく、今日・明日・次の1年から5年の話をするというのは、とても有意義で、いくら二酸化炭素排出削減とOECDのリサーチャーが言ったことよりも現実的なものなのではと思ったりします。もちろん、OECD他シンクタンクには当然リスペクトもあるわけですし、仕事が異なるだけですが。

パッションがある人が、パッションがあることをすることほど、効果的なことはなく、欲を言えばその一翼になれれば、欧州にいる日本人として、もしくはただのこのテーマに関心を寄せる人間として、ちょっぴりでも関われればすごく嬉しいなと思った二日でした。
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by Haruka_Miki | 2011-09-25 00:00 | エチュード

まなぶをつなげる

フランスとイギリスで好きな科目を勉強する幸運に恵まれたことで、何度も心に繰り返されるのは、論語の「之を知る者は之を好む者に如かず。之を好む者は之を楽しむ者に如かず。」だったりします。
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(記事と関係ないですが、5月に行ったミラノのスカラ座です)

インド人の先生による、南の社会政策に関するクラスの試験が終わりました。試験の前はかなりのプレッシャー、ぴりぴりしていました。けれど終わってしまうとやけに寂しいものです。次の試験が最後の試験、ロンドン生活もあと一週間です。フランスの大学院は、基本的にエッセイで成績判定がなされるのですが、イギリスの場合はエッセイというのは勉強の一環であったり、成績のほんの一部になり、最後の試験というのがとても大切で、2時間から3時間書き続けるというのが通常です。骨が折れますし、一気に疲れますが、何よりこんなに好む科目に、学問的な側面から触れられる機会はもうこれから少ないのではないかと思うのです。社会人になった時には、学生の試験のプレッシャーというのは社会人時代のストレスとは異なる、何より、大人になってから知りたいという好奇心を全面に、お金を払って勉強するということの凛とした想いを抱ける2年間は、本当に尊いものでした。

少し前に、イギリス映画の「Education(邦題・17歳の肖像)」を観ました。何のために勉強するのか、何のために「いい大学」に行かなくてはいけないのか、親の目、先生の目、女性の生き方・女の生き方。映画の外でも、こういう「すべき論」が世界には満ち溢れていて、私はある意味日本の社会人生活からポジティヴ・一時的な離脱をしたのですが、社会人になる前も、学生時代からセクターの異なる企業数社でインターンを行い、(その後に大学院に行く可能性を考えて)GPAもよく保っておこうだとか、就活スーツはたいていはこういうのだ(2つ・3つボタンの紺か黒の短すぎないスカートのスーツ、チャックで中が見えないようになる黒の鞄。結局いずれも私は買いませんでした。というか、なんとも着心地・持ち心地が自分には合わないように思えて、買えませんでした)とか、大学を卒業する前に就職活動をしないと、そこで失敗してしまうと、その後にもずっと響く新社会人傾倒主義はどうにかならないものでしょうか。そういう「すべき論」に満ち溢れた世界を、学生皆が、そして企業・組織もどこかで行きすぎだなと思っているけれども、それを多様性に富んだプロセスにすることは今更到底難しくて、そこでの「ドロップアウト」が袋小路になってしまうのは、もしかしたらシステムの功罪が大きいのに、そんなことは全く批判できない、弱い「彼ら」が悪いのだ、という論があまりにもまかり通っているように思えて、切なく、悲しいです。と、私自身偉そうにシステムを非難するけれども、結局その柱を補強したのは、社会そのもの、私たちそのものだったりするのだと思うと、思わずやるせない気持ちになったりします。

Institutionが変われば、その中で似たり寄ったりの問題が存在し、フランスという国の新社会人の就職率の悪さもずっと問題になっています。通常の大学出の場合は難しい、大学院を出ていることが当たり前、大学院でもUniversité(高校卒業資格バカロレアがあれば入学できます。他方卒業できる学生はそこから絞られるわけですが。友人が通うソルボンヌでは、大学一年目に入学生の25パーセントが学校を辞めてしまうそうです)か、もしくはコンクール(競争試験)を受けて入学するGrands-écolesか。いずれの学生にせよ、基本はインターン生として実績を積むことが前提です。そして、Grands-écolesを卒業した外国人の学生のみに許される、「職探しビザ」。半年間の間、フランス国外に出ることはできないという条件の元、また就職する際は最低賃金の○倍のお給料が得られ、フランス国の利益になることを条件とするビザを発給してもらうことができます。その辺りが、外国人というコンテクストで言えば、もしかしたら日本以上の就職の足かせがあるお国柄なのではと思ったりもします。

国が変われど、基本的に「戦略的目的で学校で学ぶ」といううねりから逃れることはもはや難しくて、そういう意味で、時代が時代、で済まざるを得なかった頃にそれを打ち破った先人達(桐島洋子さんなど)はものすごいなと思わずにはいられません(時代によっては、大学中退がスタイルという頃もあったでしょうし)。時代は変わりました。生きやすくなったのか、生きにくくなったのか、それは分かりません。けれど、高度成長期とは異なる意味での走り続けるをしなくてはいかない、そういう世代が私たちなんだと思います。それはそれで、息切れしたり、しなかったり。

その中で一番丸儲けなのは、やっぱり学ぶことの楽しさを感じてどっぷり浸かれるということであり、ナイーヴにも夢を見られるということであり、それをこういうぎゅうぎゅうのシステムの中でどれだけ楽しめるか、いい学校に行く必要もないし、もしいい学校に行くのであれば、それを楽しめてしまう「のりしろ」がどれだけあるかが大切なんではと思ったりするのです。

こういうことを考えるのは、自分の次の世代を考える様になったからでしょうか。学べることは本当に尊く、そのことをすっかり横に置きがちなのがとてももったいないと思う反面、横に置かないとどうしようもないでしょうというシステムの中で、選択はなかったり。それを好きなことに没頭し、それを形にする、そういう次の世代の手伝いを、理想的にはしたいです。
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by Haruka_Miki | 2010-06-04 00:00 | エチュード

求む三味線教師

皆様、習い事ってされていますか?私にも、学校が落ち着いたら、幾つかやりたいことがあります。

一つはパンを焼けるようになること。家の近くにも地元っ子が行列するパン屋があるのだから、自分で焼く必要ないんじゃないかという考えもあるんですが、日本のロールパンやあんぱん、食べたくなって家で作れたら素敵ではないですか。というわけで、日本で昔お世話になっていた、ベター・ホーム出版の、ホームベーカリーがいらないパンの作り方の本を入手したのでいつかこねこねしたいと思います。

と乙女なやりたいことはさておき、本気でやりたいこと、習いたいこと、それは何を隠そうお三味線です。あの独特な音色、ぶらない美しさ。両親が、何か記念になるものを買ってあげる、言ってみなさいと言うので、東京を発つ前に、すかさず三味線!と言い残してきたのですが、予想にしない欲しいもの、に家族は唖然。そんなの買っても先生もいないでしょうか!と言われそりゃそうだ。

そう言われると募る三味線への一方的な気持ち。寄席の合間に流れる寄席囃子。それから、神楽坂に物件探しをしていた時に、最初に見た物件が、芸子マダムのお宅で、お部屋拝見中に、それは乙な長唄三味線の音がしていました。ピアノはここ10年は触れていないし、ウッドベースも部室で楽器を借りて一曲弾いたきり。もう少し小さくて持ち運べて、情緒があって、できれば日本的な音色の楽器をと。津軽三味線も三線もいいけれど、できればここは長唄三味線に挑戦したいのです。

そういえば、イスタンブールに行った時も、三味線によく似たトルコの弦楽器・サズの虜になってしまった記憶が。あの時ももう少しでサズとサズの教本を買おうとしてやめたっけ。前世で三味線にまつわる場所に住んでいたんでしょうかね。

と新しいことに飛びつかず、ここは大人しく、フランスでも割合と普及している茶道を再開するところから始めてみてもいいのかもしれません。
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by Haruka_Miki | 2010-04-09 03:55 | エチュード

師弟のこの頃

年明けに大学のゼミの先生からお便りを頂きました。近くイスラム会社法の本を出すのだとか。先生の自筆で、もちろん、役立たずの本です、という言い回しが先生らしくて、思わず目を細めました。あー、先生のお香を焚いたばかりの研究室で、ナツメヤシでお茶をしに伺いたい。近況報告もしたいです。本が積まれた研究室に、何度と要もなのに足を運びました。最近も引き続き、、イエメンがご贔屓とか。筋金入りのアラビストです。学問で、その位の脱力感とそつのない押しというバランスが案外大切だったりして。楽しみに、新書を待ちたいと思います。

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もう一人のゼミの先生もこの三月で定年退職されます。ダンプカー級にダイナミックな団塊の世代の代表選手。学部長の打診もかたくなに断られた辺りが先生らしいです。キャンパスを去った身ですが、先生があの研究室のもういらっしゃらないと考えると、寂しい限りです。二十年以上ゼミを持たれて、今やゼミは大所帯。OB会を開催するにも、現役学生は毎年奮闘です。最後のことですので、できたら三月の退任講義に足を運び、お疲れ様と申し上げたいなと思っています。ちょうどこの時期は、学校の前の大学通りの両側200本の桜が咲き乱れ、本当にきれいなのですよ。いつかまた住みたい街です。

最近の私といえば、もう少しで気候変動(まさか私がこのトピックのプロジェクトに入るとは思いませんでしたが)のグループプロジェクトも終わるのであと少しの踏ん張りです。変わらずのパリ・ロンドン行き来ですが、たいていは早朝か夜授業が終わってから乗っての移動です。たまに昼間に乗ることがあるのですが、それはそれで、外の雪化粧をした耕地を見ながらの移動は情緒があるものです。

そんな景色に似合わない最近の読み物は、藤沢周平の獄医立花登手控えシリーズを読んでいます。軽ーく読めるのがいいです。パリに住んで数十年の日本人の方がどっさり文庫を貸して下さって、嬉しい限りです。どうやら山本周五郎がお好きなようで周五郎作品がまだまだ沢山あるのも嬉しいところ。やはり、海外にいると日本の書物は貴重ですね。

以前に増して、五十代以上の人生の先輩方の生き方がとてもまぶしく。
生涯青春!なんて声をかけるのも失礼なほど。
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by Haruka_Miki | 2010-02-15 00:00 | エチュード

英仏メディア

今日は最近お気に入りのものも含め、メディアについて少し記してみようと思います。海外にいて、ないし、寮生活という生活スタイルに起因して少し変わるもの、それはメディアへの触れかたでしょうか。

テレビがないロンドンでは、France interを聞いてみる・BBCのラジオ(4チャンネルの国内政治で、朝から政治家たちへ、ぐいぐいBBCの切り込んでいくところが、とても面白いです。)などもあるんですが、最近は、一日全体では、ラジオでクラシックをよく聞き流すのですことが多い気がします。Radio classiqueというサイトから、いつでもどこでもラジオが聴けます。というわけで、引き続き「ながらラジオ」が大好きです。今はオンラインで、ラジオ寄席なども聞ける便利な世の中なのでありがたいですね。NHKの15分ラジオニュースを必ず聞いていたのですが、最近パソコンの調子が悪いからか、聞けなくなってしまい、ANNの動画ニュースに切り替えてみました。それから、テレビ東京のビジネスサテライトも、番組の一部はウェブサイト上で見ています。

そこまでアンチテレビというわけでもないので、テレビもあるならば観てみています。フランスでのとびきりお気に入り?は、2チャンネルでやっている「テレマタン」という朝のニュース番組です。朝から完全フレンチエスプリで飛ばしていて、メインキャスターのウィリアムがとても意地悪(というか、これぞフレンチエスプリ?他のコーナーを担当する担当者たちの話に関心がある時とそうでない時の差が半端ではありません)。

例として、エストニアでの動物の大会を紹介する話しでは、(ウィリアム)「その大会どこでやってるの?」、(担当キャスター)「エストニアです。」、(ウィリアム)「そんなところ、行かないな」とPolitically incorrectな発言は日常茶飯事です。また、さすが小さい頃から両親たちに厳しく切り込まれて育っている国民だからか(ステレオタイプです)、脇役たち(というか担当キャスターたち)もキャラが際立っています。たとえば、朝から飛ばし過ぎているので、たわいもないおしゃべりの仏語は依然分からないこともあるのですが、全体的にフランスのおはよう日本?ズームイン?目覚ましテレビ?はやっぱり違います。
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by Haruka_Miki | 2010-01-15 00:00 | エチュード

In which pit?

英国博物館にて、社会政策の先生と同級生たちとメキシコシティの労働者に関するドキュメンタリー、En el hoyo/In the Pitの上映を観てきました。映像の力を感じて、ドキュメンタリーを制作したくてテレビ局に入った大学の友達を思い出しました。

メッセージはさることながら、音にとても敏感な監督さんの作品です。エレクトリック音楽好きの感性にも響くのではと。Youtubeだと映像荒いですが、もし機会があればぜひ。サンダンス映画祭でも上映されてます。


このクラスは半期のクラスなのですが、学生が少なめなのと、デモグラフィーが他のどのクラスとも異なっていて刺激が多いクラスでした。ちなみに学生は、アルバニアから一人、ナイジェリアから一人、ガーナから三人、ハワイ・香港から一人、日本から二人、イギリスから一人、インドから四人という感じです。社会政策のクラスでは「南」の国からの人が多めで、開発のマネジメント・行政学関係のクラスは、総じて「北」の国からの人が多い、一つの傾向があります。
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by Haruka_Miki | 2009-11-28 00:00 | エチュード

Le truc qui j'adore

火曜日と木曜日は気に入りの授業があるのでなんとも楽しいです。

私の場合、現在教わっているのは公共政策・行政学の先生が数名、都市政策の先生が二人、それに自由選択のフランス語の先生がおられるのですが、特にそのうちの一人の先生から目が離せません。都市政策の先生です。青空を思わす水色のチェックのシャツにVネックのセーター。極めつけは真赤のソックス。本日オフィスアワーに先生のところを訪ねたところソックスに気づいてしまい、終始目が釘付けだったのでした。いや、自身の聞きたかったことはアドバイスを頂戴したので悪しからず。というルックスばかりでなく、故・岡田真澄氏ばりにディープな声で延々と話していることも(70パーセント意味が分からないです。形容詞と動詞の選択肢が変わってます)、パワーポイントの文字の大きさが小さすぎてさっぱり読めないところも、それを全く気にしていなさそうなところもツボです。実際オフィスアワーでの先生は、いつもと全く変わらず、自然体でHelpfulでおられました。先生の論文を読むと、よりハードボイルドなお方なのでは(政治的にもある程度ラディカルであろうことが授業の話の端々から感じ取られます)と思うのですが、授業を聞いている限りにおいてはそのようなことは全くなく。
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先生の色はこんな感じです。これはLa Fayetteの屋上カフェでありますが。

このクラスが素敵なところのもう一つは、先生だけでなく学生の素敵さでもあろうかと思います。公共政策・行政学の学生、つまり私が所属する学部の学生は、以前少しお話したような感じでとてもナイスでスマートな人々で満ち溢れているのですが、地理学(都市政策はこのデパートメントの一部になります)の研究室の学生というのは、また少し異なるニュアンスが。都市について考える時も、公共政策という一種の特殊訓練を施された学生のはしくれのわたくしと、地理の学生だとTakeが多少異なります。自身の場合、どうしても都市計画をその計画にかかわるアクター達の関係性という観点で見てしまいたくなるところですが、それは一つのとらえ方にしか過ぎず、様々な切り口が互いを高めてくれることを理解するのです。他の学部の授業が取れることのメリットはそこにあるのかと。

課題図書を全部一人で読めれば素晴らしいのですが、そんなことをしていたらとても眠れない。ということで、必殺読書サークルというのが自然に、そして必然的に作られます。これは、一つのクラスの一週間の読書が3冊の本と5本の論文だったとしたら、あいにく全部を精査してノートを取っていたら無理ということで、全体をさっと目を通して、あとの要約は他の人と手分けをして行うということをしています。要約を作る理由は7月に試験があり、その試験でほぼ100パーセントの成績が決まるという学校であるが故です。人間、やはり圧力があるとこつこつやるというものです。この読書サークルの女子たちがとても楽しい!
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読書サークル仲間たち(登場人物:大きな眼鏡とおさげが印象的で面白いプロジェクトに参加している英仏ダブル国籍の女の子、不動産の仕事をしていた韓国人の女の子、アメリカの法律家でカシミール地方で仕事をしたいたことがある女の子)にAnish Kapoorの展示に行きたいんだ、と言ったら、あの芸術家はすごい迫力だよねー、と現代アートのことを話せる友人がロンドンでできたことも、個人的にはとっても嬉しいです。といわけで、来週はみんなで夕飯会をしつつ、お話に花を咲かせようと思います。
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by Haruka_Miki | 2009-11-05 00:00 | エチュード

デパートメントストア

本本本!社会学部のはしくれの血が騒ぐ課題図書達に郷愁を覚える木曜日の夜。アペロのお誘いを断り、寮でシラーズを開けてみました。隣人たちが風邪だということで、お互い助け合いの隣人愛。レモンとシナモンを落として、ホットワインを。ゲゼルシャフトの中のゲマインシャフト!と叫び出しそうなのは、社会学復興の印です。

突然Chet Bakerが聴きたくなり、引っぱり出してきました。大学四年生の頃によく聴いていたので、なんとなく懐かしい歌声が、武蔵野の並木道を思い出させてくれるというものです。彼の曲は、たいがい始まりが好きなのです。秋がお似合いの声質。と、しんみりした後にJonis Joplin。お次は忌野清志郎とハナレグミ。隣人はさぞかし不思議がっていることでしょう。夜な夜な聴こえてくる不思議音楽セレクションたちに。そして、ロックな音楽家の、はちゃめちゃさと温かさのバランスって、なんなんでしょう。

それにしても、社会科学という括りがいかにざっくばらんであるかを思うこの頃です。ここだけの話、実社会に出た際に感じた、一本槍な前提・議論展開、大学三年生の夏にインターンをし、溜池山王で朝の明かりも夜の灯りも見て、入った世界。そこにある前提に疑問を抱かないことはないのだけれど、そのNormativeな状況に一度身を置いてみたかった新社会人の経験。さっぱりわからないその論理!窮屈!とまでは言わないとしても、Status quoが疑問視されないことが興味深かった3年間。そして今、毎日授業で聞くのは、その議論の裏にあるのは規範的質問?ポジシティヴな質問?やっと2005年以来、同じ言語を話している気がします。

でも、待てよ私。ここはとても特殊なちろりん村であることを忘れるなかれ。一歩キャンパスの外を出れば、規範的質問を疑問に思わないことが当然の世界が待ち受けています。それを変えようとするのか、それに入らないでおくのか、むしろ中に貪欲に切りこんでいくのか、それはまたそれぞれの選択なのでしょうが。社会科学を勉強するならば、様々なStatus quoをどんどん壊すのが無理なのならば、深化させていけばいい。と思わせてくれる先生が結構いて、同時にシティの引き続きの議論が当然な先生もいて。同じ屋根の下、大変なことになっています。100人先生がいれば皆違うことを信じている。けれど、やっぱりどこかでNormativeにならないことを理想としている人が多いか、もしくは自分がNormativeであることを認識して、これが自分のスタンスです!と言ってはばからないか。

ユートピアの「知的活動」と実世界が互いを照らし合わせるその間にいれたら。と思うのです。
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by Haruka_Miki | 2009-10-23 00:00 | エチュード

都市「計画」

お久しぶりです。ロンドンはいつの間にかすっかり秋めいて、今週などは随分冷え込んでいます。Pコートでは寒いくらいのこの頃です。雨に悩まされるので、長らく購入しようか検討していた長靴(しゃれっ気がある人はレインブーツと言い換えるのでしょう)を購入しました。小学生の頃からかれこれ十数年ぶりの長靴です。黒地に赤と白のマークがかわいいです。今年一番の投資のような気がします。それにしても、男性のお洒落な長靴というのはあまりないですね。皮靴に防水スプレーをすればいいのかしら。

さて、最近の生活と言えば、なんとも学生らしい生活をしています。寮→学校→寮→学校、これに時にパリに行く・帰ってくる、とかシティバンクに行く、とかそういうものも入ってくるのですが、一端生活が始まると、これはどこでも言えると思うのですが、行動がパターン化してくるというところがあります。このパターン化に閉塞感を感じる場合もあると思うのですが、私の場合はここ2年弱程、生活の拠点が変わりすぎて、ある程度リズムがあることが日々を動かしてくれるというところもあるかと思います。そのパターンの中で、時に人々との会合があったり、そういうことがパターン化した学生生活の色どりになってくれます。ロンドン自体を歩く機会があいにく限られていますが、そういうコミュニティ的なロンドンでの立ち止まり方は新たな視座を与えてくれます。昨夜は寮の同じフロアのドイツ人の女の子の呼びかけで、ザワークラフトとフランクフルトをご馳走になりました。

ところで、学校で一番厄介なのはCapstoneという名のグループプロジェクトでしょうか。民間なり政府系なり国際機関なりのクライエントにお題を頂いて、その問題のソルーションを提供せよ、というのがミッションです。それでなくても本の波に押され、論文を書かなくては、とやっているところですが、このプロジェクトが、自身が所属するプログラムではとても重要視されており、そこがMScの学位と異なる所以なのかと思われます。今まで習った理論やモデルやメソドロジーをどれだけ実社会に利用できるか、そのことを使命とするプログラムなのです。

ロンドンでは、パリに増して都市計画と都市化関連の書物を読んだり、授業を受ける機会が増えました。パリを離れてから思うことは、もっとパリの都市計画について知りたい、というところであるのですが、それは自身で行うこととして、授業でこうした自分の興味ど真ん中の勉強を受けられるということがとてもありがたいなと思っています。面白いな、を仕事なり今後の糧にする、そこを心のどこかで考えつつ今できることに没頭しようと思っています。

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最近、James ScottのSeeing Like A Stateを再読しました。政策決定全体に言えることだと思うのですが、この本が都市「計画」の前提を繰り返し問うてくれることは興味深いところです。この本は、昨年度パリの学校に入る際に、授業が始まる前の夏のおすすめ書籍と紹介された本でもあります。さて、その中の行に、Le CorbusierとJane Jacobsの対比がなされるところがあります。私は、基本的にLe Corbusierが創造する外観の統一性に高い関心があるのですが、同時に彼の作った全体性に身を置きたいかというのは別問題として、彼の作品を訪れたりすることが多いのでした。そこにある一定の距離感が何を示すのかは特段気にしていなかったのですが、Jane Jacobsの見方に甚く同意し、ぜひ氏の本を手に取りたいと思ったのでした。

"To see complex systems of functional order as order, and not as chaos, takes understanding. The leaves dropping from the trees in autumn, the interior of an airplane engine, the entrails of a dissected rabbit, the city desk of a newspaper, all appear to be chaos if they are seen without comprehension. Once they are understood as systems of order, they actually look different." (Jacobs, J. quoted in Scott, J., 1998. Seeing Like A State. New Haven and London: Yale University Press.)
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by Haruka_Miki | 2009-10-19 00:00 | エチュード

とんだところに来てしまった

なんというか開眼させられる、というのはこういうことだろうと思ったのでした。大学院の制度を利用して、ロンドンにやってきたというお話をしたわけですが、なんという興味深いところなのでしょう。私、街に関しても、教育機関に関してもまっさらな状態で来て体験してみたところ、見事にポジティブな驚きに満ち溢れています。パリでは感じ得なかったものを感じています。つまりはどちらがいいということではなく補完的な関係であるのでしょうが。これから社会科学の大学院を考えられている方には、ひとまずおすすめいたします。

それは、街がそうさせるのか、学校のプログラムがそういう気持ちにさせるのか、もしくはそこにいる人々か、おそらくはそのコンビネーションによるところなのでしょう。とにかくまだ復習クラス?(統計学と数学は大切だからある一定の基準はクリアしておいてね、もしそういうバックグラウンドがなければこの2週間で追いついて下さい、というクラス。しかし、社会学をしていた身にしてみたらかなり最初から飛ばしている印象です。少なくとも統計学は去年1年勉強したにも関わらず、また受講してそうなんだー、と頷いている始末。)なのでなんとも言えませんけれども、よい意味で、これはとんだところに来てしまったという印象です。そして、大学が完全にビジネス化しています。ビジネス化というと聞こえが悪いのですが、とにかく限りなくシステム化が進んでいて、事務手続き等も一本化されスマート。金銭のやりとりも、もはやスーパーで買い物する感覚です。その上キャンパスがロンドンの中心にあるため、イメージ的には飯田橋の理科大キャンパス?という感じです(他方、理科大は日仏学院近くに大きな建物を建てたりしておられるので一概な比較はできないかもしれません)。とりあえず、学生が皆異常な程のポジティヴエネルギーを放出しており、しかし押し付けがましいというよりはスマートで軽やか。学部から直接上がった人もちらほらだけれど、基本的には実務経験がものを言うマスターなので(パブリックセクターのMBAをうたい文句にしています。)たいがいが投資銀行・コンサル・NGO・政府機関などの職歴あり。ちなみに学校の80パーセントは外国人だそうです。なのに皆英語が完璧です。発音からして、イギリスか米国に以前留学したことがある人が多いのではと。つまり、鼻につかないとはいえ、完全なるエリーティシズムがそこにはあるわけです。そして、多くの学生が髪の毛や洋服にいとても気を使っています。ん?ここはファッション・インスティチュート?と錯覚するほど。訳が分かりません。では、鼻につかないというのはどういうことなのか困惑していたところ、同じ大学院を以前に卒業した仲がいい友人が、そういう学校なんだよ、と同意してくれたので、どうやらこの第一印象は共通したもののようです。とりあえず、強烈な印象を残した一週目。一年生に混ざってRetreatに行ってきました。○○王国へのコンサルゲームなるものがプログラムに入っており、プログラムの卒業生でコンサルに就職した方が来てレクチャー。スピード感があるのが面白いです。

これを既視感と言わずして何と呼ぶ。一学期目が始まる段階から毎日のようにキャリアセミナーがあるというのはすごい話だと思わずにはいられず。周りの興味が「公共政策」大学院であるにも関わらず、コンサルに向いているところが不思議です。でも、プログラムを見るからに一年目はエコノメトリクスの授業ばかりだし、パリの大学の学位共有制度があるとはいえ、同じプログラム名であるとはいえ、だいぶ状況が異なるのでした。とりあえず、このポジティヴなエリーティシズムでポリティサイズされたお洒落なキャンパスの日々を、今後もアップデートして参ります。びっくりしつつ、小生はほどほどにマイペース、ええ、寮からほうじ茶とおにぎり持参でこの不思議空間を楽しみたいと思います。
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by Haruka_Miki | 2009-09-30 00:00 | エチュード