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パリ発 五感の穴

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カテゴリ:旅( 89 )

海の日と言いますし

香川県高松の高松港からフェリーに乗り、直島という島に行ってきます。
直島で民宿に泊まっておかみさんの朝食(海苔と卵と干物と味噌汁と、ふんでます)を頂いたり、美術館に言ったりしりしてから、岡山県岡山に行き、その足で倉敷へ。

海の日には海を堪能。
島しかないこの国、海に囲まれているからこそ、海の日は特に海を満喫しようではないですか。て、そういう目的の日よね?では目的に合った有効な過ごし方を。

ええ、単純なのは生まれつき。
バックパック背負って行って参ります。
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by Haruka_Miki | 2006-07-15 00:00 |

ジュネーヴ・銀行のち国際機関ときどき仕立ての良いコート

旅の拠点をジュネーヴに移した。ロンシャンのバッグをきっと持っているような巻き毛のフライトアテンダントに、私がエールフランスでホットチョコをもらっている間、ロンドンから来る友は、完璧に効率的なオレンジのシャツを来た職員(アテンダントではないらしい)を横目にEasy Jetでジュネーヴに向かっていた。

ジュネーヴというあまりに唐突な場所で、我々は再会した。場所は非日常だけれど、なぜだか、あたかも大学の友人達がキャンパスの門で待ち合わせするかのように、自然で日常的な再会を果たした。じゃあ市内まで参りましょう、ということで電車に乗り込んだ。友にすすめられたチョコレートは甘くて美味でぼりぼり食べた。この街はチョコレート屋しかないらしいよ、とスイス製でないチョコレートを薦めながら友は言った。

不思議な街だ。想像以上に「地方都市」の香りが立ち込め、パリという大都市とは装いを異にする。「垢抜ける」という言葉はあまり適当でないのかもしれない。じゃあ「垢抜けない」のかって、そんなこともない。国際機関や各地域の金融機関がある土地柄、行き交う人々は千差万別だ。旧市街に入ると、石畳のその町並みの中で、夕暮れ時に人々が広場でビールを手にお喋りする。駅の辺りで道を間違えると、道でお客を待つ娼婦に出くわして少し面食らう。

不思議な雰囲気だ。欧州系の金融機関だけでなく、イスラーム銀行の存在が目立つ。スイス=金融の国、とはこういうことかなと、やっぱりチョコレートを口に放り込みながら思う。彼らの銀行としてのミッションや哲学は独特で、イスラーム銀行には、大学時代にかなりの関心を抱き、卒業論文にも取り入れたくらいだ。私一人、並々ならぬ興味を示す。

不思議な人々だ。静かに街をゆく人々が着ているコートの仕立てがよいこと。ヒッピーティックな言動を好むけれど、こういうのも好きだ。テイラーメードだとか仕立て屋という言葉に敏感だ。職人の仕事を感じるし、きちんと何かを着るという所作は素敵だ。コンサバで典型的ビジネスファッションも着方しだいなんだ。

意外にもメトロポリタン都市の異名を持つこの街は、どこか懐かしく、どこか地方ぽい。国際機関と金融機関という巨大組織がそこここに散々するのに、どこかグレイでオープンでヒッピーな香りがする。なんだか、こんな雰囲気ならばルソーもああいう考え方になるよなあ、と納得しながら、いやしかし、この土地にこれだけの金融機関や国際機関が集まったことに、どこか不思議な気持ちを抱きながら、小ちゃなベッドに横たわった。
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by Haruka_Miki | 2006-03-28 00:00 |

パリ・東京帰着

日曜日午前11時過ぎ、東京帰着。
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今回の旅では色々なものを見て、色々なことにめぐり合い、色々な人に逢いました。
過去と、この瞬間と、将来をつなぎ、創っていく大切な旅になる予感。

またパリ、ジュネーヴについては追って。とりあえず顔を洗おう!
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by Haruka_Miki | 2006-03-26 00:00 |

パリ・自分で動く

日々を送りながら、毎日できることから精を出す。
一日を刻みながら、将来のことも考える。

考えているだけではどうにもならないし、頭でっかちになってしまうから、自分で動いてみようと思う。考える方が得意なら、動いてみたらいい。動くのが得意なら、少し立ち止まってみるのもいいのかも。

私の場合は前者かな。そう、考えるだけではどうにもならないので、今回の旅に至った。温かいハートのスマートな大学の先生に紹介いただいて、ある方に話を聞きに行った。

数字だけでは割り切れない世界、けれどとても大切な世界。緊急性や短期的な成果が見えにくい世界、けれど少しずつ考えていきたい世界。さまざまなバックグラウンドの人が、国籍を超えて働いている機関だ。ある種の夢の機関で、理想を高く強く持つ機関だ。今まではずっと興味がある止まりだったけれど、今回現役で働かれている人とお話した。

理想と現実、夢と葛藤、いいも悪いも、それを全部丸ごと見れるだけ見ようと眼を見開いて見たい。色々な選択をするときに、その瞬間、その瞬間を精一杯見極めたいし、選びたい。そのために、自分の場所から見えないものも、できるだけ教えてもらって知りたい。自分の人生だし、生きるからにはしなやかに、かつ情熱的に生きたいから。

旅は旅でしかないかもしれない。しかし旅は旅以上になる。旅を終えて、また明日からしっかり歩こうと思う。一日、一日をしっかり受けとめよう!一日、一日をきちんと生きよう!
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by Haruka_Miki | 2006-03-26 00:00 |

Paris: Culture of stone and culture of wood

One thing that strikes me when I walk around Paris: how different the city is from Tokyo. Hmm, people would probably say how silly you are, it's without saying! Well, it sounds obvious but visiting Paris for the third time, I can see city in more objective way than I did for the first or second visit.

In the first visit, I was all excited about seeing "Arc de Triomphe", "Tour Eiffel", "Musee de louvre", "Notre-Dame" and all the other touristic monuments and buildings within the city. In the second visit, I was all motivated to see all kinds of other museums. I was curious to see how modern architecuture exist among the most classical types of buildings you can imagine.

This time, I probably know better about the city. At least I acknowledge I'm seeing things differently from the past two stays. What caught me the most is how city is all about stones everywhere and after a few days, I could even feel some type of "difficulty breathing" as I'm not very much used to city with culture of stones.

If you are architecutre majors or if you are European city lovers, you surely understand this. For me, I understood theoretically but it never stroke me like the stay this time. More than I thought, every type of building is made of stones or bricks if you want to call but clearly not so many of the wood-made buildings.

In Tokyo, we no longer see so many wood-made buildings. There are more of the buildings with solid, rather colorless cements and every road you see in Tokyo may be paved with concrete. Still, if you go inside a small road or little apartment like my place, you have large chances to see wood pillars or verandas.

Coming to culrue of stone, I then understand I'm a girl from the culture of wood. When I see small wood doors, I smile without reason. When I saw wood sculptures in the art exibitions held in Grand Palais last week, I felt like staying in front of it forever.

Afterall, I understand little things like this makes the cultural difference even if we aren't aware of them.
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by Haruka_Miki | 2006-03-22 00:00 |

Paris: City full of not only historical but personal experiences

It's the 4th morning here in Paris. The city is rather quite with all the histories and stories concealed within the city. I wake up with the sound of garbage collector which circulates city. I hear children's voice from the next door and here, sun rises again and the life or parisians and parisennnes start.

I used to stay with the homestay family with whom I stayed 1yr and 6months ago. The family was nice enough to offer me to come back and stay with them for this visit as well.

Three children grow rapidly. When I see teenager's difficulty(as it's too radical to say "teenager's crisis" at this moment) started to the elder daughter, I understand no matter where you live, what you eat, what you feel, humans take the similar path in ones' lives. Seeing that, I remember how I was all gloomy and having "anti-parents/society what-so-ever" attitude back then.

I talk with the younger daughter and get surprised how she is practicing spellings of verbes and how the forms of verbes change with each subject. I remember I was Kanji fanatic back then collecting "star-shaped" stickers which we could get once we got 100 percent of the Kanji test.

I talk with mother once her husband leaves to work and her children leave to school in the morning. She is someone I respect as from someone outside, she is the perfect mother of three children, wonderful wife and powerful career-woman working for the luxurious brand shop. Here, we talk as two "women". We talk about every little small thing about my life and her life without any of the position within the society or family.

Then I feel something. This city, full of all the historical events back then and nowm is not only about important events written in newspaper or history books. When newspaper talks about "demonstration of students against government's employment policies", or TV discusses about "immigrants' policy", we focus much to the image of the city within the context of media.

Without saying but often we tend to forget that the city is full of all the personal experiences. We get too excited and gossip-like when we see or hear the stories from media. Being too theoretical or critic-like, we dismiss all those personal stories which may could be shared to culture to culture; just like the experience of one family or the feeling of one woman.
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by Haruka_Miki | 2006-03-20 00:00 |

巴里

一路、パリへ。
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by Haruka_Miki | 2006-03-18 00:00 |

シンガポール・「脱」国境?

仕事をする上で、国境を感じる場面は薄れてきているように思う。一つのミッションに向けて、国を問わず様々な地域から仕事をする。PCや電話などの通信機器を使った会話の量は多くなり、距離的な遠さはもはや大きな問題ではない。言語の面では皆がそれぞれ英語を話し、それ以外にも社内で使うシステムに関して皆が同じ知識やスキルを共有する。

ご時世もあって、仕事の多くは「脱」・「超」(どちらでもお好きな方を)国境的に行われる。同じビルにいる東京オフィスの人と同じくらいに、もしくはそれ以上にシンガポールや香港、イギリスや米国の人と話す機会はとても多い。距離以上に彼らは精神的にとても近い存在で、なくてはならない仕事仲間だったりする。

だからこそ、身を持って仕事仲間がいる環境を感じたい、という気持ちが沸いてくる。共通言語に溢れているから、それで満足してしまうけれど、それじゃいけぬぞ、と己に問いかける。

今回の旅はそんな危機感を拭うためにも非常に楽しみだった。同じ基準にのっとり、同じ目標を掲げ、同じ言葉を話し、傍目には似たような綺麗なオフィスで働く彼ら。オフィスの一歩外に出たとき、どんな木々を目にするのか、どんな風を感じるのか、どんな交通機関に乗るのか、毎朝あたたかいベッドからゆるりと起き上がると、どんな朝食を食べるのか。

帰国後の収穫は抜群。

「シンガポールに来ていたらしいじゃない。どうだった?」「とてもよかったよ。ほら、ドリアン型のミュージックホールでさ」「あ、オフィスはあそこからすぐのところなんだよ!」

「朝ごはんでさ、Kaya(ココナッツ味のピーナッツバターのようなペースト)をトーストに塗るじゃない?あれすごい好きになった。日本で売ってないのは不思議だね」「Kaya知っているの!私は毎朝あれを食べて会社に来るよ」

直接顔を合わせていないのに、いつもに増して会話が弾む。目を見て話していないのに、仕事がぐんぐん進む。仕事仲間が近くなる。国境が透明になるほど、距離を近く感じる錯覚に陥るときほど、相手を見たい。知りたい。分かりたい。私を分かってもらいたい。きっと分かる、同じはず、という前提を総崩しにすると、今まで以上に彼らは近い存在になるから。
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by Haruka_Miki | 2006-02-28 00:00 |

シンガポール・エスニシティ見物

先週、二日休みを取り、シンガポールを旅してきた。

2001年春にカンボジアからマレー半島を旅した頃、シンガポールは最後に旅を終えた場所だった。最後の地、シンガポールは、どこか綺麗で近代的で、残念ながら当時自身の関心を惹くことはなかった。きちんと見ることなく過ぎたその地を、きちんととらえたい、今回もう一度戻る。

遠めには非常にスマートで、近代的で、清潔な国。自分の足で歩くことを始めると、色々と発見がある。まず目を惹くのは、至るところでお目にかかる、複数の公用語で書かれている標識だ。たとえば「シンガポール」ならこんな具合に:

Republic of Singapore (英語)
Republik Singapura (マレー語)
新加坡共和国 (中国語)
சிங்கப்பூர் குடியரசு (タミル語)

中華系が76.7%、マレー系が14%、インド系が7.9%、その他が1.4%となっている。華人、マレー人、インド人からなる複合民族国家というユニークなお国柄が見える。「観光客」は「観光客」らしく、仏教のお寺や、イスラームモスク、ヒンドゥー寺院を訪れる。新しい国だから、それぞれの建造物が古めかしいわけではないけれど、通常だと入りにくい寺院やモスクといった空間に足を踏み入れることができるのは珍しい。

なんとハイカラ、なんとコスモポリタン。いやだからこそ、国家が取り組むチャレンジも多いのかもしれない。チャイナタウン、リトルインディア、と住み分けはかなりきちんとしており、全てがごちゃまぜに混ざるわけではないようだ。エスニシティが優勢な順に、力関係や文化の幅の利かせ方が決まってくる。国もそのことをチャレンジとして、国民の教育に力を入れているようだ。

中心街から南西に行ったセントーサ島にある博物館は、「観光客」のためではなく、「国民たち」のためにと大きくうたって、複合民族国家としての国の歴史や主要三つのエスニシティの文化を追っていく。最後にはさまざまなエスニシティの子供達が手を取り合う。

エスニシティの問題は決して完全な解決がない。傍観者には簡単なことも、当事者には大きな壁として立ちはだかる。時にそれは理論ではどうしようもない。人が人として生きるとき、それは理屈でない問題として立ちはだかる。

しかし、人々がたゆまない努力を続けるとき、失敗や困難を受け入れ、真っ向から取り組む姿勢はエスニシティの問題を、問題でなくチャレンジにする。シンガポールにそんなチャレンジの姿が見えた気がして、清清しかった。
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by Haruka_Miki | 2006-02-26 00:00 |