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パリ発 五感の穴

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カテゴリ:人( 167 )

その日がやってきた

悠長な話です。その日、自宅にて、いつもの様に夕飯を囲んでいました。
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(プチ・パレの中庭はちょっとしたお忍びスポットです)

カルボナーラと新鮮なサニーレタスのサラダを食べて、頂き物の世にも美しいピエール・マルコリーニの玉虫色のマカロンを食べてご機嫌なソワレをしているところ、今までとは異なる感覚と痛みを伴う兆しが見られたのでした。時間を計ってみたところ規則的なので一応出かけてみることに。兆しが訪れる時以外の時間を見計らい、ゆっくり至近のタクシー乗り場に歩いて行きました。タクシーから見える青黒いセーヌ河と街並みが美しいことを見る余裕がある時とそうでないことが交互に訪れ、そうこうしているうちに目的地に到着しました。事前に言われていた窓口に出向き、確認をすると今日はもう帰らないでここにいてね、今夜中よ、とのこと。正直、そんなつもりがない程度の兆しだったのでびっくりしました。

この国に魅せられることは多いのですが、今までで一番感銘を受けたのは、医療と社会保険の制度の良さと質の良さでしょうか。特に生を授かるこのセクションはとてもプロフェッショナルであり、安心して身を預けることができるのです。初めて見るその部屋はシンプルながら必要なものが取りそろえられており、部屋に入る道でも新しい命の泣き声が聞こえてきました。

日本で同じ経験を通る方とは比べ物にならないと思うのですが、一通りの痛みを経験し、その後麻酔を打ってもらいました。とはいえ、それでもシースルー越しに感じられる痛みというのは確実にあり、時が熟すのを待つ間もそれが徐々に大きくなるのでした。鋭い波が行っては帰る、そういうのを6時間程経験してから、いよいよ先生を呼びましょうということになって、その時がやってきたのでした。

よく、産む、という言葉を使うと思うのですが、私自身の経験では、間違いなくこちらはその営みをassister(助ける)側であるにすぎず、本当に大変なのはそこを通ってくる小さな存在なのだと強く思いました。十月十日を通じ育まれ、時満ちてさぁ出てみようと思う弱くて小さいけれど確実に力強いその存在。それは超現実的で神秘的で不思議な経験でした。痛いとか怖いとか面白いとかでなく、その神秘に寄りそう経験は唯一無二でした。

何の縁かは分かりませんが、そんなこんなで母になりました。

ブログはあくまで私の話でありますので、意思疎通ができるわけでないその人についてあまり話すこともできませんが、それでも今まで経験したことがない種類の経験であることは間違いなく、その意味ではこんなに興味深い体験もないわけで、時を見て投稿出来ればと思います。
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by Haruka_Miki | 2010-08-31 00:00 |

家族にそっと、時に強く支えられるということ

土曜日の朝だけは、朝起きてから下のパン屋まで出かけクロワッサンを買います。通常は、田舎パンや雑穀パン、シリアル、マドレーヌにバナナ・時にバナナ他をミキサーにかけたジュースとコーヒーを食べるのですが、クロワッサンはささやかな週末だけの楽しみです。元々、ご飯党なので、白米にお味噌汁に焼き魚にお海苔と納豆というのも完璧素敵な朝ごはんなのですが、簡単さに負けて、上記のようなメニューが多いのです。

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(家の近くにある気に入りのビストロです。早い、安い、感じがいい、美味しいプロバンス料理はランチも夕飯も大人気です)

母が街に来ているのですが、母はパン好きなので、いくつか気に入りの種類のパンの頼み方を練習し、進んで焼き立てのパンを買いに行ってくれるようになりました。その他、コンテチーズが気に行った模様で、どのチーズが美味しいよ、とか、どのバターが美味しいよ、とか、イチジクのジャムは美味しいね、とか、この紅茶は美味しいね、とか楽しめてもらっているようで安心しています。日本に残した家族には母の不在中何かと面倒もかけると思うと申し訳ないのですが、やはり私としても心強いです。よく行くベトナム食材店、スーパー、市場、オーガニック食材店など一通り一緒に回って勝手が分かるようになった模様です。ありがたいことに買い物をお願いすることもあります。父がフランス語の会話本を持たせてくれたらしく、それを見ては市場の果実や野菜や魚、あとは万が一迷子になった際の諸々を控えています。実は、こちらに来る前に数カ月程ラジオ講座でフランス語をやってみたらしく、そういうことをちらっと話す母の気持ちが、心からありがたいです。

母を見ていて気づかされることは、「分からないことが分かる」ということによって、幾分も母の海外滞在が母自身にとっても、私や相方にとっても、日本で待っている父にとっても、楽になっているという点です。それは、遡れば、言葉が分からない環境でなんとか暮らさなくてはならなかった十四年前があったからなのだと思うのですが。

思い出すのは中学に転校したばかりの時に、なぜか唯一英語の能力を問わないはずの家庭科のクラスで落第点をつけられてしまって、メソメソ泣く私の腕を引っ張って、英語も流暢でない母はどうにかこうにか、気迫で教頭先生にかけあいに行ってくれたのでした。英語の授業ならともかく、家庭科でどうして?と。小さい村社会の学校には、そういう言葉が上手く操れない人への差別もあるのはある程度仕方なく、それに打ち勝つには、自分がその力をつけるしかなかったのです。それがまだ無理な子供を、押す姿勢を当時とてもありがたく思いました。

状況は変わりましたけど、今でも東京やここにいる家族に、そっと、そして時に強く支えられています。
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by Haruka_Miki | 2010-08-22 00:00 |

家を楽しむ

初めてこの季節に街に残っています。この夏は特段街を出る予定もないので、街に残った友人との家の会が多い今日この頃です。
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河沿いに集まって、市が作ったゴザやイスの上でチーズ・ワイン・パンとオリーヴのゆるい会に参加してみたり、お魚料理をふるまってくれるというので友人宅に出かけてみたり、ちらし寿司やお惣菜を作ったというので河を渡ってお邪魔してみたり、こちらもかき揚げとうどんの会を開催してみたり、皮から作る水餃子の会をしてみたり、そんな感じで家周辺での活動を活性化させています。東京にいる時も、家が大好きだった私は、半ば無理やりそれなりの頻度で家の会を開催していた方かなと思うのですが、パリという街はこの家飲みというのが一つのジャンルとしてかなり確立していて、通常東京のコンテクストで行っていた「飲み会」に匹敵するのが、家でゆるーく食べたり飲んだりする"Fête"にあたるんではないかと思われます。

お呼ばれするのも家で開催するのも、すこぶる楽しい家の会です。先週は目に鼻に舌に美味しいごちそうにありつきました。日本人の奥さんもこちらにずっとおられて完全にパリジェンヌであるし、あのいつか行ってみたい、バオバブやおサルさんで有名なインド洋の美しき島出身の旦那さんの腕の良さと言ったら、違う職業(そしてこのお仕事も大変な知識と技能を必要とするお仕事なわけですが)をされているのがもったいない位です。久々に五感全体に訴えかける素敵な嗜好をお持ちのカップルに、とても感化されたのでした。家には旦那さんが描いた色彩豊かな画も飾られていて、趣味なんでしょうけど、なんとも豊かな気持ちにさせてもらいました。その夜のメニューは、唐辛子に魚のすり身を入れて焼いたん、茄子の煮浸し、タヒチ風鯛のカルパッチョ、マダガスカルレシピの牛の尻尾を圧力鍋で甘辛く煮てご飯と頂くメイン、最後はアモリーノのココナッツとマンゴーのアイスを食べながら食後酒のラム酒と、エスプリが効いていて、最高に刺激される会だったのでした。

それから、一歳半の小さい子もいましたが、こんなに大人慣れした子供を見たことがないのでびっくりしました。知らない人が大勢のはずなのにちっとも怖がらないし、むしろにこにこやっているのが印象的でした。彼の性格なのか、環境なのかは分からないのですが、歯が生え始めたばかりのあの子も、一人の立派な「人」でした。夜も更けると、パジャマに着替えるのを合図に、バイバイと愛想をふりまいて自分の部屋に大人しく連れていかれて自分で寝てしまいました。

女の子が女性になる中で、「女子高生」になったり、「女子大生」になったり、「OL」になったり、「アラサ―・アラフォー」と呼ばれたり、そのうち「お母さん」以外の顔を見せなくなったり、そういうのに多少の違和感を感じたりの、相変わらずあまのじゃくの私です。けれども、その社会的な括りが妙に自身でもしっくりきたり・こなければ、ストレスを感じながらがんじがらめになるも、それは最終的には社会の括りを自分がいかに受け入れるかということであって、これも・あれも・それも私であるし、私の大好きな時間はこんな・あんな・そんな時間もあるのです、という生き方も当然可能なのだと思うと。これからがもっと楽しみになるし、家を中心とした生活も楽しみになるのでした。
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by Haruka_Miki | 2010-07-25 00:00 |

家族+α

5月以降寒空が続くパリですが、昨日からはとてもきれいな太陽の陽がさしています。パリジェンヌも待っていましたとばかりにサンダルに履き替え、半そで・チューブトップに大きなレイバンのサングラスで闊歩している人が多くなりました。私は大貫妙子の都会を聴いてお掃除です。

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陽が落ちるのも遅くなった初夏の夜、昨夜は元ホームステイ家族宅でのソワレと夕飯に行きました。2004年からの付き合いになり、三人の子どもたちも大きくなりました。私に馬乗りしてた(つまり私を手玉にとって完全お嬢様だったわけですが)下の子も、将来は獣医さんになりたい、と夢もしっかりしてきました。真ん中の男の子も、女性を労わる優しさを備えて。女の人に囲まれた生活をしているかかな。上の15歳の子の色気といったら。ティーンネージャー特有の反抗期も、熟すのが早いだけ、終わるのが早いのかな。お母さん譲りの温かみがある顔になりました。それとも、彼女自身に彼が最近できたから?温かい雰囲気の中で、いつもと変わらず、アペロ(食前酒)ちょっとだけ飲むでしょ(!)?とウィンクする彼女は、ベリーショートの髪型が小さい丸顔に似合っていて、ジャンポール・ベルモンドのお相手をするジーン・セバーグを少し思わせます。

彼女たちのちょっと悲しい経験は以前記しましたが、そんなこといつまでもくよくよしていても仕方ない。前見て歩くお母さんは、お母さんの顔もするけれど、女性の顔もあって、誰かいい人がいたら紹介してよね、と笑えるまでになりました。子育てで少なめにしていた仕事も少しずつ増えて、海外出張も多くなったようです。私も嬉しいです。

幼少時代に、そして大人になって海外に出てみて思うこと。言葉の障害を理由にすることもあるけれど、実は人間関係に言葉の違いなんてたいしたことじゃないです。証拠に、今でもわたしの仏語なんてまだまだ。例えば獣医という単語を発音するのが苦手なんですけど、それだって、笑いをさそって、子どもたちが根気よく教えてくれます。もう言えないなら、省略版を言えばいいよ、と言われると、くやしいので何度も練習です。それも、笑ってしまえばいいのです。この家族の(お母さんの、そして子どもたちの)早口なフランス語と子どもたちの言葉遊びや早口言葉を真似るとたちまち失敗して皆で大笑い。文化の違いを障害に感じることがないわけでもないけれど、実は人間関係に文化の違いなんてそもそもあって当たり前なんだと。だって、日本人同士でも、難しいことなんて山ほどあるのだし。久々に白いパールのジェルネイルとデザインを施した私の爪を見て、とても珍しそうに見つめる下の子に、日本の女の子は皆こういうのやるんだよ、と話して、ふーん、日本って超現実的な国!と目をくるくるされる彼女とお喋りすることもまた楽しいです。

そして。結局家族のつながりの独特さを感じて帰ってきました。私とあの家族が、そして友人と心を通わせるのはまた違う次元でのつながり。元々家族の礎となるお父さんとお母さんは、やっぱり他人様だけれど、なんだかんだ一つの家族になって。ずっと一緒のわけじゃない、そんな緊張関係と安心感。そんなことちっとも子供のころは考えませんでした。感じさせない男女が築いた家庭に育ったからでしょう。

三人はどんな大人になるかな。今から楽しみです。
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by Haruka_Miki | 2010-06-23 00:00 |

ギターのソワレ

最後の試験は科目が最高に楽しいので、机に向かうのが楽しいです。ロンドン最後の一週間、やり残したことは?といえば、いまだナショナルギャラリーに行っていない(ボッティチェロ!)とかもあるんですが、まぁいいのです。ロンドンにも夏がきました。まだ日によって雨が降りしきる日もあるけれど、女子はみんなワンピースに着替えてさっそうと歩く暑い初夏の日もあり。嬉しい陽気です。

さて、試験勉強ときどき、今週の脳内ヒットチャートは小坂忠さんです。大学生のころにはっぴぃえんどが寮内でリバイブしていたことがあったんですけど、「ほうろう」、なかなかのかっこよさです。今年、この1975年の名盤のニュー・エディションが出たとか。特に、「ふうらい坊」、大好きな曲です。記憶が正しければ、数年前にカヒミ・カリィさんがライブでカバーしていた気が。別に何か大切なメッセージを言っているわけでもないんですけどね、空気感、最高に70年代中期なんですね、この時代をリアルタイムで知らないことが残念なくらい。続けてはっぴぃえんどの「はいからはくち」を。
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パリに家族がやってきた昨月の土曜のソワレ、友人宅2階のテラスを貸してもらって、父、そしてカリフォルニアに居を移した三十年来の父の友達とそのご家族にも来てもらって、ちっちゃなギターで何曲か彼らの歌を唄ってもらいました。それがすごくよかったのです。詩とメロディ、情感と暑っ苦しさとけだるさ、それはアップサイドな時代を若者として生きた彼らの音楽です。特によかったのが、彼らの作った70年代の歌を、私と年が変わらない父の友の娘さんも一緒に歌ったこと。私自身は、彼らの歌を暗唱もしてないんですが、子どもが自分たちの歌を唄うなんて、粋。母も、父の友達の奥さんも嬉しそうでした。大学生の頃の若き二人を見たのかな。二人とも、年をとった、声が出ないと嘆いていましたが、とてもよかったです!

そんな父と母、この夏で真珠婚です。道理で私がそこから○年引いて今の年なわけです。など、どさくさにまぎれて母の日と父の日の御祝いが合算されめですが。とにもかくにも、いつまでも二人で仲良く、元気でいてほしいです。
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by Haruka_Miki | 2010-06-08 00:00 |

Being hyphenated

私事ですが、去る土曜日、結婚しました。そんなわけで、今まで慣れ親しんできた名前が突然Hyphenateされる事態となり、少しずつその状況に慣れようとしている最中です。
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それまで一週間程は、信じられない寒さでカシミヤコートを引っ張り出し、ティッシュの大箱をどこにでも持ち運んでぶるぶる震えていたのですが、当日は雲一つない晴れ。20度近くになり、雨男の名を世界にとどろかせている連れにしたら、九回裏ツーアウトからの満塁逆転ホームランといったところだったと思われます。

日本からもお招きしたい友人が沢山いて、パリでの式にその点だけが唯一の心残りとなりましたが、いつか近いうちに皆さんと杯を交わすことができると信じています。その時はぜひ一杯お付き合いください。結婚式という宴に限っては、代わりにこちら方面の友人たちに温かく支えられ、祝われ素敵な会となりました。沢山の祝辞、お祝い、そしてその比較にならない笑顔に囲まれ、互いに連れを紹介するのが初めての友人もいましたので楽しく穏やかな一日でした。会に来ていただけなかった方も含め、今一度自分が支えられ生きているのだと思い、感謝の気持ちがありません。

日本の式を経験したわけではないので、比べる対象がないのですが、ラテンのフランスのつっこみどころ満載の、その日にならないと何が起こるか段取りさえ分からない式が和やかに進んだのも皆さんのお力添えのお陰かと思います。マイクを貸して下さい、とカクテル中にお願いするのも、スピーチの通訳をするのも、段取りを決めるのも、全部自分たち。そういうのがすこぶる大変で、けれど本当に楽しく、我々らしくもありました。出会ったその地で様々な変化が起き、日本でそれぞれを行うことももちろんできるのだけれど、あえてここで全てを行うことにしました。その我儘を聞いてくれた家族の温かい眼差しが、ありがたいのです。

当日は、住んでいる区の区役所で式を挙げました。女性の区長さん(おそらくイタリア系と思われます)がゆっくりと詩を読んでくれて、互いが署名をし、結婚の証人も署名をし、式を終えました。なお、最初に身分証明書の提示を求められましたが、式の15分前まで準備に追われた当人にその頭はなく、思わず、苦笑いで、すいません、でも信じて下さい、我々本人です、と言うよりありませんでした。区の担当者も苦笑い。それでなんとかなるのがこの国です。ありがとう。その後緑に抱かれてカクテルを楽しみ、夜に気のいい友人宅にお邪魔をし飲むわ踊るわよくやりました。フランス人が結婚式の際に必ず皆で踊る踊り、というのもやりました。その面子は、両親だったり海外在住の人であったら、年齢も国籍もばらばらでしたが、とても愉しいものでした。

宴は終わりますが、よく眠り、すっかり部屋をこぎれいにした後の日常を歩む足取りは軽いです。何より、窓の外がこの上ない明るさで、気分爽快!です。さぁ続くはあと二本、試験がんばります!
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by Haruka_Miki | 2010-05-20 22:04 |

日曜ブランチ

嬉しい縁があって出会った彼女。今週末は、そんな彼女と嬉しい再会がありました。

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私の2008年からのパリ生活で私がこの街に慣れ親しみ、慈しむようになり、何倍も濃いものにしてくれた立役者、元ルームメートが家を訪ねてくれて、三人でブランチをしました。スカイプで話をすることもあるのですが、直接会える喜び、ブランチのはずが夕方まで何杯もエスプレッソとお茶をお代わりしながら話しました。仏語で言い淀んでも分かってくれている、そういうことが多々あって、相方が不思議がっていました。できた人間の彼女が相手のおかげでしょう。フランスでもっとも言葉が標準語と言われる地域出身の彼女のフランス語は、彼女のデリケートな性格も手伝って、それは美しく自然にも上品です。

ルームメートは国立美大の出身で、ニューヨークやモントリオールに住んでいたとても素敵な女性です。年は一回り以上上だけれど、ぶらない・ひけらかさない・強い信念を持ちけれどやらかい、大好きな友達です。同胞ばかりの寮生活の一週間目、すでにその異空間にくらくらきていたところ、小さな張り紙を見て電話をしたのが縁で、今に至ります。今はギャラリーで美術品投資の目利きとリエゾンをやりながら、週末は彼のいる田舎の家に帰るという自然体の人です。

日曜朝の会合というのが案外乙なもので、必要以上に寝坊もしないでシャワーを浴びて部屋の掃除、それぞれが気になるポイントが違うので、私は専ら整理整頓、相方は埃専門というのが常です。今日のメニューは、前菜は黒糖ピーナッツをつまみつつベトナムのネム甘酢だれ添え(これは、いつものベトナム人の食材店で入手です)、トマトと豆腐の中華風スープ、長茄子と豚の梅甘辛炒め、オイスター風味の塩焼きそばです。ここのところデトックス的な小鉢のメニューが多かったので、大皿料理をぺろりと食べるのはとても楽しく美味しかったです。

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それは美味しいケーキは、私が越した後に家がある通りに新しくできたケーキ屋だとか。私は小さい頃からチョコレート自体よりはホワイトチョコレートに目がないのですが、知ってか・知らずか、ホワイトチョコとミルクチョコ、ダークチョコレートが三重になった、それは美しいケーキをお持たせにしてくれました。最近は自己判断で一杯のコーヒーはよしとしているので、エスプレッソが進む一品でした。辛いもの・甘いものを前に、久々の会話は機知に富んでいて、ぬくもりにあふれていて、こんなに美術の話、器の話、最近のアパルトマンの様子、田舎の家の改築の話、ニューヨークへの出張の話、フランスの政治の話、と沢山の引き出しを開けたのも久々です。

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そして。素敵な本のプレゼントをもらいました。アパルトマンの隣人で、ロシア出身の六十代の女性がいました。彼女と我が家は家族同然の付き合いで、我が家のカギを持つブロンドの彼女は、よく洗濯機を使いに我が家にやってきました。私が家着で散乱した文書の中でコンピューターに向かっているところ、何度も彼女をお出迎えしたこともあります。そんなマダムは絵の額を作る職人さんなのですが、彼女が幼い頃にお父さんが描いた絵が挿絵として使われているワインのリスト帳です。

いつかこの街をはなれることがあれば、その時はルームメートと同じように私に沢山の影響を与えてくれる友に近く住まうことができるでしょうけれど、今はルームメートと同じ空の下、同じ街で住まう歓びを感じます。少しずつ増える我が家のルームメートコレクションは温かくきらきらしています。
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by Haruka_Miki | 2010-04-18 00:00 |

La vie continue comme ça

パンダの切手が貼られた、一通の手紙を受け取りました。Par avionにU.K.ではなく、Grande Bretagneとあり、差出人は、2004年にホームステイで2週間お世話になったお宅のお母さんからです。クリスマスカードの返事だろうと思って、開かずにまずは夕飯の支度を。夕飯の後封を開けてみたところ、悲しいニュースが書いてありました。十数年連れ添った旦那さんとこの度離婚の手続きに入り、1月末に三人の子供を連れて、パリの同じ区内にある他のアパルトマンに移るとのこと。

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(記事と関係ありませんが、以前行ったブリュッセルの道角です)

彼女はとてもよくしてくれて、一度ホームステイをしただけなのに、それからもパリを訪れた時は家に泊まらせてくれたり、パリに移ってからも、子供たちに会いに来て、と夕飯に呼んでくれたり、よくしてくれました。中学生の長女が日本文化に関心があるとのことで、日本語を教えていた時期もありました。日本人を受け入れつつ、完全なるフランス人の彼らは、ある意味で私にとって、フランスの家族はなんたるか、フランスの男女はなんたるか、フランスの子供はどう教育されるか、別荘に連れて行ってもらって、日曜日に一緒にチキンを丸ごと食べたりと、活きたフランス辞典でした。お母さんが田舎の人で、お父さんが生粋のパリジャンだったので、フランスのパリと地方の関係性について考えたりもしました。

数年前から、少し関係が難しいことは聞いていましたが、年ごろの三人の子供たちを考えると、いてもたってもいられない気持ちになりました。両親が仲が悪いよりも、別れた方がいいという考えかたもあると思うし、なにより3組に2組は離婚しているパリのこと、これは特段特別なことではないのです。けれど、統計が、実際に知っている女性や、子供たちの身に降りかかるとき、複雑な気持ちにならざるをえないのでした。

男と女だから、結婚したが最後、ずっと仲良くというのは当たり前ではないのでしょう。カップルが幸せに暮らせることを、当たり前と思わないこと、おごらないこと、相手を尊重すること、子供を愛すること。このカップルはそういう結果になってしまったけれど、子供たちの傷が、お互いの大人の傷が、どうにか最小限で済むように、陰ながら願わずにはいられません。

現在、日仏の映画、「ユキと二ナ」が公開されています。日本でも、恵比寿のガーデンシネマでやっている模様。タイムリーなので、私も観てみたいなと思っています。
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by Haruka_Miki | 2010-01-16 00:00 |

洗濯日和

ごめんくださ~い!
(暖簾を挙げて)おかみさ~ん、ちょいとー。

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あらメザニンにお住まいのharukaさん、どうぞお入り下さい。お茶を淹れるところなんですが、ご一緒にいかがですか。気を遣わせてしまってごめんなさいね。ではお言葉に甘えて、一服致しましょうか。の図です。

お天気がいい日は、シーツやカバー類を総洗い。部屋の一階部分の部屋を横断してシーツを干して。部屋が分断されてしまうから、キッチンに行くときはついつい、ルームメートとお互いで、ごめんください、の図に。

こういう生活臭さと、ゆったり時間のバランスが、わたしのツボです。
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by Haruka_Miki | 2009-07-28 00:00 |

車の中で

友人が高校生の時、一年だぶったということで、ふーんと車の後ろできいていたのだけれど、その理由がとてもらしかったのです。

「数学などよりも、当時の関心事はもっぱらもっと実存的なものだったんだよね」

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えー、この景色を見ながら、そんなこと考えていたの!思わず、サルトルが「嘔吐」を書く文化圏なわけだと納得の一コマでした。

「雨は止んだ。大気は暖かく、空をゆっくりと黒い美しい雲が流れている。完璧な瞬間の額縁として、これ以上誂え向きのものはない。アニーだったらあれらの雲を映しとるために、私たちの胸の中に小さな暗い潮汐を生まれさせただろう。だが私はこの機会を利用する術を知らない。私は心安らかに虚ろな気持で、この利用しようのない空の下を、あてどもなく歩くだけだ」(サルトル・「嘔吐」116ページ)

話は変わりますが、最近は久々にTei TowaのLet me knowがヘビーロテーションです。
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by Haruka_Miki | 2009-05-06 00:00 |