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パリ発 五感の穴

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カテゴリ:人( 167 )

すずらんをあげたいあなた

今朝学校に行ってみると、学校の郵便受けに祖母からの手紙が来てました。
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祖母の文字がとても好きで、それは少し母の字にも似ているのですけど、どうにも優しげです。すべての愛情を込めて昔の人、と言う言い方ができるのだとすれば、祖母の文字も、その縦書きも、まさに昔の人。最近は記憶の忘れものも多い祖母ですけれど、そういうのはずっとずっと残っていくのね。祖母から母へ、母から私たち娘へ、皆声質が同じ、というのと少し似ていて、字もどこか世代を通じて似ていくところがあると思うのですが、いかがでしょうか。

先週はロンドンからお客さまがいらしてて、いろいろお話する機会がありました。久々に、というか実は今回こちらに住まってからは初めてではないかというほど、セーヌ河沿いを右に左に歩きました。お客さんにゴシック建築の美しい見方・方向というのを教えてもらったので、早速次にパリ案内(というかたいがい案内されている側なんですが)をする機会があったら、この知恵を他の方に伝授したいと思います。来月には、東京から仲良しこよしがやってきます。2000年に予備校に一緒に通っていた彼女は、仕事で夏からアメリカへ。まぶしさ満天のあなたの活躍を真に応援しつつ、いつまでも女の子としてのわーわーあーだこーだの同意感のレベルでは、きっとどこで会おうとも、いつ会おうとも変わらないのだという安心感があります。

ちなみに、5月1日はわたしの妹がちゃぴんの誕生日なのですが、それ以外にフランスでは勤労感謝の日・またMuguet(すずらん)の日ということで、日頃お世話になっている方々にすずらんを差し上げるという日なんだそうです。大晦日の松飾り並に、街はすずらん売りで大賑わいです。

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最近のわたくしと言えば、いつもながらその時読んでいる本に完全に感化されるタイプで、現在は民営化・規制・自由化にまつわるinstitutional isomorphismというやつにはまっております。国際機関にEU、多くのことを説明し易い概念だと思うのですが、多用は禁物です。それから、お陰で三連休が急ぎ足になってしまったのですが、月曜日に、WTOにおいてEUROPEAN COMMUNITIES – MEASURES AFFECTING THE APPROVALAND MARKETING OF BIOTECH PRODUCTSを模して我らNGOがアミカス・キュリエとして申請書を提出するという授業を一日がかりで行いました。これがなかなか面白かったので、いつか記せたらと思います。ちなみに、非常にランダムな役回り設定で初めて議長を務めたのですが、ただの授業でも大変だということが分かり、その点でも学ぶところが多かったのでした。
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by Haruka_Miki | 2009-05-01 00:00 |

朝晩かくかく

春なので髪を切ることにしました。今回は思い切って15センチ位切りました。大学一年生の頃におかっぱで入学式だった時以来の肩上なので、少し不思議な感じです。少し母に似ました。

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という話は置いておいて、昨夜の会がとても密でした。わたくし何もお手伝いできませんで。ローズマリーが香り立つリゾットをご馳走になりました。久々に日本語で語り倒す会というのをやったのですが、それぞれの生い立ちに色濃く影響された我々ひとりひとりの価値観、自身がすがっている智慧の幹が、いかにも個人的なものであるか、そのことを如実に表わしていてとても面白かったです。

フランスについてのこと。スイスについてのこと。アメリカについてのこと。それぞれが住んだことがある文化圏の限られた話、それをステレオタイプにすることなく、どのような具合でまとめられるのか。そんな微妙な線を模索しつつ、話はマスコミに及んで。獄中でとても有名な本を書いた、政治思想がとても過激なイタリア人の方がいて、その方の本はとても影響があって、彼は今フランスのグランゼコールで教鞭をとっているのですが、彼の話を私が持ちだすと、一人の方から、その人は獄中にいたからこそ、自由であったとの言い方をされたので、それはとても興味深いなと思って質問攻めに。彼の考えでは、牢獄の外にいる人には、まずどの媒体を使うかなどの選択肢があるために、その手段の選択が自由を縛るとの言い方で、それに加えて、獄中にいるからこそ捨てるものがなくモノが申せるとおっしゃっていて、ふーんと聞いていました。選択とは何なのでしょう、自由とは何なのでしょう。そのほか、私はかなりつっかかってしまった「バランスがとれた人」論議だとか、かくかくしかじか、うんうん、ん?そうかんしら、なんで、なるほど、しかしながら、まぁねそれは、、とやっていたら地下鉄を逃しました。自分が考えもしない議論を聞くことの面白さと言ったら。パンチが利いてました。It doesn't matter whether or not we agree on each other. What is important is that we are not scared to admit that we agree that we disagree.

自由かくかく論議の後、今朝はルームメートと二人して、寝坊しました。とはいえ、ルームメートは毎日よく寝るので彼女にとっては普通なのです。いつもは私がエスプレッソ淹れるんですけれど、今朝はルームメートの方がタッチの差で早起き。二人で遅い朝ごはんをしつつ、朝ですし、自由だバランスだなんて議論はせずに、寝ぼけ眼。この家では、自由うんぬんの話は、ちっとも出ることはないのだけれど、彼女の恋の話や仕事の話や趣味の話を聞いているだけで、それもそれでうんんと「自由」が何たるかが染み出ているので、この家では、夜な夜な話すのが趣味でなくても、それでもやっぱりそんなエスプリは朝からぷんぷんなのです。そんなこんなで、エディットピアフのLa vie en roseが頭から離れないのですけど、まそんな日曜日もよいとします。
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by Haruka_Miki | 2009-04-20 00:00 |

食べる

お家に帰ってきました。統計学の宿題をなんとなく終わらせ参加した昨夜のソワレは、バックグラウンドや年齢が異なる人々の集いでとても興味深い面子で、四時間強があっという間に過ぎました。それぞれ一品・二品を持ち寄りお酒を開ける会、多人数過ぎないというのはとても居心地がいいのです。

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メンバーの一人は、最近お菓子作りに凝っていて、今日はシュークリームを作るんですって。シュークリームのカスタードって、なんであんなに美味しいのでしょう。その方とお喋りしていて、先週はその方マドレーヌを焼いたとおっしゃっていました。マドレーヌというのは、私の場合は実家を連想させる言葉です。おそらく我が家の場合は、母が作ってくれたそれに想いを馳せるからでしょうか。昨夜のソワレのホストの方も料理が上手でいつも手料理をふるまってくれるのですが、結局私は食材を選ぶ→この自分の食事を作る→そして愉しむという時間の過ごし方がとてもとても好きです。高級レストランに赴いて食べるのとは異なる愉しみがあると思います。そんなわけで、今回の旅行中も、ホステルに泊っていたこともあり、一週間中ずっと外食というのも避けるため、キッチンを利用しました。ホステルというのは小宇宙で、ベトナム人の家族が麺を食べていたり、ロシア人の兄さんがマッシュドポテトを作ったり(というか粉ポテトを水とバターと牛乳でのばしたもの)、アメリカ人の大学生がお豆とパプリカのトマト煮を作ったりそういうのを見ているだけでも面白いです。当然、いわゆるロシア料理を食べるには外に赴くか、最善なのはローカルなご家庭に御厄介になるというものなのでしょうが。

作って食べるといえば、昨夜の面子のお一人は日本に住んだことがある北米人だったのですが、興味深い話をしていました。それは、当時ご自身(いわゆるコケイシアンに見える。本当はヒスパニックも入っているのだけれど、とにもかくにも「外国人」に見えることは間違いない)が日本に留学した際に、他に日系の留学生もいたんだそうです。その際に、彼自身は、日本人のローカルなご家族と食卓を囲む際に、文化の差からくる沢山の失敗を犯したのだそうです。しかし、彼が失敗すればするほど、ご家族は喜び、日本ではこうなのよと教えてくれた。対する日系の留学生は、とても苦労を重ねていたとのことで、なぜ「日本人」なのに日本の文化が分からないのかと、辛い日々を過ごした人もいたのだそうです。これが、個人的な体験、文化的な体験なのかは話し手によって異なるところでしょう。

食を共にすることがやらかな優しさに守られ、連帯感につながる一方、そこには歴然とした差があり、しかし私が関心があるのは、この差を当然のものとして興味深く受け止めつつ、しかしその根底に、一緒に鍋をつつく、時間を共にして愉しむというベーシックなレベルでの共感は可能なのではないかと思いつつ、さてはて戦場の戦士たちを、難民たちを、政治たちを、武器などを持ち込むことなく同じテーブルで食べることが、どれだけ争いごとの解決になるのだろうと思ったりしました。もしくは、いつしかかの牧師氏が言ったように、それはいつしか遠くない未来に、争いごとがなくなった後に、やっと同じテーブルにつくことができるというのが通常の運びなのかと考えたりしたのです。
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by Haruka_Miki | 2009-04-11 00:00 |

本と酢

最近地下鉄に乗る際の本は、幸田文の「流れる」です。日本語のはらりとしたちょうどよい重さがなんとも朝の眠たい時間帯にしっくりくるのと、女の家を女中さんの視点で考察しているのがたいそう興味深く、乱暴に走る地下鉄でおっとっとをしながら読んでいるのですが、目的地まではわずか七駅、すぐに着いてしまいます。なので、ちっとも読み進まないのだけネックです。

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私はこれまで幸田文の本を読んだことがなくて、これを機に他の作品、また同時期の他の女流作家の作品もぜひ読んでみたいなと思ったところです。装丁の縞模様がまた、粋な感じでいいのです。セント・ジェームスのボーダーシャツの国フランスとはこの辺が違うに違いない。

さて、私のルームメートはかなりの本の虫なのですが、こういう本の話で盛り上がれたらいいのにとたまに思うと残念でなりません。場合によっては、西洋の本を私がたまたま読んでいて盛り上がることもあるのですが、基本日本の作家の本というのは、土地柄によって好んで読まれている作品と出回っていない作品があるようです。フランスだと、三島由紀夫は断然人気、それから映画でも黒澤明、北野武、小津安二郎だとか。

話は変わって。最近、東京時代に母がよく作っていたフルーツ酢作りを再開しました。りんご酢など好みのお酢に好みの果物、生姜、蜂蜜を入れてソーダ水で割って頂きます。冷え性解消に一役買っているようです。そこで謎なのが、ヨーロッパには果たして黒酢や黒糖があるのかということです。和三盆や黒糖が大好きなのですが、あまり見かけないのと、フランス人の友人に説明してもちょっと分からそうな顔だったので、入手できないとなると欲しいなぁと思うところです。
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by Haruka_Miki | 2009-03-27 00:00 |

鳩は首を動かさず歩けない

どんなタイトルかという感じですが、ここのところ思うようにブログを書けていないので、最近起こったこと、最近考えたことなどを、書いてみるとします。とりとめもなくすみません。

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・年齢

土曜日に一つ年を重ねました。たいそう素敵な言葉やものの贈りものを頂き、誕生日って嬉しいなあと、ただただ顔をほころばせてありがたさで胸がいっぱいになるのでした。私は今までの人生のところ、頂き部分と差し上げる部分がちっともバランスしていないのですが、経験知としていつかどなたかに差し上げる部分になるといいな、そのように将来に蓄積されればいいのですが。

・環境

さて、連日の天気の良さに、そろそろどうしても自転車を走らせたいという気持ちが抑えきれなくなり、今日は学校まで自転車に乗りました。ルームメートと朝からアパート住民の共同納戸に向かい、一年は動かしていなかったという小さい方の自転車を二人で地上まで上げます。納戸の鍵が錆びていてうまく開かない、そんな時に昨年父が渡仏した際に日曜大工してくれた余りの潤滑油が役に立つというものです。いつもは下水の匂いがする歴史を感じるメトロに揺られるのですけれど、自転車もよいです。そういう季節になりました。しかし、高級な自転車の利用はご法度です。できるだけオンボロであればそれだけ盗まれる可能性も低めとのことで、我が自転車は、大きく油性ペンで150F(ルームメートがフラン時代に蚤の市で購入したと思われる)と書いてあるオンボロめの愛車です。

・最近の癖

諸事情への期待度が下がってきました。どういうことかといえば、例えば今住まう国であれば、どうしたら諸サービスがお役所作業でなくなるのかというのが、滞在数ヶ月目までの目下の懸念点でありました。(例えば、9月にお金を支払っている健康保険なのだけれど、会員証が遅いので電話をしてみたら、あなたの名前見つかりませんと言われたり、銀行から学生で免除になるはずの手数料が天引きされ続けていたり、学校で返したはずの本が二か月延滞の表示だったり、など。)はて、と最初はびっくりしたり、今でも引き続き多少困るところもあるのですけれど、いちいち目くじらをたてるのもいい場合もあることがようやく分かってきました。元来の性分として、ぴっちりしたいところとどうでもいいところが同居しているのですが、ありがたいことに周りにもっと大人な友人も多く、彼らに学ぶところが多いというものです。

・La famme et l'hommeばかりとは限らない

私の大好きな友人の名言で、「日本はたいがいレズカルチャー」というのがあるんですが、(名言が出た背景:私と友人は異性の友達なわけですが、なぜか会う時によくありがちなコースが、休日にアフタヌーンティーでしばし談議→タイないしベトナム料理ないしインド料理というコース。このアフタヌーンティーといえば、もう女子のメッカ。いつも二人して全く雰囲気に合っていないとある種恐縮・恐怖を抱きつつお茶をしたもんです)、では、パリでみんながJe t'aimeと毎秒愛をささやき合っているのかと言えば、そういう場合もあるでしょうし、いやしかしそうとも限らず、割と同性の友達で語る会というのも多いのではという発見です。ここにきて仲良くさせて頂いている方との一致した意見です。男も男とがんがん語る、女も女と当然語る、それはたぶん各人のアムールとの時間とはまた違う楽しさなわけですものね。
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by Haruka_Miki | 2009-03-18 00:00 |

勝手にしやがれ

高校三年生の春に、ショートにしたことを、ショートの彼女が有名な映画のシナプスを見ていて思い出しました。(いえ、沢田研二ではありません。て分かる方います?)いえ、ジーン・セバーグと張るなんて大それたことは言えるわけがありません。

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(タイトル:寄り添うゴミ)

新しい美容院に行って、重めのボブにして下さいと言ったら、何故かベリーショートになって、とりあえずその場は気に行ったふりをして帰ってきたのですが、家に帰って大泣き。北国だから首は寒いし、全く初めてのショートだったので、触覚を無くしたかのような感覚に陥り、恥ずかしくて恥ずかくて、とりあえずコンタクトレンズを止めて切った直後はずっと眼鏡をかけていました。その時初めてノルウェーの森のミドリの気持ちの件が分かった気がしました。

しかも、卒業パーティを目前に控えて、どうすればいいのかと途方に暮れたのですが。実はその美容師さんは、かなりの技術のお方で、そのショートときたら、少し髪が伸び始めた緑の季節には、ボブになり、天然パーマ特有の生え際の癖も生え心地?がよさそうで、また違った厚みを持って、その頃には彼女の髪型がとても好きになっていました。

今思えば、あの美容師さんはショートの天才だったのかもしれません。なんだかあの時のショートが今になってはとても上手だったので、そこからは髪を大胆に切れず仕舞いです。

私は髪の毛が細くて沢山あって天然パーマなので、その点色々と制約があるのですが。こちらに来て、腕のいい美容師さんに出会いました。彼女なら癖を生かした髪型をお任せできそうです。次にお会いする時ショート、とはいかないかもしれませんけど、気持ちでは準備OKです。

それまではアレンジでカバーするとしましょう。髪の毛が細くて多くて天然パーマの人はアレンジがしやすいのですもの。
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by Haruka_Miki | 2009-01-09 00:00 |

ここのところのこころのところ

奇跡的にSDカードが読み込まれ、カメラの中の写真を三カ月ぶりにコンピュータに入れられてすっきりです。
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ここのところ、特段これといったことでもないのですが、何というか人様がくださる優しさというのが様々な形で私の頬をかすめて、人様が抱える哀しみにもまた同様に突然の形で遭遇したりして、人というのがなんてセンチな生き物なのかと思うんです。仲がいい大切な貴方や貴女にそのことを気づかされたり、赤の他人様の言動にそのことを思ったりしとります。いや、ほんと特に何が変わったか分からないのですけれど、なんとなく三か月前とは異なる意識が無意識に育っている気がしてならんのです。多分気のせいですね。

うちの母は健康関係の知識に長けていて、その健康関連勉強サークルのお仲間達は奇特な方々らしいんですが、彼女たちは、身体の声を聞いてあげようとかそういうのがとても上手で、世界の見え方も違うらしく、なんでも、すごいスピードで飛んでいる鳥が、「ぱたぱたぱた」ってスローモーションで見えたりするらしいのですよ。いや、酔ってませんし、変なものを飲んでいるわけではないです。うちの母は、「ぱたぱたぱたなんて見えないねぇ」って苦笑いしてましたけど。ただただ、その世界の在り様や感受性というのが、すこし昇華されているということなのかなと。

これも環境が変わったからなのでしょうか。こうあるべき、こうあるべし、というべき・べし論がすとんと抜け落ちてきてしまったいえばいいのか。それは一部には自身の生活圏が変わって面の皮が前にも増して厚くなったということもあるでしょうし、あとは世界情勢にしろ、現状維持というのがしたくてもできない混沌の中に身を置き、しかし私にとってはそれも超現実的だからなのでしょう。まぁそんなことを言っているのは、今特段苦労もせずのうのうとしたいことをして生活していられる身だからですね。
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by Haruka_Miki | 2009-01-05 00:00 |

新年

あけましておめでとうございます。

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(ベルギーはブルージュのおうちのドア)

2008年は、今までずっと考えてきたことを、行動に移した年でした。自ら一つのドアを出て、次のドアを開く時、ドアを開けるまでには、外の空気は寒いんじゃないかしらと躊躇したり、今の室温を享受していたいという気持ちも往々にしてありました。しかしドアをえいっと開けて、次のドアを開いたら、たくさんの素敵な出会いがあり、結局私は、その温もりをもって叱咤激励を受け、その温かさと刺激の中で活かされているのだと再認識した年でありました。

昨晩夕飯を食べながら、ルームメートと自分のドアを開けっ放しにしておくという話をしました。自分が何をするのか、ドアを出るか否かという決断を通り過ぎた今、今年は今の立ち位置を確認し目的意識を持ちつつ、いつでもこの新しきエスパスを出入り可能な柔軟性を持って新年を過ごして参りたいと思います。

今年も宜しくお願いいたします。
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by Haruka_Miki | 2009-01-01 00:00 |

シネマ的一日

2001年から愛してやまないのは、Satya Sai Baba Nag Champaのお香です。モントリオールの地下にあるショッピングセンターの入り口にあるお香屋の香り。モントリオールのフランコフォンカルチャーは間違いなく私の中で大きいのです。ここに来て、一番近いクラスメートもやはりモントリオールに縁があって、世界は小さいですね。まぁ、フランスに来ているわけだから、フランコカルチャーに触れた経験があるのは必然なのかもしれませんが。ちなみに、私はこのお香を嗅ぐと、どうしても映画、みなさん、さようならが観たくなります。この映画は私の中でトップ5映画の一つです。

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(イスタンブールのお犬様。たぶん、自分のこと人間だと思っていました。かわいいね)

さて、今日はなんとなくシューリアルな感覚に陥りました。映画、焼け石に水を思い出しましたよ。ああ、なんというかこの社会はなるほどあの映画がなんとなく可能になる雰囲気をいたる所に内包しているわけです。そして、ルームメートと気狂いピエロのオマージュを語りながら、オウムを飼っていたあるマルセイユ在住の男性について話しました。そして、私が最近はまっているミクロ経済の先生の話しに展開。わたし、あの先生のことを考えると、もう三時間は通して笑えてしまうのです。人様にある可笑しみのエッセンスは、本気で愉しく、いとおしいものです。私は、ストレートないわゆる情愛以外の、こうした滑稽なほっこりとした人間愛、リスペクトが大好きです。そしてルームメートと私、我らは、どうやら映画で重なる部分があるので、濃い目にいれた緑茶とチーズをつまみに、三時間ぶっ通しトークもオーケー。この間彼女はエロスを観たそうで、あれは私も大好きな作品なのでまた盛り上がり。女子の話はいとおかし。

まぁ今日のシューリアルな感覚は、大学院で起こったある出来事がそもそも具体的な理由です。とあるハーバードメソードを用いたシナリオプランニングのクラスで、ある反乱?がありました。ダニエル氏という、ある有名なフランス共産主義者のお方の名前を利用して、クラスメートに一通のメールが。(ご丁寧にメアドまでダニエル氏のアドレス。)メールの内容は、いかにこのクラスが生徒たちが自らを蹴落とすメカニズムによって成り立っているかということ(クラスメート同士でそれぞれのプレゼン、ディベート内容を1から5までに採点して、その採点の合計が自身の成績に大きな影響を与える)、それもこれも全て先生の意図通りであるかということ、いかに社会科学を学ぶものとしてこのmechanismを通じたmanipulationを阻止しなければならないかということ、をとうとうと述べているわけです。学部長にもこのメールの内容は行き渡り、さてさてしかしダニエル氏がかの有名な彼であるわけはないであろう、そうしたら一体誰が彼の名前を借りてこのような革命的措置に踏み出したのか、犯人探しがクラスメート内で始まるのは避けられないのではという状況。

私は幸か不幸かこの授業に登録はしていないので、、完全に部外者ですが、いやぁ。なんとも公共政策大学院ぽいといえばそれらしい。Revoltするにも手が込んでいる。そんな中、いやこのメール自体が実はシナリオプランニングのクラスの一部で(シナリオプランニングのクラスではあるケースが与えられ、その短期~長期的プランを練らなくてはならない。当然、シナリオは現実世界の政治、経済的問題を散りばめ面倒なものであります)あったりするんではないかと考えたり。

焼け石に水で、右に左に踊りを踊っているシーンを思い出しつつ。夜な夜な一人ポアロごっこです。(追:私が一番好きなサスペンスは、アクロイド殺人事件であります。)
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by Haruka_Miki | 2008-12-11 00:00 |

空間自由人

渡仏して3か月。異国に住まうことはやっぱり結構緊張する。私もそうだ。そんな中、本当に来る決断をしてよかったなと思うことの一つは、いくつもあるのだけど、その一つは間違いなくルームメートに会えたことだと思う。縁というのは不思議だな。
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たぶん、お互い個人尊重主義だけれど、共同生活が大好きだから気兼ねがないのだ。彼女は間違いなく、私がパリ社会で健やかに過ごすために、私が気付かないほどありがたい存在なんだと思う。

今住んでいるアパルトマンは、住人に似ている。以前なんとかという巷では有名の芸術家が使っていたアトリエで、綺麗なのだけれど、人が暮らしたことが窓枠だとか床を見ると一目稜線で、その辺がなんとも彼女っぽい。このアパルトマンは長屋のようになっていて、隣人が誰かもみんなが知っていて、よくも悪くも生活の音が聞こえる。ちなみに、隣の隣の初老のロシア人の女性は、とても愛らしくて、こくっとゆっくり会釈をしてほほ笑む。この隣人は、私のルームメートと仲良しで、互いに何かあった時のための合鍵を持っている。なんとなく、祖母が水道橋に住んでいた頃の隣組を思い出す。そういうのが、私にとっては温かいから居心地がよいのだと思われる。

ルームメートはとてもゆったりしていておっとりしているのだけれど、同時に独立独歩で、その辺の独立心が妙に心地よいもう一つの所以のようだ。彼女のボーイフレンドは白衣の作業委が似合う画家で、私は写真でしか拝見したことがない。彼はパリの外に住んでいるから、彼女はパリとパリの外を行き来する。ルームメートは私よりも一回りは年上で、年齢からくる熟成したまろやかさなのかもしれないけれど、たぶん昔から、温かみと独立した部分を持ち合わせた人なのだと察する。そういうコンビネーションはなかなか稀有だ。

面白いのは、彼女の場合、結婚制度にはそこまで興味はなくて、でもパクスはいい制度だと思っていて、その辺がステレオタイプなフランセーズなわけだけれど、話を聞いているうちに、たぶん制度上の縛り以上に、空間的自由を求める空間自由人なのだと勝手に考えるようになった。理想は、好きな人と隣通しに住んで、真ん中に互いの共有の部屋があって、けれどお互いの家・部屋もあるよ、という感じなんだそうだ。

人の数だけ住み方があるし、空間の心地よさも違うだろうし、けれどデベロッパーが作る住まいといったら、社会が考えているモデルといったら、ちっともその辺の多様性に対応しているようには見受けられなくて。時に人々が窒息しやしないかと心配になるのだが、その社会にいればそれぞれ適応しているし、事実私もそうだったのだから、窒息せずともやり過ごすことはできるようである。でも、空間が人を縛るのでなくて、人が空間を決める住まいのあり方を考えたりする近頃。

日本はデベロッパーがとても幅を利かせている。じゃフランスがいいというわけではないでありましょう。たとえば、ラデファンスの当たりは、1981年以前はデベロッパーがかなり幅を利かせていて、あとはそれ以外のアクター達がアクティブだったらしい。ミッテラン政権以降、かなり政府が口を出しグランプロジェを作るようになったみたいである。

デベロッパー任せじゃない長屋のような、レゴみたいに住み手がいろいろできる楽しい家は、ボトムアップでもトップダウンでもない、たぶん、個人からでも始められるかなと思う。

少なくとも、このアパルトマンには、そういうものが自ずと根付いているようである。
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by Haruka_Miki | 2008-11-20 00:00 |