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パリ発 五感の穴

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カテゴリ:人( 167 )

掃除の客観性と主観性

部屋の掃除をする必要性が日に日に増してきたので、これは致し方ないと本棚を見てみたり、クローゼットを開けてみるけれど、ちっともはかどらない。おや、このCDは、おや、この本は、とやっているから埒があかない。言い訳になると思うけれど、引っ越し屋にとって、依頼人のものは単なる『もの』でしかないから、仕事=片付ける、梱包する、運び出す、に終始できるというものだろうが、自分のものを片付けるとなると、これはもう楽しいものばかりが次々に飛び出てきて、仕事にならない。仕方がないので、布団を干したり、洗濯物をしたりというルーティーンにはさんで、合間にまずはものを全て出す→少し余韻に浸るのもよいとする→心を鬼にして片付けに終始する、を繰り返している。

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と、久しく聴いていなかったCDたちがぽろぽろ出てきたので、Patti Smithベスト版を聴きながら、あっぱっぱー(死語?)を着てちょこまかしていると、家ロック!な感じでよい。以前聴いていた音楽を聴いて、急に現実を超越してそれを以前聴いていた環境に引き戻されるような錯覚に陥るが、結局、年を重ねても、人というのは例えばプロフェッショナルなコンテクストでどう動くはともかく、気を抜いた状況での立ち振る舞いは、三つ子の魂、でそう簡単には変わらない気がする。

さて、部屋の掃除をしながら、余韻の掃除も同時並行で行っているわけだが、面倒なのは、これはまた自身の癖でもあろう、一つの余韻を掃除すると、次にその余韻が他の思いを引っ張り出してきて、例えば、Patti Smithのライブを観たときに感じた衝撃を今一度思い出すわけだが、そうこうしていると、すさまじく凛とした破壊的にも美しい女性、とより大きな概念が頭に出てくる。

先日、女性の一人晩酌の話が話題になったことがあって、男性がからんとウィスキーグラスを傾けるとか、いやそういう物憂げなかっこよさでなくとも、缶ビールを開けて一杯といくというのを、公共の場でやることはまあこれは通常の画としてとらえられているけれど、女性がそれをしたときはやはりどうも異なる印象を与えるとか、女性は女性で、暗がりのバーでウィスキーはともかく、駅前の居酒屋で一人晩酌はどうも超えていいものか迷う一線だという話になったのだった。とりあえずその場に居合わせた女性陣の結論としては、自分はまだその一線を越えられないけれど、それを迷いもせずに背筋伸ばしてヒールの靴でがらがらっと引き戸を上げて店内に入って、腰を下ろしてビールを一杯、を成し遂げられてしまう女性は相当かっこいいだろうという話になった。Patti Smithの歌を聴いただけで、ここまで飛躍的な思考をしてしまう癖は一向に直らなく、直そうとも思っていないのだが、現実的な掃除が、とりあえず思考の中に散乱した事象たちもstraighten outしてくれると信じて、この七月の暑い日にクーラーもつけずに部屋の掃除に勤しむこととする。
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by Haruka_Miki | 2008-07-19 00:00 |

江戸っ子気質はえばれたものではない

自分が江戸っ子の祖父の孫なのだ思う瞬間。それは、柳川鍋を食べている時でも、『ひ』と『し』の発音の区別がつかない時でもなくて、(ちなみに、柳川鍋は滅多に食べないし、その発音の区別もついていると自負してます。というか、それがクライテリアであることがそもそも疑問?)、それは、『宵口のお金なんたぁもんは、持たねぇ、』的発想がどうもあるところです。今後、キャッシュフローが今までのようにはいかなくなるところ、こういう段になって初めて急に心配になり始めて、今までの自身を省みてみます。 

最近思うのは、キャッシュのインフローがあればあるほど、アウトフローも多いわけで、よく考えると、何に使っていたのだろうという疑問が。大体、ファッションは大好きであるけれど、そういうのはなんというかいわゆる高い店に行って買うというタイプの買い物ではないので、そこまでお金はかからなかったはず。小学生の頃のワニちゃんのポロシャツも穴があいて一昨年やっと捨てたりしています。

そんな中、唯一にして最も支出が多い分野は、私の場合群を抜いて『旅』であろうことは疑う余地がありません。あそこもよかった、ココもよかった、素敵な仲間に、美味しい食べ物、辛くても汗臭くてもそれがかえって思い出、な旅の記憶。ああ、それはあまりにプライスレス、ではなくて四ヶ月に一回もやっていれば、かなりのコストであったのです。旅の数々で、得がたい経験をしているし、とかく行ってよかった、今後も旅したいと思うわけでありますが、私の場合、その欲が学生の頃からちっとも変化していないところが、また困ったところだと思い。

とりあえず、反省をして、小さなところからこつこつ、じゃあやっぱり昼ごはんも塩むすび、はちょっと絶えられないから、お弁当を持って行くことにしました。飲み物も持っていったり、部屋でお茶を淹れたり。ああ、家計簿をつけるのだとか、レシートをピンで止めるだとか大の苦手で、大体このくらいだろうという感覚に任せてしまうのは悪い癖です。財務諸表と近いところにいたとは思えぬファジーさです。

というわけで、最後にして付き合い悪い人間にならぬように努力はする予定ですし、間違いなく誘惑にかられて外をほっつき歩くことは目に見えていますが、その中でも少しずつでも、うっかり実はextravagantな小生のメンタリティを叩き直していかねばと思うのであります。
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by Haruka_Miki | 2008-07-14 00:00 |

Giver

最近、とても素敵なアクセサリを頂くありがたい機会に恵まれています。写真は、その一つでフィリピンで離れ小島を拠点に活動するある作家が作っているブレスレットです。似合うと思って、ってあっちが地元の子にもらって、それがまあさすがな美しさで、スーツケースに入れる組に、即内定です。フィリピンのね、イメージがちょっと変わりました。フィリピンといえば、ちょっぴり油が多い料理のイメージなので。もらった本人は相当嬉しい、くれたあの人もにこにこ顔。
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なにより、贈り物を頂くと、一つの時空に持続性を持たせてくれる気がするのです。それが何よりありがたい。それを見ると、ふっとある一つの時点がまたありありと色鮮やかになって、思いが溢れ出てくるのね。それは、絶対に絶対に、自分へのご褒美、ちゅうのとは別物なんです。

そして、私が好きな学者の中沢新一さんの著作、愛と経済のロゴスを思い出しましたよ。

経済に関心を持つのは、実は経済学自体では全くなくて(ごめんなさい)、経済的活動を営む人間の行動とそれが示唆するところなのですが、贈り贈られるそんな間柄で、商品がただの売り物ではなくて、ストーリーを閉じ込めてくれることに、私はいくつになっても一定のロマンを感じるし、喜びを感じるし、それはただの交換では存在し得ない、商品の前に、ある人間関係あってのストーリーなのです。そういうストーリーを含む情緒的な経済学があったら、きっとはまるんだろうな。そして実は、そういうストーリーが経済学の行き詰まりの突破口になるのではと思ったりします。そのこころは、全てはロジックの上に存在しえず、イロジカルな部分が実はマージナルではなくて、核となる部分。経済的営みにおいてもまた然り、というところです。
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by Haruka_Miki | 2008-07-11 00:00 |

Stranger of some place

Recently, I was keep reading the works by Jhumpa Lahiri and certainly her writings had a certain impulse to me. I even rented a movie based on one of her novels, Namasake.
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(This is the Fort Agra)

One word that depicts her writing is probably "modern". The way she keeps a certain distance from subjects with the cool eyes and naration tones to depict the characters and that makes sense as many of the stories are the story of people today, with certain coolness when we look at our own life and our own feeling. Still, what underlies is the warmth of the people, the irony, the carma that goes time to time, generation to generation, ethnicity to ethnicity.

Especially those who have lived abroad, or specifically in the U.S. will have somewhat "deja vu" feeling when reading her books. I was certainly one of those who felt somewhat similar when I lived there.
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by Haruka_Miki | 2008-07-08 00:00 |

今日の言葉

いつも的確なコメントをくれる大人なともだち。相当laid-backだけれど、相当insightful。そして表面は相当適当。
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(大好きなパン屋さん)

『煩悩をさぁ、集中してみたら。なんちゅうか、まだね、煩悩が集約しきれてないわけ。』

ね、これ聞いても頭にハテナマークだ。前ぶりがあっても、私もハテナマークだ。でもさ、切れがいいんだな。努力を惜しまず!とか情熱を一点集中!とかそういう熱すぎコメントでなくて、煩悩の切り口というのが、らしいし、煩悩を捨てる、じゃなくて集約するっての、私にはとても響いたなあ。

ああいう人がコピーライターになったら、ちょっとは世の中面白くなる気がする帰り道です。
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by Haruka_Miki | 2008-07-06 00:00 |

何を待っているのだという気づき

人間、時間が限られれば限られるほど、当たり前のありがたさを感じるわけであります。
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(高校時代にお世話になった家庭教師・よりこさんは作家さんでもあり、彼女の版画の作品です)

気の置けない人とご飯を食べることが、どんなに素敵なことか。大切な人と笑い合う、同じ芸術作品を楽しむ、エクスカーションに出る、本を読む、鍋をつつく、同じ釜の飯を食らう、杯を交わす、シーシャを楽しむ、外をわんちゃんみたいに走り転げまわる、街を早足ですたこら散歩する、語り尽くす、そういう他愛もない時間のありがたさを、温かみを感じます。今、あなたと時間を過ごせることはどんなに素晴らしいことなのか。

忙しい!仕事楽しい!な毎日を自身がかなりエンジョイしているこの頃ですが、それはほどほどにしばらくはちょっぴり遠くなってしまう大切なあなたとの時間ほど尊いものはないのであります。いつもの面々も、ちょっとお久しぶりのあなたとも、しばらくまた東京を離れてしまうあなたとも、会いたい、そうだ思い立ったが吉日。そう思ったら大変だ。はよ、うごけー、自分よ。猶予は8月末まで。
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by Haruka_Miki | 2008-06-18 00:00 |

嬉しい日

大学のゼミ仲間の結婚式に参加しました。北海道・九州からも集結し、先生の音頭で杯を交わし、懐かしい面々と会えてとても楽しい時間でした。12名のゼミ生中、9名が披露宴からの参加で、新郎Oちゃんの何人にも愛される人柄を証明していました。先生を中心に、ゼミ生でテーブル一つを囲んでいたので、途中から完全に同窓会のノリになっていましたが、久しぶりにこうして学び舎の仲間の近況を聞きあうことは本当に楽しく嬉しいものですし、それぞれの道で元気にやっている姿を見て、互いに鼓舞されもします。

先生が乾杯のときに話していた言葉がとても印象的だったので、記しておこうと思います。愛すべき男性アイドルのOちゃんが、いかに教養人たる風格を身につけたか、その影に奥さんとの出会いがあったかというものですが、教養人について以下の引用です。

教養人とは「あらゆることについて何事かを知っており、何事かについてはあらゆることを知っている人」

先生の専門、そして政治学のゼミとして最初に読んだ丸山眞男氏の言葉を引用してのスピーチです。ジョン・スチュワート・ミルの言葉を引用して、丸山氏が「社会科学入門」で書いた言葉です。ちなみに、氏の言葉は政治学者について述べたもので、以下のように続きます。「指揮者は管弦楽のあらゆる楽器の専門奏者には到底なれないが、少くもそれぞれの性質や奏法を一応全部知っていなければならず、しかも指揮法については徹底的に精通していなければならない。政治というのはつまりおそろしく複雑な楽器編成をもった人間社会をコンダクトして行く技術であり、それに関連する科学的知識の体系が政治学だということになる。それがどんなにはるかな目標であり、どんなに険しい山谷が横たわっていようと、この途を倦まずたゆまず辿って行くのが政治学に与えられた運命なのだ。」

曲りなりにも、政治学のゼミ生として学士を卒業した私たちの今を見れば、医学の道、ジャーナリストと様々です。けれど、学生時代の礎を元に、様々な事象への眼差しと感覚を研ぎ澄ませ、しかしながら自身が選んだ道に関しては出来る限りの深さを追求すること、それは私たち一人ひとりが目指したいところなんだと思います。日々の諸処で忙しくしていると、その大きなところでの方向性は忘却の彼方ですが、先生の乾杯の音頭は、久々に晴れた爽やかな初夏の日の乾いた喉を潤してくれるだけでなく、皆の心にもじーんと染みて、一層酔いの回りを早くさせるのでした。
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by Haruka_Miki | 2008-06-07 00:00 |

バランスゲーム

何で人は仕事をするんでしょう。お金か。お金なのか。それもあるし、でもそれだけじゃないですかね、やっぱり。億万長者だったら、私がもしセレブ(ある意味この言葉も流行り廃れですが)だったら、遊び呆けるかな。多分。いや、でもそうでもないかしら。仕事をするのは、やはり何かをしたい、って突き動かすものが一ミリでも心のどこかにあるから、成し遂げた、ってそんな形を残したい欲もあるからなのかな。いや、多分それよりシンプルに、うん、これ楽しい!って思える瞬間があったら、すごい恵まれていますね。楽しい、の瞬間は千差万別で、それが上記のお金、だったら、これはシンプルで話しが早いですね。もし違ったら、お金、と楽しい!の間で折衝するしかないでしょうか。

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(チリはサンチャゴの国立美術館の一室。これは展示?廊下?)

段々職場に慣れてきました。おかしいなぁと思うことも多々ありますが、ありがたいことに、毎朝職場に行くのが楽しいです。これは前職でもそうでしたので、能天気なだけかもしれませんが..。人に恵まれていて、感謝です。「でもさぁ、四ヶ月じゃ、あまり仕事振れないから困る」と上司に本音を言っていただけるようになったのも、いい感触の一つです。

ブルガリア語専門のマネージャー、前の席の仲良くしてくださる姉さまはベトナム語で談笑をしておられ、そのお隣はインドネシア語で電話。英語は言うまでもなく、フランス語も完全メジャーで逆に肩身が狭いですが、やっと私の中での言語に関する疑問、(なぜ学校で学べる語学は英語、仏語、独語、中国語、西語と限られているんだろ?という疑問。そして、勤め先では当然英語一遍というのが基本ですし。)が解かれてきました。

今の環境に身を置いて、言語グローバリゼーションのバランス、お金と楽しいのバランスはこういう感じが自身はハッピーなのではないか、という感覚が少しだけ分かってきた今日この頃です。
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by Haruka_Miki | 2008-05-28 00:00 |

Lighting a candle

About 10 days ago the terrorist attack took place in Jaipur, the city of rose in India.
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(The candle seller in Varanasi)

Fot the amounts of lives taken away from this attack is merely fifty some, and this maybe nothing compared to the disaster in Myanmar and in the Southern part of China. But this is not about the number. This is about man-made disaster.

We see terrorism. Here and there. At least we hear about them. How people's fury and sadness fire the extremity to the homicide and even to the suicide-bombing? The question gets rather silly when we can never understand the others' sorrow and opression as same way as they do sometime. We tend to look for the suspect when this vehement action may merely to find a scapegoat of the phenomenon that surrounds an action.

The cyclone in Myanmar and the earthquake in the Southern part of China. The size of natural-disaster gets bigger and bigger with shorter intervals. Then we hear the news of the secondary disaster from the defective constructions and the paranoids of logistics. The impact gets bigger as a human-made disaster in some extent.

Living in the risk society, the risk that surrounds us maybe the result of the humans' ego. In the world of globalization, the repercussion is enormous. In the either case mentioned above, I call it as a human-made disaster.

Do I look for salvation? Do I pray to the divining existence or to the bigger cosmo? Well probably not. I was just not born or not have lived with such mind. But I will probably think about how an action I take today may affect the others. How the society which is made of myself and other individuals treats the others may affect the action of people.

We may have different belief but that doesn't matter. One thing that we all share is the risk we face today. The political, economic, environmental and other uncertainties which pertuate and grow everywhere and may affect everyone, with some inequalities when it comes to the distribution of the risk.

This weekend, I run by to a very nice candle shop not too far from my neighbor. They make special candles and hold events using the candles. Lighting the candle won't change the world but it may help us think something about how we share the risk no matter where we are. The terrorism or the natural-disaster is not about them but it is whole result of risk society we created and we live in. Lightening candle was indeed to reflect my action to the bigger phenomenon and think about those I know, I care and I love here and around the globe.
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by Haruka_Miki | 2008-05-25 00:00 |

天職?

ラーメン屋にてその名も「おいしいラーメン」をすすりながら、友に「ハルカさ、ロビイストに向いているんじゃない?」と言われました。

初めて言われました。冷静に考えて、すごい意見だと思いました。ロビイスト。つまり、あのアメリカでよくある特定の団体の利益を叫び、政治家に働きかける人、時に政治献金などの闇も生み出すあの存在?お褒めの言葉であるかを判断するのは...よしておきましょう。ロビイスト=吹っかけ屋というイメージ故、むむいつも物申す、な性格でごめんなさい、とそれなりにしゅんと反省してみたり。反省も半ば、そもそも、あれ、ロビイストって日本でそういえばあんまり聞かないよね。という話題になりました。ロビイストの定義、歴史を少しさらってたところ、これは政治を考える上でかなり面白いトピックだよなぁと、考えているところです。

さて、ロビイストの国と比較して、日本にはロビイストと公言している存在はいますでしょうか。ロビー活動的なことをしている人々は多々いるように思いますが、自認することはあまりないように見受けられます。ロビイスト、という肩書きの人がいるというよりは、政治家がその役割を果たしている場合が多い気も。ロビー活動はそう公言しないところに効き目がある、そんなお国柄かもしれません。なるほど、このあたりでもシンクタンクが発達している米国と、シンクタンクの意味合いがだいぶ異なる日本にも如実に出ているのでしょうか。

そんな中、タイムリーに部屋には妹が借りたと思われる「サンキュー・スモーキング」のDVDが。ハリウッド映画によくある、話しの筋があからさまということもなく、物事の正悪を決めつけるでもなく、タバコについても当然そのスタンスを保ち、ベースラインがリバータリアンなところが大変共感でき、なかなか面白い映画でした。

最近、妹が購入したり借りてくるDVD(例えば女子用のブートキャンプにはまっております。しかも、これAmazonで見ると高すぎ!)を何気に見てみて、意外と楽しむことが多いのです。「そりゃよかった。でも反対はないかな。お姉ちゃんが選ぶDVDって、面白いためしがないんだもん。」むむ。通好みの映画が好きなんだね、って言ってください。
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by Haruka_Miki | 2008-05-17 00:00 |