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パリ発 五感の穴

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カテゴリ:五感( 62 )

初夏から秋

五月になって、めまぐるしく毎日が過ぎていきます。一学期が割合平和だったので、フランスの大学院とはこんなものなのかと思っていたところもちらいあり、しかしその頃ののほほんさが今頃効いてきました。試験だ、レポートだ、プレゼンだ、それは社会人の時の忙しさと毛色が異なる忙しさなのですが、なんとか乗り切りたいもの。他方、前述のように外出する機会もあるのですから。

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現在専ら気になるのは、六月から九月の身の置き方がいま一つ確定していないところです。インドという話があったのだけれど立ち消えになったような、サブサハラないし西アフリカという話がちらりあるようなないような、ジュネーヴという話があったり、しかしよく考えれば六月なんて、朝のベッドの中での伸びを十回位経験すればすぐそこ、であります。ミステリーサマーということで、これで結局パリに落ち着くのであれば、それもそれでありかしらと思っております。

そして秋からロンドンに拠点を移します。いつからこんなにノマドになったのか。そういうつもりがあるわけではないのですし、腰を落ち着かせてゆったりとしたい理由もそこここにあるのだし、陽の移ろいを楽しむことが好きなわけですが、なんだかんだ忙しない最近です。

バケツをひっくり返したような大雨がFM89.9に烈しい音を射しているパリより。
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by Haruka_Miki | 2009-05-13 00:00 | 五感

利き茶

社会運動のクラスの勉強で、Squattingと、よりピースフルな草の根運動についての調べ物をしていたら、同じ目線どころか抹茶を頂きたくなりました。水差しもお釜もないので、Tefalから直接お湯を注いてでいますが。こういうのを、BOBOと言うのか。自分も同じ穴の狢でしょうか。

最近は、朝の一杯以外は、断然コーヒーよりお茶の出番が多いです。玄米茶、玄米抹茶、ほうじ茶、煎茶、麦茶と各種日本から持ってきており、ルイボスティやミントティー、Kusmiティ、Infusion各種など沢山で、学校には毎日水筒を持って行っています。

しかし、抹茶だけは水筒には入れられんのですよ。やっぱりお茶は美味しいです。さて、そんな午後のお茶にもう一つあったらいいもの、それは落語のCDです!こないだ東京で落語聞いてきました。そしたら隣に結構有名な俳優さんがいらっしゃって、とても雰囲気がありました。今はかなりのお年のようなのですけど。ちょうど節分の日だったので豆まきを最後にしたのですが、その時その方は勇んで前の方に行ってお豆もらってました。品があって茶目っけたっぷりでした。ああいう雰囲気は、お茶だけすすってごろごろしていても一朝一夕には身につかないのだろうなぁ。
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by Haruka_Miki | 2009-03-18 00:00 | 五感

赤い爪

私はネイルアートなるものがちょっと苦手です。などと言っておいて、私の中で最高潮にバブリーに生きていた時は、月々いくらと払って毎週必ずネイルサロンに通っていたこともあるのです。びっくりでしょう。結局私は、女子としての洒落心なるものが好きなのです。特に、ストレスを感じた時はシックな装いでとことこ歩きたいこともあるのです。それでも、なんとなくネイルアートというのが苦手で、大概は爪の形を揃えてもらい、ベージュピンクを塗ってもらっていました。もっとも実のところお茶をやっていたので、お茶に長い様々な色の爪は相容れないというもあったかもしれません。

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唯一色を注したい時には、いつもより短めに爪を揃えてもらい、真赤をお願いしました。essieの352番というやつです。赤は赤でも少し黒味がかかったこっくりした赤で、落ち着いていてかわいらしいのです。ちなみに、私の爪の形は父譲りで、手の小ささからしたら爪がアーモンド型に大きいので、いやらしくならないように気をつけねばなりません。

昨日久々にお爪を赤にしました。そして、ピンクベージュのツイードのジャケットを羽織って少しだけ冬空の街を歩いたのでした。いつもは絶対にマドモアゼルと呼びかけられるのだけれど、今日ばかりはいつものチーズ屋のお兄さんも、初めて行った郵便局のおじさんも、マダム、と呼びかけたのでした。色は、こうも人の印象を変えてしまうのです。もっとも、日常で私は常にうぐいす色のリュックの紐の部分を短くして背負っているので、それはもうアジアティックな学生さん、以外の何者でもないかもしれません。

前職時代はこうした色はやはりいつもは適わぬ色だったわけですが、私の大好きな上司も、例えば月に一度の金曜日など、やっぱりたまに赤のお爪にしてきて、そういうところが私はとても大好きでした。いつもは上司と部下なのだけれど、そんな時だけは行きつけのバーに連れて行ってくれたものです。

今住む街の女性は、それこそあまりネイルアートというものに興味がなさそうです。美的センスが違うというのもあるのかもしれません。たいがいが短く揃えた爪のまま、もしくはフレンチネイルか薄い薄いベージュ、そして前述の赤もいます。ティーンネージャーの女の子は、やっぱりパンクに粋がって、黒だとかも見かけます。

とまぁ、お爪の色などは結局外見ですし、特にあれは結構女性の自己投資というか、自分へのご褒美のような意味合いもあるような気がするのですが、もしそうだとすれば、やっぱり私には多少の影響を与えると思いアパートに帰って来た次第です。
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by Haruka_Miki | 2008-12-22 00:00 | 五感

恋愛小説

いつだったか、二人の作家さんによる冷静と情熱の~という小説が結構流行りました。私も話題作なので、この本の青の方だけ読んで、おや?という感じでいまいち入りこめずに止まってしまい、結局赤は読まず仕舞いでした。その理由はいくつかあると思うんですが、そもそも作者さんのスタイル、情感という根本的なところがどうも私個人の嗜好と異なるというのと、お話として基本的に自文化で素直になれにきれなかった二人が西欧で、というパターンに感情移入ができなかったものと思われます。もしかしたら赤から読み始めたら、また状況は異なっていたのかもしれません。

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恋愛についての本は百万とありますけど、私の場合は、冷静というのは恋愛に存在し得ないかなぁと思い出して、もしかしたらそこで前述の本にいまいち入り切れなかったのかもしれないと思った次第です。恋愛をする時に、冷静であることは可能なのでしょうか。私は、とても感情的な性質なので、これはかなり厳しいなと個人的に思います。では、情熱だけかと言えば当然そうでもなく、私が作者だったら、なんと言うでしょう。安定と情熱の~でしょうか。コンフォートを求める気持ちと、パッションを求む気持ちを両立させたい、そういう欲張りさを持ち続けている気がするし、結局それぞれが私個人にはとても大切なエッセンスです。これは、結局、友人関係でもなんでも言えると思うんですが。自分の価値観を崩してくれるような破壊的な魅力と、互いの間に生まれる和の両方が拮抗していることを、そして自分も誰かにとってそうであることを、どこかで願って止まないのです。

先日、東京にいる大好きな方のご友人@パリとバスク料理のお店に行ってきました。この方もとても素敵な方で、話しが興味深く、それは愉しい夜でした。話は当然(あなたも好きね)色恋話になりました。いかにフランス人女性が、六十歳になろうとも、友人の彼と二人きりでご飯をしようという時はいつにないお化粧をまとってきてくれるかということ、そして髪の毛を切ったねと言うと、はにかんで笑うこと、それはただただ、恋愛だけでなく愛らしいこと。恋愛とは一風縁のない生活をしていようとも、その魅力はいまだ、いや若き日に一層増して、みなぎる自信とやさしい温かさで包まれていること。なんとなくそういう文化にいると、私自身、刺激を受けるところもありますし、だからといって恋愛至上主義=情熱を謳歌すればいい、というわけでないことを肌で実感するところです。

どうもこのテーマを考えると、私はクンデラさんと荷風さんと大江さんの本を開かずにはいられなくなるのです。

“There is nothing heavier than compassion. Not even one's own pain weighs so heavy as the pain one feels for someone, for someone, pain intensified by the imagination and prolonged by a hundred echos.” - Milan Kundera
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by Haruka_Miki | 2008-12-13 00:00 | 五感

ワイン始め

ご無沙汰してます。こちらも、段々本格的な冬空になってきました。こういう時はカレーだよね(なぜだ?)、とこちらに来て初めてカレーを大量に作りました。牛肉の代わりに、ラムをいれてみたのですが、これも結構いけます。冬だからあれが食べたいね、の代表選手は鍋かと思いますので、私も近々鍋をしようと企てつつ、現状は2.85€の学食、早く帰宅できるのであれば我が家で簡単な料理、あとは愛想がないけれど学校に近くて美味しいフォーの店、ケバブを行ったり来たりと言うかんじでしょうか。

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この国の人にも、冬といえばあれだよね、という料理が色々とあるようですが、先日はクラスメートの誕生日でRacletteという料理を食べました。上のようなホットプレートに、ハムなど肉類をのせ、その上にRaclette用チーズものせチーズが溶けるのを待つだけといういたって簡単なものです。チーズフォンドュよりもお手軽ではないでしょうか。誕生日を迎える人がパーティ開催者というのは割とこちらで多いパターンかと思うのですが(この辺で何となくシンパシーを感じたり)、彼の指示でSavoieのワインと持ってきてね、ということでしたので、指示通り調達。美味でした。前菜からきちっきちっと出てくるだけがフランス料理じゃない、やっぱり冬は皆で仲良くホットプレートを囲まなくちゃね、と妙に嬉しくなったのでした。

さて、クラスメートの指示にもあるとおり、やはりこの国では料理と同様のウェイトでワインが相当重要な位置を占めていることはもはや疑う余地がありません。私は本来はワインなるものが、お洒落すぎで近づきがたく、意地悪な言い方をすればすかした飲み物だとさえ思っていたのですが、これがへそまがりな思い込みであることを最近よく理解してきました。そして、ワインを分からずして、フランスは語れないという、一種ありきたりな結論にさえ到達しました。また、料理と共鳴しあうものだということが今更ながら分かりました。

この完全なる移り変わりは、ワインの飲み方を変え、ワインを知ろうという意欲が芽生えてきたことに起因すると思うのですが、ワイン好きの友人の影響も大きいですし、また学校でワインクラブなるものに入ったことも大きいかと思います。ワインクラブでは、頻繁に様々な地方からDomaineのオーナーや地方のワイン協会の人などがプレゼンテーションを行ってくれ、テイスティングをすることが可能です。このクラブに入って、いかにワインが香りや色が大切かを最近少しずつ理解するようになりました。以前だと、グラスを回すこともなく(これもすかした飲み物の一つの理由だったので)、ファンタオレンジを飲むかのように豪快に飲んでいたわけです。今は、ワインを味わう以上に、香りが楽しくて、なんて奥が深い世界なのだろうと遅ればせながら感じています。嗅覚というのは、やはり一番深い記憶を呼び起こすものです。香りが不思議なのは、ワインは、ワイン以外の香りしかしないというところです。言葉遊びですので、何と形容したらよいかなと考え、言葉を記すことも楽しみの一つです。香道みたいだな。

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(こんな感じです)

ワインクラブ以外に、11月はいくつかワイン関係のイベントが目白押しであります。先週はGrand Tastingというイベント(フランスで一番有名なワイン本のおじさんたちのよるものです)、今週はSalon des vins des vignerons independantsというイベントがあります。前者はより大きな会社によるもの、後者はインディペンデント農家による出店です。

先週のイベントで、二つほどとても美味なワインに出会ったので記しておこうと思います。
1.JURA地方のワイン:Chateau d'Arlay
これはとても特徴的で、かなり美味でした。生産方法がシェリー酒に似ているんだそうです。私はシェリーやポルトといったお酒がとても好きなので、その辺も絡んでいます。また、生産者のご夫婦がこれまた相当ナイスなのでおすすめです。
2.GAYAのLa Turque: ほどんどのテイスティングは入場料でカバーされるのですが、こちらのはある特別講座に申し込んだ場合のみテイスティングができます。大変高価なワインで、通常だったら私は間違いなくお目にかからないため、武士たるもの潔くテイスティングに参加すべし。特別テイスティングに参加すると、ワイン本のおじさんたちが熱く語ってくれるので、それをなんとなく聞きつつ、楽しもうという感じです。

時間があるか懐疑的なのですが、こちらにいるうちに、ワインと料理の関係をより知って、豊かに暮らしたいと思ったのでした。今はなんでも理由をつけて、とりあえず精神的豊かさに勤しむとします。もちろん、世界情勢にもアンテナを張っていくつもりですが、何分ローカルな楽しみが大好きな身でして。皆さんもおすすめのワインや料理があったらどうぞご教示下さい。
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by Haruka_Miki | 2008-11-28 00:00 | 五感

パンの甘み、パンの重み

パンの国に赴く前だというのに、ここにきて最高のパン(そしてパン屋)に出会ってしまった(於)東京。ここのパンは本当に美味しいので、パンという域を超え、私は崇拝すらしています。その哲学、その職人さんらの姿勢を前に、私はまだ小者です。

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(野尻湖の小さな植物ちゃんたちも健やかなり)

日曜日なのにちゃんとした時間に起きて、秋の気配を感じつつ、ルヴァンのパンを買いに散歩に出かけて、パンの欠片をもぐもぐ食べながら家へ。パンを持つと、ずっしりとした重さがあって、その重みと紙袋をすり抜けて漂う独特の香りが、我がお腹をすっかり待ち、の体勢にさせます。カフェオレボールで淹れたてのカフェオレ飲みながら、作ってもらったフレンチトーストを食します。メープルシロップをかけても美味。あいにくのどんより空模様だけれど、一日出かけるエネルギーになりました。

さて、酵母の偉大さに気づいたりだとか、天然酵母のパンが美味しいと感涙するようになったりだとか、最近、段々自身にも目に見えて分かるように、我が母に感覚が近づいてきた二十六の夏の終わりです。以前から、私は、元々容姿は父似で、性格は母似でありましたが、ここのところはやはり母の遺伝子を強く感じるのです。母と娘というのは、こういう細かいところで少しずつ似てくるものなのでしょうか。
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by Haruka_Miki | 2008-08-24 00:00 | 五感

スコーンとメープルシロップ

土曜日、どうしても焼きたてのスコーンが食べたくなりました。

母が数週間前に持ってきてくれたメープルシロップが空けず仕舞いだったし、どうもこうにも外食が多くなる自身への戒めも込めて、自宅で作ることにしました。ちょうど、国産の薄力粉も我が家にあったので、とりあえず作ってみようということになったわけです。

ところが、肝心のバターが冷蔵庫にないのです。外に出たついでに寄ったデパートで、バターは驚くほど高価で買わずに最寄り駅へ。家の近くのスーパーをのぞいたところ、バターが見当たりません。聞くと、品薄で今日は品切れと言います。そう言われると、どうしても欲しくなるのは人間の性で、ようやくあきらめ顔で入ったコンビニでバターを調達しました。無塩じゃないけど、贅沢言えない、ようやく出会えた通常価格?のバターに感涙しました。

そうなのです。世の中は今、石油に始まり資源全般の供給で相当の不安を抱いていて、これは食料にも言えるわけで、世は食の安全保障、食糧の安定供給で持ちきりなのです。当然、それに付随してあれが食べたい→購入、という図が多い私は、パンが高くなった、ハーゲンダッツのアイスが高くなったとピンポイントでそうしたことに気づいています。それなりに、自身の生活に影響をしているわけですが、いわゆる、店に行ってもバターの棚にバターがないという、子ども時代に旧ソ連の街角の中継テレビで見た光景に遭遇する可能性はほとんどないに等しいわけです。平和ボケの私は、バターがないのか!→『わたし』もバターが買えない事態なのか!と初めてここで気がついて、慌てました。

当然、店自体がそういうリスクに備えていないとか(実際、以前納豆ダイエットなる番組が放送された時、店からは納豆が一週間ほど消えて、、毎日一つは食べたいわたしは困りました)もあるのですが、それ以前の問題として、事実一定の品目はすこしまえに比べるとなかなか調達しにくくなったのをこうして肌で感じるのです。

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(こういうのも実は貴重な食べ物?)
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by Haruka_Miki | 2008-06-22 00:00 | 五感

濃淡診断

好きなベースカラーは何でしょうか。
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(The Met Museumのドレスの展示)

私は、身に着けるものならば元来黒が大好きで、一番落ち着く色の一つでした。なお、部屋であればベッドルームは白というか色っ気の無さを好み、そこにサンタフェ仕様の鏡を置いてみようだとか、照明だけは青の硝子のものにしてみようとか、端っこには青っぽい火鉢があったりとかで、学生時代からこの調子ですから実年齢より渋いものを好む傾向がずっとあるような気がします。

それが、ここ最近はちょっとばかり変わってきているようです。居る場所、という意味での色合いに関しての嗜好はさほど変わらずですが、身にまとうものに関しては、少しずつ変化を感じます。洋服の場合、これまた好きな藤色や、美しい緑や、深紅や鮮やかなピンク、白にベージュといった落ち着く色まで、色々をその時々で取り入れてうししと思っているわけですが、最近はどうやらこのベース色の好みが肝なのですね。ベージュや白を基本に、優しげな色をまとうことを厭わなくなりました。当然、突然着るものが変わるわけではなく、あくまで些細な変化ですので、一向に黒もよく着ますが。

性格は一向にいつものままですが、自分がまとうもののベースの色というのは、結構その時々の心境なり心持ちを示しているような気がしてなりません。

ちなみに、藍染めの藍色をまとって小粋になれるようになったら大人としてかなり一人前だと思う日々ですが、その境地にはあと数十年はかかりそうです。
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by Haruka_Miki | 2008-06-12 00:00 | 五感

花のこと

花がなぜ咲くのかの「なぜ」を問うのは、人間特有なものであるかもしれぬし、
その花の美しさを永遠に保ちたいという欲もまた、人間特有なものかもしれない。
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(メトロポリタン博物館の入り口には季節毎に素敵な花が生けられています。)

一番好きなジュエリーは何かと問われれば、私の場合、それは間違いなく
生花のコサージュである。おめかしの服に合わせた色の花で腕につけるコサージュを
作ってもらったことが一度ある。あれは、花の限りある美しさを身に着けるという
ところが、どんな高価なジュエリーにもない輝きを放っていると思う。

さて、房総半島の先に住む叔母は、さすがその土地の人で、花の扱いに慣れていて、
特にお洒落な花屋さんで高価な花を買うことはなく、近くの農家から両手ほどの
薔薇を抱えて買ってきてはしばらく生花を楽しんで、そろそろという時期になれば、
家のちょうど頃合いの場所にその花束を括りつけておく。

そうすると、ログハウスの程よい湿気がそうさせるのか、暖炉の温かみがそうさせるのか、
叔母の長年の経験がそうさせるのか分からないが、それは素敵なドライフラワーが
出来上がる。

花の美しさは、そういう生の移ろいにあり、何となく人間という生き物にも共通項があり、
シンボリックなものだなといつも思う。水をあげすぎてもいけない、根腐りしてしまうから。
根腐りをすると水が澱む。それを防ぐために、なんだかちょっとかわいそうだけれど、
根元を焼いてやると長持ちする。

三月に頂いた薔薇の花束が、今はドライフラワーとして我が家に彩りを添えている。
叔母ほどのノウハウも、ログハウスや暖炉の恵みもないけれど、この家なりの
ドライフラワーができあがった。

生花は有限という名の美しさを最大限に謳歌していてはっとする。
同時に、ドライフラワーのしわ具合は、人と一緒で、環境や経験で随分と違って、
それもまた生花とは異なる次元での深みと美しさを持っているのだ。
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by Haruka_Miki | 2008-05-03 00:00 | 五感

時の音と太陽の傾き

久しぶりに父母がそろって日本にいる。祖母宅に行くと、小さいキャリーオンのスーツケースが二つちょこんとたてかけてあって、二人の靴がそろえてある。普段はそこに両親は住んでいないし、私も住んでいないけれど、昨日も、一昨日もその家で朝ごはんを食べたかのようにすっかり生活を立ち上げている。それは愕然とするほど普通の日常の風景で。

時々、世界がもっともっと小さければいいのにと思う。

f0079502_16375564.jpgニューヨークの友から一通のメールがあって、こちらは凍る寒さで一番の贅沢といえば、家で暖を取ることです、と書かれている。日曜午後の部屋で本を読んだり、音楽を聴いたり、モロッコポットでお茶を淹れる私と一緒の贅沢だなぁと思って読んでいる。一緒にお喋りすることもできるだろう。キャリーオンに必要なものだけ入れて空港まで行けば、いつでも飛べるけれど、そんなことはやっぱりしない。

遅ればせながらThe World Is Flatを読み始めて、でもやっぱり文脈自体で世界は平らというよりはやっぱり丸っこくて、時の音とか、太陽の傾きやひだまりは、やっぱりなかなか共有できなくて、もどかしさは世界が近くなればなるほど大きくなる。

サニーデイ・サービスなんて聴いてるからその気持ちが助長されるってもんでしょう。
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by Haruka_Miki | 2008-01-27 00:00 | 五感