ブログトップ

パリ発 五感の穴

fivesense.exblog.jp

カテゴリ:五感( 62 )

Parade of color red

"Red has guts .... deep, strong, dramatic. A geranium red. A Goya red ... to be used like gold for furnishing a house ... for clothes, it is strong, like black or white." - Valentino

f0079502_15103117.jpgWhen I meet a color, then somehow the color tends to bring something in the same color. This time, it is color "red" for me. Last week, I purchased a bright red colored dress, a very unusual color selection for me. It could perhaps be worn for a jazz live I'm going in two weeks time.

So here the color followed. Yesterday, I got a flower gift from my friend. Flower gift is, in fact, one of the most exciting present to receive from someone: simple and natural but heartful and considerate. It was Garbera in passionate red.

f0079502_23255585.gifThe color reminds me of Spanish movies especially the pieces by Pedro Almodovar.It also reminded me of "Genio y Figura", the exibision held at the Museum of Modern Art, Saitama in 2005.

f0079502_15574034.jpg Red is sometime too strong and powerful. It's unlike color for Spring, the season which is full of gentle colors like light pink, yellow, white with bright green. Sometime, such bright color gives a spice to a gentle season.
[PR]
by Haruka_Miki | 2007-04-12 00:00 | 五感

春節

Happy new year to my friends who celebrate Luner New Year in Tokyo, Singapore, Korea and China at this time of the year! I will say this in advance so I will not miss it. Haa!

I just heard from my Singaporian buddy that for Luner New Year as well, people clean up their home before just like we all clean our house in Japan before New Year.

Hope you all have a relaxing time with your loved ones. Eat well and drink enough to capture all the joy and happiness coming to you for the new year.

I'm flying to Delhi, India tomorrow. Perhaps, Narita may be packed with people trying to get back to their home. Well, let me check eveyrone's face expression whether the travellers are stressed out or not. I bet everyone will have a happy face.
[PR]
by Haruka_Miki | 2007-02-18 00:00 | 五感

ニュース②悩ましき工業デザイン

KDDIの携帯電話がニューヨーク近代美術館MOMAに収蔵されるのだそうです。無印の壁掛けCDプレイヤーでも有名な深澤直人さんデザインのINFOBARなど四点だそう。MOMAには、お皿でできたランプシェードだとか様々な工業製品が配置されたセクションがあり、おそらくそこに収蔵されるのかしら。

工業デザインという仕事はとても面白いなと思います。なんていうか、自己矛盾を帯びてませぬ?工業てのは、前提として大量生産があり、よって無機質なイメージを漂わせる。それは、手作りだとかぬくもりだとかとは相反する。加えて、個性的の反対を行くように見えて、上の収蔵に見られるように、近代の工業製品は個性をむき出しにし、場合によっては、「デザイン」は「芸術」としても受け入れられ、それ自体が「美術」館の収蔵物になる有り様なのです。

てことはつまり、「デザイン」は「芸術」に密接で、「芸術」もあわよくば「デザイン」に成りかねないってこと?ル・コルビュジェ、フランクロイド、イームズ、バウハウスのブロイヤー。彼らは私のような素人もが知る名だたる建築家であり、芸術家であり、表現者であろうけど、その作品は、ある意味で「大量生産・消費」されていて、その意味では、「産業デザイン」とあまり変わらない場合もあります。だからこそ、私のようなものが少しがんばれば、憧れのフランクロイドのランプTALISINも手に入るわけで。

工業製品の素敵な色合いが増すほど、生活の潤いとか豊かさを感じるのですが、なんとなく、あまのじゃくの私は、それを手に入れたい気持ちを押し殺しておきたいのです。産業デザインが幅を利かせて、「芸術」を侵食するのが怖い臆病者だからです。
[PR]
by Haruka_Miki | 2007-01-15 00:00 | 五感

日々の取るに足りないこと

近況。

体脂肪が2パーセント落ち、筋力が1.5パーセント上がった。

年明けの初売りで、冬の地中海のような色のマフラーを選び、
気に入りの店でカットソーを三枚買った。

髪の毛が伸び、次第に色が少し明るくなりすぎた。

将来のことを考え、ばら色を描き、焦りを感じ、なんとかなると
一旦状況を冷静に見、とりあえずゆっくりいこうと考えた。

ガルシアマルケスの本をやっと読み終わった。f0079502_11551279.jpg

大著の上に、取るに足りないことであれ、生活の中で一日本に没頭することもないのが現実である。いつものことながら、彼の独創的な世界にしばし身を置くことは、日々の小さくも大きな悦びであり、想像性に感化され、不思議と精神的な安定さえも与えてくれる。読み進める興奮の裏は、難解かつ言葉数の多さへの狼狽であるけれど、本が終わるときの寂しさは、満足感と裏合わせでもある。

私は特段読書家というわけではなく、日常の営みのリズムの中で、無理が生じない程度のレベルでの読書家だ。必ず一つは本を持ち歩かねば不安になるのは否めないが、時間の空白を恐れる自分の癖に拠るもので、読書にプライオリティを置いていると自負しているからでもない。けれども、一旦その世界に引き込まれれば、世の読書をする人を同じレベルで、その世界に浸かり、ふわふわとした足取りでその後の現実世界に戻るのだ。

今、その現実世界への帰路の途中である。書く人の数以上に、読む人がいて、私はその一人である。書くという孤独な行為は、読むというある種これもまた孤独な行為によって報われるのかもしれないけれど、おそらくは書く人は報われるか否かはさほど重要視してはないのだろう。

とはいえ、読む者としてある種孤独な行為を進めるうちに、どこか書く人に共感し、または違和感や何らかの反対を感じることがあるということは、そこで読み手と書き手がそれなりの交わりをすることだ。私が読書にある種の安らぎを感じるのは、本が創造そのものであり、ある意味で書き手という「人」と言葉を媒介にして交流できることにあるんだな、と思う。ガルシアマルケスの本を読むととくにそう思えるのだ。
[PR]
by Haruka_Miki | 2007-01-05 00:00 | 五感

近況報告

f0079502_11403114.jpg
色々悩んでいることも、考えることもあるさ
それもなんだかすっきり消化し、気分一掃、

十年ぶりの友達にとあるきっかけで再会し
普段はめぐり合わないタイプの人とお喋りし、
あたらしい感覚をもらい、なんだか愉しい気分。

人が自分の仕事を心から楽しんでいるのを見て
親しき人から様々な人生の決断をしたよという報告を頂き、
そういうのは清清しく、こちらまでにっこり、なんだか嬉しい気分。

自分が消費社会に侵されているという不安も、
要は自分が選択をできるだけの
その目と度胸を持っていればいいのだと実感し、
案外自分が選べば、そこまで消費社会に
取り込まれなくて済むらしいと分かり、なんだかいい気分。

じぐざぐ歩むのは遠回りで、厄介で。
悩む、考える、躊躇する。
傍目にスムーズに見える道を歩めば歩むほど、
この悩みや躊躇、拡大するものぞ。
道を外れて一からスタートが最善な道か考える。
ああ、理想主義者は面倒くさい。

けれど、それもいいさ、日々を全うしたいのさ
日々考える後は、結局は楽観主義者。
ブレークスルーして、とてもいい気分。
[PR]
by Haruka_Miki | 2006-10-22 00:00 | 五感

日常、パブロフの犬

今宵の発見。

日常的に同じ空間で繰り返しやっていること
ひとたびその一つでも変えると

空間だとか
時間帯だとか
行為の内容だとか

全然違います。頭で考えているより、これは不思議な感じです。
家から遅い時間の電話会議に参加してみて。
この感覚、いとおかし。
[PR]
by Haruka_Miki | 2006-10-14 00:00 | 五感

ピカドン

世に「正義」というものがあるならば。

それは「悪」に対する対概念ではないと思う。対概念として考えれば考えるほど、その「正義」は疑わしいものになる。完全なる正義が存在し得ないのであれば、それを目指すプロセスを重ねることそれこそに意義があるのかもしれない。それは、近年の国際問題の中で総じて葬られた姿勢であり、誰が悪であるか、誰が正義であるかは、暗黙の了解のうちに、ないし鶴の一声的に決められていってしまう。

世に「平和」という状態があるならば。

それは、「戦争」の対概念ではないと思う。対概念として概念を浮かび上がらせるということはつまり、平和を定義するために戦争という状態の必要性を認め、どこか正当化することになる。平和は、戦争でない状態を続ける努力ではなく、平和に前向きに向き合い、頭ではなく心で、五感で理解をし、その意味合いを内面化し、相手の説得を続けようとする、たゆまない努力にあるのかもしれない。
f0079502_22472581.jpg

難しいのは、「正義」とか「平和」の定義や受け止め方は、話し手によって異なり、利害関係が全てを決めていると言っても過言ではない。そこでは、純粋な正義とは何か、平和とは何かを熟考するのはナイーヴで、だからディプロマティックに動くことが必要とされる。しかし、受け止め方が違うとか、相手がわからずやとかで、同じ論法になることは、つまり自分もそのレベルにおとしめることであり。

海の向こうで、今日核実験があったとの発表。私はすごく緊張している。どれだけ安全性が確認されようとも、そこに完全などはない。いま、明らかな形で「悪」はますますその悪名を高めていて、対する私達の「正義」はより強い形で主張されてしかるべきだ。リスク社会が拡がるほど、私達の不安は増大し、だからこそ、「正義」を振りかざす追い風がある。

まず目前の問題としてのあの国の核実験。それは、あくまでディプロマティックに解決策が練られる必要があり。がしかし、それにとどまらず。唯一の被爆国であること。それは、いくらかの問題をはらむ、今日の核の拡散と防止に対する世界の枠踏み自体に疑問を呈し続けることだと思う。

「正義」が「悪」をたたくことによって可能になる「平和」ではなく、「正義」を自己批判し、よりよいものにカイゼンしていく中での、積極的な「平和」。それは理想主義すぎるのでしょうか。
[PR]
by Haruka_Miki | 2006-10-09 00:00 | 五感

芸術十色

お茶でしんみりした私。それはそれで大好きで。愛おしくて。

でも、現代アートも大好きです。芸術全般が。だからロックな精神なものも大好きなのです。というわけで、今宵はハウスミュージックに酔いしれるとしましょう。
[PR]
by Haruka_Miki | 2006-10-07 00:00 | 五感

温暖化の精神面への影響

最近の夜風は気持ちがいいですね。暑くないということは、秋に近づいているということでもあり。んんん、それはそれで寂しさがこみ上げてきます。とりあえずあがいてみることに。

まずは夏らしい食べ物を。シンガポール人の同僚にもらったインスタントスープを使って、元々はマレーシア料理、今はシンガポールのホーカー料理としても有名な、ラクサを作ってみる。強烈なココナッツのかほりに同居する妹も辟易。
f0079502_18544231.jpg


あれ?日本の風流な夏のはずなのに、なぜか夏のイメージが南国になってる。温暖化。熱帯化。ああ日本の夏はどこに。
[PR]
by Haruka_Miki | 2006-09-02 00:00 | 五感

黒子の春

ウェストサイドストーリーのブロードウェーミュージカルを見に行きました。

ミュージカル、大人になってからは足が遠のいていました。他にも数々の舞台があるから。わざわざミュージカルという形をみることはなくなってしまった。特にアメリカ文化から離れて暮らすようになれば、これも必然的。

それなのに、ふたを開けてみれば。懐かしいのです。この感覚が。やはり高校時代に肌で感じた雰囲気は今でもここにあるようで。

オーケストラに俳優・女優達。セット。衣装。歌に踊り。高校時代に、合唱をずっとやっていて、毎春のお楽しみは高校生によるミュージカル。私は統括ディレクターなるものになり、奮闘しておりました。英語もへたくそな、私が、あのアメリカの勝気なハッピーな少年少女をまとめるというのは、やはりよく分かりません。もちろん、まとめられません。悩みました。それは。まとめるなど偉ぶったことはやめにしました。ディレクターなんていうのは、自分が方向性を示すことも重要だけど、それ以上に皆がいいパフォーマンスができるように黒子に徹し、仲介役になり、音楽と舞台上と舞台裏の裏方達の動きを秒単位で計り、疲れる踊り子を激励し、客席から、ステージの袖から、2ヶ月ぶっつづけで稽古につきっきりという地味な仕事を重ねりゃいんだとあとで分かりました。高校生だとあなどるべからず、高校生達の最強助っ人パパさんママさんたちの強力なサポートの元、ステージセットも衣装も全て手作り。おどりは全てプロを真似るわけで。

オーケストラの方々の黒いTシャツを見て、汗をいっぱい吸ったあの黒子シャツを思い出しました。スケールもスタンダードも雲泥の差かもしれない。けれど、あの汗まみれの高校時代は、間違いなく同じだけきらきらしてたのだ。
[PR]
by Haruka_Miki | 2006-08-16 00:00 | 五感