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パリ発 五感の穴

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カテゴリ:五感( 62 )

贅沢三昧

初めてウィンドサーフィンをしました。お陰で私の生まれつきの小麦色の健康肌に更に磨きがかかり。女の子ですもの、後処理はきちんと、シミにならないようにね。

私にとって珍しい休日の送り方。

我輩見た目と相容れぬインドア派。三度の飯より芸術を好む。音楽、建築、絵画、パフォーミングアーツ、伝統芸能に読書。社会学にイスラーム世界に哲学に文学に日曜早朝の美術館。フランス語の勉強に、お能や文楽当日券購入に、ワールドミュージックにハウスミュージックにロック。

間違いなく、芸術>スポーツ。「スポーツ」と聞いただけで「芸術」と聞いたときの心の声、「ひゃっほう!(ええ、おかしな感嘆語ですが)」は少ない。

好きなことがあるのは素敵で、人生も豊かになる。けれど自分の好き!に固執すると、見えにくくなるものも、聞こえにくくなることも、感じにくくなることもあって。自分の中にある偏見を思い知り。スポーツ=そこまで好きでない、を反省し撤回。

海の呼吸、風の声、多分そういうものを感じる点で、スポーツは身体を動かすだけのものでなく、その点で身体を使う中でも好きな山登りや馬乗りに通じる感じ。

楽しむものの幅は広く、視野は広く。自分の好きに加えて、特に自分の大事な人々の好き!をもっと知って、共有できたらなんだか得した気分。

それこそ究極の贅沢。
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by Haruka_Miki | 2006-08-12 00:00 | 五感

旅に出ましょか

旅が好きです。

五感をくすぐるからです。
いつも当たり前の中にいると、自分の感覚も当たり前に留まる。
その五感をくすぐって、解きほぐしてくれるのが私にとっての旅です。

特に

視覚はもちろんなのだけど、写真を撮ったり何かと視覚は優先されがち。
私にとって、五感の中でも、聴覚がもっとも揺さぶられます。

リスボンのファドの調べ
モロッコのサハラ砂漠のベルベル人の唄
アマゾン川の流れと雨脚の強いスコール
ウズベキスタンの広場の子どもたちの声
タンザニアの寄り合いバスの中の雑音
グラナダのヒターノ達の哀愁ある歌声

いつもテープレコーダーを持って行こうとしつつ、
当日にひょいひょいパッキングをする私はいつも忘れてしまう。

そんな私や、それ以外の皆様にも朗報です。
世界各地の「音」をひろったサイト。

肌に気持ちがいいシャツを着て、レモン水をごくごく飲みながら、
オットーマンに足を投げ出し、香を焚いてこうして聴いているだけでヴァーチャル旅行。

SOUND BAM サウンドバム
http://www.soundbum.org/

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by Haruka_Miki | 2006-07-28 00:00 | 五感

言葉と行動

どっちを信じる?
やっぱ行動ですかね。

どっちがいい?
どっちもですかね。

なんて、

欲深いですかね。
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by Haruka_Miki | 2006-07-21 00:00 | 五感

ケスチョン

うどんに合うおかずって何でしょうか。うどんをしこたま買ってきたのですが、うどんのサイドディッシュて思い浮かばないのね。○○うどん、なら色々考えられるのですが。

うどん、あなどれん。うどん、うどん言っていたらウド鈴木を思い出しました。いえ、思い出したと言うと会ったことがあるようですが。お目にかかったこともないウドさんを目に浮かべて、うどんおかずを考える今宵。ウドさんもさぞかし迷惑なことでしょう。

そしてタイトルをケスチョンにしたところ、幼少時代のオバケのQ太郎のテーマ(♪ケースチョーンてやつです)が頭から離れません。

嗚呼、私の頭の中のことを列挙すると、きりがないのでこの辺で。そうそう、うどんのおかずについて考えてたんだった。
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by Haruka_Miki | 2006-07-18 00:00 | 五感

痛みを受け止める

働き先の先輩に赤ちゃんが産まれた。頼りがいがある彼は、もうお父さんなのだ。陣痛が始まってからつきっきりで奥様の側にいたようだ。産まれるまで丸二日ほとんど寝ていない状態だったらしい。

ほろり。お誕生おめでとう、小さい命。奥さんのがんばりは半端じゃない。お母さんてすごい。強い。そして、側で励ましただんな様もとびきりだ。やっぱりすごい。生を授かるということは、ひとりじゃできないのだ。産みの苦しみほど苦しいものはない、のかもしれない。産まれる苦しみは記憶がないから分からないけれど、一人じゃ産まれられないということは、産んでくれるお母さんには大変なリスクと重圧と痛みが伴う。

最近の世界では、この「痛み」ってのがどうも緩和される傾向にある。「無痛分娩」なるものも発明されて、ある意味願ったり叶ったりなのかもしれない。お産でたくさんのお母さんたちが昔、そして地域によっては世界でいまも命を落としうることを考えると、とてもとても恵まれた世界だ。

でも、

私がもしお産の道を通ることがあったら、私はできるだけ自然分娩したい。身体がとても弱くて、お母さんが命を落とすことになる、そんな場合でないかぎり、できるだけ痛みを伴いたい。痛みがない世界は、望ましいけれど、痛みがあるのが普通の状態なら、それを体験したい。たぶん、未知の領域だから。その苦しみが分からぬひよっこだから、そんなことが言えてしまうのかもしれないけれど。

その瞬間だけを考えれば、激痛でも、きっとその後の喜びや感動があれば、その痛みも、全部緩和される、と信じたい。そうやって将来の悦びを考えながら今の痛みに耐えることで、いまの痛みを減らす、「減痛分娩」をしたいな。そんなときは。
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by Haruka_Miki | 2006-07-06 00:00 | 五感

WQ?

フランスのニュース番組で、高校の卒業試験(バカロレア)の最優秀者の紹介があった。20点満点中19.57点。学生の両親は、特にがむしゃらというわけではないけれど、勉強が好きだから本人も嬉しいと思うわ、と悠長なコメント。学生の出身地、フランス西北部の街の教育者も大喜びらしい。

さて、試験といえば、上記のような統一試験があって、そう、それ以外に頭脳指数を測るテストも随分と一世を風靡した気がする。統一試験や受験試験突破系のいわゆる偏差値主義っていうのがあり、それに加えてIQの試験なんてのも昔はあった。今でも鮮明に覚えているのは、小学1年生のときに受けたIQ試験だ。数字を覚えたり、絵を覚えたり、暗算を早くやったり、そんな内容だ。普通の授業よりも、ある意味で「頭を使わない」ので、好きだった。私のような物ぐさにはいい暇つぶしだったから。

当時の公立の小学校では定期的に当たり前のようにこういう試験が行われていた。さて、先生がとりははからない限り、両親はもちろん本人もその結果を知ることはない。日本全国の小学一年生のIQという極めて個人的な情報が、間違いなく測られ、本人たちが知らない間に集計されてたのでしょ。今もあるのだろうか、あのIQテストは。噂では、あれはやはり今日においてはまずいとかで、昔のようにあからさまに中央集権的にIQデータを集めることはしなくなったらしいのだけれど。

思い出すのは、サリンジャー作「フラニーとゾーイ」だ。天才と呼ばれたその兄弟の奇妙なかつ悲しい存在を。そして、「九つの物語」からその続編の「Perfect day for banana fish」を思い出す。人間て、先天的なものも確実に大切なんだけど、重要なのは「生き様」だ。どう産まれたかだけでなくて、どうありたいか、どうあろうとするか、その姿勢なのかな。

フランスで最高点をとった彼女が、先天的な天才か、こうありたいと努力した結果か。そんなことは分からないけれど、高校の試験の点数だけじゃなくて、もしくはIQ=Intelligence Quotientでなくて、社会に金太郎飴みたいに押し出されたそのときの、その「意志」、WQ=Will Quotientが肝かなあと思ったのでした。
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by Haruka_Miki | 2006-07-05 00:00 | 五感

好き!にまっすぐ

人それぞれ、得意なことと不得意なことがある。好きなこととあまり好かないことがある。得意で好きなことをするもよし、不得意でも好きなことをするのも自分への挑戦だ。得意でも不得意でも好きなことなら無理する必要ないさ。じゃあ得意・不得意と、好き・好かないだったら、どっちが優先されるんだろう。やっぱり好きこそものの上手なり、かな。好きにまっすぐな人は無鉄砲に見えるけれど美しい。

働いて、うんとやりがいができて、好きとか嫌いとか、得意とか不得意とかは日々の仕事とは、そういう観点は次元が違うからこそ、たまにはそんなことを考えます。
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by Haruka_Miki | 2006-06-25 00:00 | 五感

ホーム

どこにいくにも必ず持っていくもの、お香とキャンドルを灯してベランダで夕涼みを。ここ六年ほどお世話になっているサンダルウッドが芳るロウソクをつけたら、たちまち「我が家」だ。遊牧民な私に忍耐強く付き合ってくれるよき相棒だ。新しい街の風は爽やかで、魚形したシルバーのキャンドル入れからこぼれるオレンジ色が柔らか。隣人が聴いている陽気なパーカッションの音色を、私もこっそり享受。こんにちは、新しい街!
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by Haruka_Miki | 2006-06-09 00:00 | 五感

人格をまとう

大袈裟に聞こえるかもしれないけれど、洋服をまとうことは、人格をまとうことかなとも思う。私は学生時代よりスカートなどもはくようになり、みなさんがお察しのように女っぷりをあげてきたわけですが(え、なにか?)、そんなのも新鮮で好きです。スカート一つでもいわゆる「えびちゃんOL」だけでなく、いろんなイメージがあるわけで、スカート=フェミニティの象徴のようにとらえていた私は偏見だったなとも思うのであります。反省。さて、とはいえやはりカジュアルな服装も好みます。ファッションは好きだけど、極端に言えば綺麗なジーンズに黒いシャツで大満足。シャツなんて高校生の頃から着ているものもある。で、なぜか買い物に行くと、ベルト、帽子、靴、アクセサリー、バッグと小物ばかり購入。さて、色というのはこれまた人を表すもので、私の場合は黒が俄然多い。代わりに、差し色で派手小物や靴をまとうのが一番落ち着くので。というわけで、結局自分が何かを選んでまとうということは、仮に流行だからとしてもそれを選ぶ時点で、自分がしっくりくるから。選択する時点で人格が宿るもんかなとスカートからジーンズに切り替えつつ思っとります。
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by Haruka_Miki | 2006-06-05 00:00 | 五感

「待て」の姿勢で待て

観たい映画がある。同じ映画をずっと観たかった、という友人がいたので先週観る約束をした。映画館まで行って残念、その映画館では前日を最後に上映修了とのことだった。大物作品にスクリーンが配分されてしまったためだ。残念だけど他の映画を観た。リベンジ、ということで今週他の映画館に行くことにした。さて、二度あることは三度ある。その映画館の上映も前日で終わってしまったとのこと。観れないと観たい気持ちが増す。なんだかこういう感覚は久しぶりだ。観たい!と思ったらいつでも観れて、食べたい!と思ったらいつでも食べられて、最近特に、欲求を感じてからそれを満たすまでの時間がとかく短い。なんでも手に入るし、簡単だ。今回久々にこの「待つ」感覚が蘇ってきた。待ての姿勢が長いほど、待ち遠しい。楽しみが膨らみ、想像をかきたてる。ただ映画を観るという行動も、なんとなく意味合いが増す。おそらくもう映画館では観られなさそうだけれど、その分こんな気持ちになれたから、もすこし辛抱に待つさ。
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by Haruka_Miki | 2006-06-03 00:00 | 五感