ブログトップ

パリ発 五感の穴

fivesense.exblog.jp

カテゴリ:経済的営み( 52 )

今もなお

母の日の花屋は、予想通り黒山の人だかりだ。赤やピンクのカーネーション、スプレーバラでいっぱいの店内は、その花の多さを感じさせないほどの人でいっぱいだ。普段なら女性が多い花屋に、若い男性や中年男性もいてそういうのは悪くない。なんだか、少し恥ずかしそうだけれどきちんと花を選んでいて、こういうことがきちんとできる男性って素敵だなと思う。母のことを思えばこそ、恥ずかしさも今日だけはかき消されるというもの。男性人の中には、どうやら奥さんにあげるらしい白い花を一輪だけ持った人もいる。私はそんな彼をこっちで勝手に見てはにこにこしている。

そんなウォッチングにも気が済んだところで、私もその黒山の群がりの一員となり、花を見る。ブーケのコーナーを見るがどうもピンと来ない。第一、これで3000円もするの、と少々驚いてしまう。今日ほどに花屋が売り手市場の日はないだろうから。どうも、花屋さんの作戦に乗るのはくやしい。ブーケでなくとも、どうもこうカーネーションやスプレーバラや変り種でもアジサイやカラーという母の日商戦セレクションにピンとこない。

それぞれの母さんが一人ひとり違うし、自分の母さんは唯一母さんだけだし、だから花だってそんな彼女にとっておきのものを選べばいいかな。花の種類が何百種と並ぶように、母さんに合う花も違うもの。私は、ケチンボかもしれないし、理屈っぽいかもしれないけど、だから母の日コーナーにはない、母の日の今日は少し申し訳なさげに店の横の方に配置された白い花を選んだ。花博士でないので、ちょっと名前は分からない、そんな野生的な花だ。人工的にきちんと並んだブーケには絶対入らないタイプの花。枝が縦横に広がり、その先に可憐かつ生命力強く咲く白い花を選んだ。なんとなく、それは母のイメージに近いし、ただ私が白い花が好きなので。

人はなぜ贈り物をしたり、されたりするのかな。ものは物だけど、それだけじゃない。そこに人の念が込められることが多い。念が込められると「贈り」物になる。贈り物を選ぶプロセス、時間、その時送り手を思う気持ち、そういうのが「物」をただの「物」じゃなくて、特別なものにする。子が親に感謝の気持ちを示すこと、親が子を愛してくれること、それって純粋なことでその純粋な気持ちを表す形として、大好きな人に「贈り物」をする。

「貨幣」と「物」の「交換」を土台として、しかしその目的は「贈与」という案外人間コミュニケーションの中でもベースとなるところにつながってる。「交換」ばかりが強調される現代社会だけれど、そんな今でも「贈与」は大きな存在なんだよな。資本主義社会って、どうも「交換」ばかりが先行するシステムに考えられる。けれど、だからこそ「贈与」をより可能にし、促進する「交換」で溢れる社会なんじゃないかな、とつくづく今日の日をもって思ふ。
[PR]
by Haruka_Miki | 2006-05-14 00:00 | 経済的営み

金融と人

金融って、と考える。

プラクティカルで数量的で冷たい世界のように見えて、実はものすごく哲学的で、玉虫色で、人間的で、社会的な側面があると思う。いま、どんな金融商品が市場で売買されているなんていうトレンドも、人間の「あったらいいな」という「希望」・「ニーズ」・「欲望」が商品になる。特に、ものづくりのように目に見えた「もの」がないからこそ、そういう人間の「あったらいいな」があらわになり易い気がいたします。

例えば「リスクをヘッジする」という考え方。為替リスクとか、金利リスクとか、信用リスクとか、政治リスクとか、地理的リスクとか。とてつもなく様々な種類のリスクがあって、そのリスクが完全になくなることはないけれど、あの手この手でリスクをヘッジする。「保険」ができたこともそうだし、そのほか「金融派生商品」の数々がそれを物語っている。「オプション」という最古の金融商品(そのときは金融ではなかったのかも?)もある。

例えば「リスクをとる」という考え方。ヘッジしたい人がいるなら、そのリスクを喜んで買ってあげて、そこで「一儲け」しようとする相手もいる。リスクが高いがらくたみたいなものほど、案外掘り出し物だったりするのかもしれない。付加価値をつけて、いいものにしてあげる。

もちろん、自分の思い通りに市場が動くわけでもないかもしれない。だって、みんながこうなるに違いない、と自分なりの予想をたてるけれど、自分だけの考えでなくて、「市場」がどうなるかを考えるから、「自分以外の人」がどう考えているか考えるかなんて。そんなことを繰り返していくのだから、人間の思考や試行錯誤やお互いの顔色伺いが積もり積もって、それはそれは合理性だけでは語れなくなっていくのではと。

と、日々のめまぐるしい市場の変化を見て、数字さえ人格化・社会化して見てしまう私です。。
[PR]
by Haruka_Miki | 2006-03-31 00:00 | 経済的営み