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パリ発 五感の穴

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シンガポール・「脱」国境?

仕事をする上で、国境を感じる場面は薄れてきているように思う。一つのミッションに向けて、国を問わず様々な地域から仕事をする。PCや電話などの通信機器を使った会話の量は多くなり、距離的な遠さはもはや大きな問題ではない。言語の面では皆がそれぞれ英語を話し、それ以外にも社内で使うシステムに関して皆が同じ知識やスキルを共有する。

ご時世もあって、仕事の多くは「脱」・「超」(どちらでもお好きな方を)国境的に行われる。同じビルにいる東京オフィスの人と同じくらいに、もしくはそれ以上にシンガポールや香港、イギリスや米国の人と話す機会はとても多い。距離以上に彼らは精神的にとても近い存在で、なくてはならない仕事仲間だったりする。

だからこそ、身を持って仕事仲間がいる環境を感じたい、という気持ちが沸いてくる。共通言語に溢れているから、それで満足してしまうけれど、それじゃいけぬぞ、と己に問いかける。

今回の旅はそんな危機感を拭うためにも非常に楽しみだった。同じ基準にのっとり、同じ目標を掲げ、同じ言葉を話し、傍目には似たような綺麗なオフィスで働く彼ら。オフィスの一歩外に出たとき、どんな木々を目にするのか、どんな風を感じるのか、どんな交通機関に乗るのか、毎朝あたたかいベッドからゆるりと起き上がると、どんな朝食を食べるのか。

帰国後の収穫は抜群。

「シンガポールに来ていたらしいじゃない。どうだった?」「とてもよかったよ。ほら、ドリアン型のミュージックホールでさ」「あ、オフィスはあそこからすぐのところなんだよ!」

「朝ごはんでさ、Kaya(ココナッツ味のピーナッツバターのようなペースト)をトーストに塗るじゃない?あれすごい好きになった。日本で売ってないのは不思議だね」「Kaya知っているの!私は毎朝あれを食べて会社に来るよ」

直接顔を合わせていないのに、いつもに増して会話が弾む。目を見て話していないのに、仕事がぐんぐん進む。仕事仲間が近くなる。国境が透明になるほど、距離を近く感じる錯覚に陥るときほど、相手を見たい。知りたい。分かりたい。私を分かってもらいたい。きっと分かる、同じはず、という前提を総崩しにすると、今まで以上に彼らは近い存在になるから。
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by Haruka_Miki | 2006-02-28 00:00 |

シンガポール・エスニシティ見物

先週、二日休みを取り、シンガポールを旅してきた。

2001年春にカンボジアからマレー半島を旅した頃、シンガポールは最後に旅を終えた場所だった。最後の地、シンガポールは、どこか綺麗で近代的で、残念ながら当時自身の関心を惹くことはなかった。きちんと見ることなく過ぎたその地を、きちんととらえたい、今回もう一度戻る。

遠めには非常にスマートで、近代的で、清潔な国。自分の足で歩くことを始めると、色々と発見がある。まず目を惹くのは、至るところでお目にかかる、複数の公用語で書かれている標識だ。たとえば「シンガポール」ならこんな具合に:

Republic of Singapore (英語)
Republik Singapura (マレー語)
新加坡共和国 (中国語)
சிங்கப்பூர் குடியரசு (タミル語)

中華系が76.7%、マレー系が14%、インド系が7.9%、その他が1.4%となっている。華人、マレー人、インド人からなる複合民族国家というユニークなお国柄が見える。「観光客」は「観光客」らしく、仏教のお寺や、イスラームモスク、ヒンドゥー寺院を訪れる。新しい国だから、それぞれの建造物が古めかしいわけではないけれど、通常だと入りにくい寺院やモスクといった空間に足を踏み入れることができるのは珍しい。

なんとハイカラ、なんとコスモポリタン。いやだからこそ、国家が取り組むチャレンジも多いのかもしれない。チャイナタウン、リトルインディア、と住み分けはかなりきちんとしており、全てがごちゃまぜに混ざるわけではないようだ。エスニシティが優勢な順に、力関係や文化の幅の利かせ方が決まってくる。国もそのことをチャレンジとして、国民の教育に力を入れているようだ。

中心街から南西に行ったセントーサ島にある博物館は、「観光客」のためではなく、「国民たち」のためにと大きくうたって、複合民族国家としての国の歴史や主要三つのエスニシティの文化を追っていく。最後にはさまざまなエスニシティの子供達が手を取り合う。

エスニシティの問題は決して完全な解決がない。傍観者には簡単なことも、当事者には大きな壁として立ちはだかる。時にそれは理論ではどうしようもない。人が人として生きるとき、それは理屈でない問題として立ちはだかる。

しかし、人々がたゆまない努力を続けるとき、失敗や困難を受け入れ、真っ向から取り組む姿勢はエスニシティの問題を、問題でなくチャレンジにする。シンガポールにそんなチャレンジの姿が見えた気がして、清清しかった。
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by Haruka_Miki | 2006-02-26 00:00 |

神楽坂

顔がほころぶ場所
つい足が向かう場所
ほろ苦い場所
かくれんぼなら負けない場所
顔なじみの店主が多くいる場所
ほっと一息つける場所

幼き頃からの思い出がつまるその街を、今日は久々に訪れた。その昔、この地に祖母や母が暮らした。母が生まれてから嫁入りまでいた場所。祖母が子供を育て、バブル時に土地を手放さざるをえなくなるまでいた場所。故郷という響きは、こそばゆく私に拡がり、全身をかけめぐる。久しぶりのその街は、すこし違う。外見も。そこにいる人も。戸惑いを、感じないわけではない。

けれどその地は永遠にふるさとだ。祖母と手をつないで買い物に出かけたその通り。祖母の家からは坂をぐんぐん登った。少し息が上がったところで神社にぶつかる。境内を通ると、そこは神楽坂。

左手に甘辛く美味しい佃煮屋。我が家の冷蔵庫に必ずストックがあった。スーパーマーケットだって負けちゃいない。あっちの大根の方がいいわ、なんて目移りして。本屋で立ち読みしたその隣の肉屋。母の幼馴染みの肉屋さん。ここのコロッケは、今だって夕方にはどんどんなくなってしまうんだ。母の旧友のご実家の眼鏡屋さんを右に、ぐんぐんいく。老舗のお茶屋さんから、緑茶の香ばしい香りが道に充満する。あそこの肉まん、テレビで出るようになって混み始めたのよ、と母がこぼしてた。坂を下り、瀬戸物屋を物色する。それは、昔と変わらない光景だ。

今日は十ヶ月ぶりに、学生時代に足しげく通ったレストランに久しぶりに足を運んだ。少し緊張をしていた。ガラス戸を開ければ、前と変わらぬ奥さんの出迎えの声がした。その向こうの席で待つ旦那さんは、私を見てすぐ分かってくれた。久しぶり、と温かい眼差しともてなしは変わらない。変わったのは、奥さんの髪が伸びたのと、私のくるくるの髪がまっすぐになったことだ。

故郷の意味合いをかみ締めつつ、こんな緊張を心の内で抱えた私と、レストランに共だってくれた友人に感謝。

ただいま、神楽坂!
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by Haruka_Miki | 2006-02-25 00:00 | Nippon

プロフィール

f0079502_23464834.jpgHaruka

Disclaimer:ブログにお立ち寄り頂きありがとうございます。このサイトは個人的に思うところ、とりとめのない日々のことを綴っていくブログです。至らぬところもあるかと思いますが、どうぞ忌憚のなきご意見を。なお、引用等にご利用の際は、お手数ですがご一報頂けると幸いです。

出身・神奈川県
住まい・パリ

社会学士(日)・公共政策修士(仏・英国)
仕事:金融→経済外交→ある種ロビイングの類です

かたい興味関心:21世紀の都市・交通、アグリカルチャー
やらかい興味関心:食文化、藝術
趣味:街歩き、バックパッキング、登山、芸術に触れる
得意技:異文化の色に溶け込む、寝つきのよさ、雪かき
感動した経験:キリマンジャロの頂からアフリカの大地を見たこと、こどもの成長
苦手分野:とうもろこしをきれいに食べる、英語のFourがPhoと同じ発音になる
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by Haruka_Miki | 2006-02-25 00:00 | プロフィール