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パリ発 五感の穴

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Happiness

f0079502_1421120.jpgLife is full of joy and happiness if you look at world that way. Life is especially precious when you can share such feeling with someone.

Enjoying a cup of bitterly sweet green tea and a bottle of wine together, discussing about the society and things we like,
sitting besides each other and breathing the same air;

Every small thing like that can bring the happiness!

People once said, a new couple first look at each other's eyes but nothing else. An experienced couple keep looking at each other but in addition, they start looking at the same "direction".

Isn't it the ultimate happiness to have someone you care even more than yourself, someone you can look at each other's eyes and ultimately you can look at the same "direction" after the "love is blind" period?
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by Haruka_Miki | 2006-11-30 00:00 |

異見

本日のニュースに関して。

オーウェルの1984年を読んでいて、共産主義国家、社会主義国家について考えつつ。それはまた随分、精神的にも地理的にも遠い世界の話のようですが。

そんなことありません。反対意見も述べられないような国が、何もそのような昔の遠い世界の話でも、また今日世界の注目を集めている国家でも他でもない、私が住む地にも当てはまり得るのです。

なぜ、反対意見が言えないのか、反対意見を持つものが徹底的に排除されるのか、その状況も信じがたいけれど、そのこと自体への憤りを感じるのだけれど。反対意見があるのなら、論議すればいいし、討論すればよろし。それでも無理な場合は、多数決という、今日最も多用される民主主義的解決(としておきましょうぞ)があるわけです。

という不甲斐なさ以上に、そのことに焦点を当てず、キャッチーな言葉で政治のゴシップばかりが幅を利かせているメディアこそ、どうしても分からないです。

だからテレビもつけない、という私のような方法もあるけれど。メディアの方向性が一方的なものから双方向性、多方向性になりつつある今日このごろ。けれど、マスメディアの重要性は言わずもがな。その中で、批判的精神がないマスメディア、それ自体が矛盾、それ自体が罪と、どうしてもこの件に関しては一歩も引けませぬ。
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by Haruka_Miki | 2006-11-28 00:00 | Nippon

Youth

f0079502_1159308.jpgWhen I talk about some of the wild experiences I had such as travelling through desert in Morrocco, going deep in Peruvian amazon and driving through Turkmenistan, people say "it's youth". I am in my mid 20s' but people will still define myself as a young woman. But what exactly defines youth?

Being young is to be adventurous. Youth is the driver for you to follow your heart, act as you wish and challenge whatever you want with no wonder or regret.

Being young is to be ignorant. Youth can help you decide something crazy and the decision you made doesn't necesarilly end up in success. Of course, being ignorant will cause problems. However, you can still learn from the mistakes you made.

What I feel is that I'm in the middle. Abviously, I'm young and feel much energy. At the same time, I know that I'm not crazy and silly enough to be so ignorant and thus bold as I used to be 5years ago.

I then feel that my challenge has just started. Being young and still having the objective mind, now is the time I should really make most of my "youth" in smart and the best way.
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by Haruka_Miki | 2006-11-24 00:00 |

社会的要請にまかれまかれないということ

社会で当然として考えられ、社会で正常として捉えられていることがある。
社会で不自然として考えられ、社会で正常を逸脱していると捉えられていることがある。

社会の暗黙の了解や、要請や、同意の中で、私達は生きている。生きるということは、自分の道を定めるということだが、反面、左右されるということであり、影響されるということであり、つくられていくということである。

そのレールに乗ることが最も安全だ。同意を自らも飲み込むことが自然だ。人を傷付けるというような犯罪行為でなくとも、いやそれ以上に細かな行為も、互いの行為に逸脱がないかを事細かに互いに観察しあう。

中学生で妊娠するとかなんらかの社会の了解を逸脱する行為から私達は目をそむけ、関係ないふりをし、日光東照宮のお猿の如く完全に五感をシャットアウトし、排除する。

けれど、逸脱するような行為、自然からずれる行動それがなぜ奇異な眼で見られるのかそのことを考えようとはしない。自分が逸脱することを恐れるだけで、本質に触れようとはしない。

長い時間がかかっても、私は考える人間でありたい。それを受け止める人間になりたい。
まだその道は遠いけど、その度量を培いたい。
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by Haruka_Miki | 2006-11-22 00:00

English devines the world thus mentality too afterall?

I was talking with my Singaporian colleague (and a good friend of mine) and she said that it was too bad that she couldn't read my blog. So here I am, writing this blog in English. Hopefully this would help to spread how I feel and share how I think to non-Japanese speaking friends and most importantly to get the feedback from them.

Let me try to write some of the articles in Japnaese and the rest in English. Afterall, the concept is all what's inside me and just the tool to express will change time to time.

Then I recall the word by Ferdinand de Saussure, the linguistic anthropologist. "A linguistic system is a series of differences of sound combined with a series of differences of ideas." So here I am writing in English and I will experiment what Saussure suggested.
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by Haruka_Miki | 2006-11-20 00:00 |

働くということ

仕事が板についてくるのはいいことだが、それは裏を返せばマンネリ化だったりもする。全ての仕事はある種の専門性を極めることに通じ、常に向上していくのが理想で、現実には力が入りすぎて、結局は毎日やる仕事はあるレベルにおいて、一つのプロセスに落ち込んでしまう。

いつもと同じ平日の朝で、シャワーを浴びる。ウェブ版の新聞に目を通し、いくつか気に入りのラジオニュースを聴くきながら、コーヒーとグリーンサラダと田舎パンと果物を頬張り、出勤する。電車に揺られて束の間の読書を楽しむ。いつも同じ車両の同じドアで乗り降りをすると、一方的な顔見知りも何人かいる。いつものように歩いて、あとはエレベータで仕事場に上がる。

それは一つの心地よいリズムとして確立されていて、仕事もその延長上線である一定の心地よさの中で続いてく。もちろん、激動の市場の中で、特に最もエキゾチックで話題の商品に携わっていて、刺激は多い。日々アドホックな問題も多発するけれど、そうはいってもある程度自分の裁量で心地よいリズムは続けていけるのである。仕事柄。

仕事に慣れることの良さを感じることに少し遅れて、そのことに対する危機感を感じるのは当然のことかもしれない。社会人という身分になり、突然今日私はその危機感に直面した。それは、仕事がつまらない、つまるという問題ではなく、アプローチ方法で自分がもっと色々できる点、そのことを重々承知ながら心地よいリズムを続けようとした、自分の甘さへの危機感だ。

危機感を感じた時は行動すべし。それを受け止めてくれる有難い職場環境だ。マネージャーに、現在自分が学びたい事柄、そのアプローチ方法を相談すると、的確なアドバイスを頂戴できた。向き合ってくれるマネージャーの存在の大きさは計り知れず、その点で本当に自分は恵まれているなあと思う。

心地よいリズムに目を閉じることなく、代わりに身体を動かしたり、思わず口笛を吹いたり即興できる心構えをいつでも持ちたい。自分で動くこと、すなわち、「人」が「動く」ことが「働く」である。社会人二年目の今の、働くことの意味合いはそんなとこです。

これがまた、様々な場面で変わっていくのかな。
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by Haruka_Miki | 2006-11-17 00:00 | 経済的営み

こどもの視点

最近こどもに関する事件が相次いでいる。
そして、こどものときのことを思い浮かべる。

今大人になって見れば、子どもという生き物は、なんとまああっけらかんと
楽観的に生きているように見える。ただのハッピーなおちびちゃん達に見える。

けれど、自分がおちびちゃんの頃は、それなりに分からないこと、困ったこと、
悩むこと、いやなこともあったように思える。

あの頃は、大きくなると色々なことが整然として見えるのかな、って思ってたんだけど。
案外、あの時の不思議は、今は解決されたわけでなく、理解したわけでもなく、
消化して理解した気になっているだけな気もする。

今日はいつも立ち寄る本屋で、珍しい場所に行った。
こどもの本の売り場で立ち読みをした。
お母さんと赤ちゃんと、こどもと一緒に立ち読みした。

本屋のフロアの片隅だけど、なんとダイナミックな世界だろう。
シンプルだけど、ものすごく深い世界がそこにある。

こどもの視点に戻ること、一緒の視点を目指すこと、
大人がどこまで同じ眼差しを持てるか、
それは大人はこどもでなくなってしまったのだから、なかなか簡単ではない。

簡単でないけど、かつて自分がこどもだったから、
もしかしたら、そのときの不安や、悩みや疑問は、今のこどもと同じものなのかも。
こどもだったから、こどもの様々ななぜ、に大人は手助けできるはず。

それとも、手助けするなんてこと自体が、おこがましいのかな。
こどもの視点は、大人のそれより時にとてつもなく洗練されていて、
荒削りだけど、研ぎ澄まされていて、真っ直ぐだから。

『子供はみんなアーティストだ。問題は成長した後に、どうやってそのアーティストをとどめておくかだ』 Every child is an artist. The problem is how to remain an artist after growing up. ~Pablo Picasso~
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by Haruka_Miki | 2006-11-13 00:00 |

カモン!

"Everything happens for the best."
とある方に言われました。

ほんとその通りだなぁと。
全ては意味があって、縁があって、起こるべくして起こるのだ。

人生だから面白いです。
無駄なことなんて一つもない。
意味がないことなんて一つもない。
全てはつながってゆくのだ。

さあ、かかってこい、手ぐすね引いて待ってるよ、私の人生。
待ちきれないから、こっちからも行動するかもよ。
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by Haruka_Miki | 2006-11-09 00:00 |

デザイン:差異をもっと素敵なものに

f0079502_1242429.jpg東京のそこここで、今週はデザイナーウィークなるものが開催されていた。最後の日ともあり、愛車チャーリー(うぐいす色の自転車。少しサビ有り)でえっちらこっちら神宮外苑まで行ったきた。途中にある花屋の店先で立ち止まったり、コーヒー屋さんで油を売ったり(ちなみにそれは美味しいエスプレッソだった)、いつもどおり、通行人の皆様をひきそうになったりと、辿り着くまでに多少の時間を要したのたのですが。

デザイナーウィークは、神宮外苑のメイン会場に加え、東京の様々な場所で展開され、ショップや、大使館など様々なアクターが参加している。毎年、この位の時期に行われている。メイン会場では、国内外の商業デザイナーの作品が展示されていて、なかなか興味深い。ちなみに、3,4年前のデザイナーウィークでは、フィンランド大使館だかに入れて、様々なフィンランドデザイナーの作品が見れたように覚えている。f0079502_12113563.jpg

一般市民のわたくしは、1500円(事前予約がないと2000円)お金を取られるということにしばしご不満だけど、それでも収穫が随分とあった。私は、木が好きなので(版画でも、銅版画より木版画が好きだし、鉄筋よりできれば木造がベターだし、石の文化より木の文化にぐっとくる)、木を用いた作品に惹かれた。

二人のデザイナーの作品が特に素敵だった!一人はベルリンの商業デザイナーの作品で、Osko+deichmannのOskoさんの椅子。"Shell Chair"と言って、木製のその椅子は、ぱかっと上下に開くと椅子になる。その姿はさながら貝殻。特に、オークの木の色がまた温かみがあって素敵。何しろ、ごちゃごちゃデザインばりばりの作品が多い中で、シンプルなものほどなんだか引き立つのだ。

二つ目は、embodydesignのKatsuta Iwamotoさんによる椅子。日本伝統の組子用いた椅子で、しっとり。木の繊細さと懐の深さにぐっとくる怪しい私。何がすごいって、日本の建築、もともと釘を使わないこと。組子も、釘を使わないで木を組み付けるわけで。素敵でした。

以前のブログで書いた、「デザインとアート」の違い、ちょっと分かった気が致しました。
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by Haruka_Miki | 2006-11-05 00:00 | 経済的営み

ナイーヴなんて言わないで

映画「父親たちの星条旗」を観た。硫黄島の戦いのアメリカからの視点。来月に、日本からの視点で「硫黄島からの手紙」が公開される。

私はアメリカ合衆国に住んでいたことがあり、それは驚きのミッドウェストという地で過ごした。WASP(White Anglo-Saxon Protestant)に囲まれ、窮屈な思いをしなかったといえば嘘ではない。エミネムの歌にもあるように、私が暮らしたその地であれば8マイルという東西に横断する道を境に、肌の色・所得によって完全な住み分けがされる世界。裕福という点では、8マイル以上の地域に住むことになる日本人。だが、永遠にアジア人はアジア人だ。ジャパンバッシングをとうに過ぎた時期とは言っても、日本人(というかアジア人)に対する偏見が皆無という理想とは程遠く、いやあからさまな差別というよりは無関心さや無知が浸透している場面もあった。もちろん、負の面だけでなくって、すばらしい友人やそのご両親、家族ぐるみのお付き合いの方までいる。

今日の世界の現状を前に、絶望なり焦りなり悲しみなり無関心が漂う。アメリカ合衆国、その影響力は言うまでもない。その地やその地の人々に対するアメリカの外の人々の反応は、ポジティヴなものばかりではないのかもしれない。

けれど、あの土地に少しでも住んでみて思えること。それは、もちろん、苛立ちや閉塞感を感じたことも確かだが、あの国には沢山の人々が色々なことを考え、もし間違った選択を自分達がしたと気がついた場合は、そのことを認め、改善をしていこうという意識がとても高い人達が実際いるということだ。

国とか国籍の問題じゃない。けれど、アメリカは、外からの批判も多い代わりに、内なる批判、自分たちを冷静に見つめるマインドが少なからずある気がする。そんな姿勢に学ぶところは多いなあと、私は常々思う。今回の映画も、その一つなのかなと。

一鑑賞者としても、その度量と、自身への批判的精神を持って、作品を見ようと努めたのでした。
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by Haruka_Miki | 2006-11-04 00:00 |