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パリ発 五感の穴

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Joy of waiting a letter

f0079502_8112993.jpgA few days ago, I went to post office in office building and found a nice commemorative stamp celebrating the 50th years of diplomatic relations between Japan and India. I purchased it without any hesitation. The design was uniquely beautiful. I occasinally write a letter. It is usually a short letter using a post card. Buying eighty yen samps will motivate me to write longer letter to people.

Letter has always been so classic and simple yet gives a special touch to daily life. I have received a nice letter from a friend of mine whom I recognized as a great writer since we became friends. The usage of words, the selection of topics, the choice of letter paper to write on and the handwriitng makes a letter unique in each way and it surely touched my heart.

In addition to the joy just to receive a letter, one thing which adds a color to letter is perhaps the joy of waiting for the response: just like the excitement of waiting for photos to be developed before the digital camera gained a momentum. The time difference in fact makes the excitement grows more.

When I bought the stamps for India and Japan relations, it reminded me of letters exchanged between Okakura Tenshin and his ultimate soul mate, a poet in India.
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by Haruka_Miki | 2007-05-31 00:00 |

Enrich me, enrich society

Recently, I have noticed my employer has been vigorously taking a part in philanthropy. Just a few days ago, I saw an ad that the company is helping an art show currently opening free to public at Mori Art Gallery.

This is just one of the philanthropy my employer organizes. Like other institutions in the same industries, the philanthropy varies from financial support to pure volunteer work. For the former, the firm comes up with fund raising through marathon or for a special occasion as New Year. For the latter, we have so many volunteer activies with the main focus on volunteering for children such as taking physically challenged children to Disney Land.

I don't know if this is a coincidence but the organization is committed to many philanthropy related to art and children. I personally sympathize myself with these two topics and it's a joy to know my employer is committed to such activities.

Then, I think about the quote of British drama writer.

f0079502_23234985.jpg"We are the men of intrinsic value, who can strike our fortunes out of ourselves, whose worth is independent of accidents in life, or revolutions in government: we have heads to get money, and hearts to spend it." - George Farquhar
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by Haruka_Miki | 2007-05-29 00:00 |

ローラン・プティBallet入門

f0079502_8164174.jpg幼少時代にやっていた習い事は意外と長く続いたものである。ピアノに関しては、お稽古が嫌だとごねることもあったように思うが、お習字は特に好きで、子どもながらに正座をしながら墨を摺る時間は心休まり、不思議とその魅力を感じていた記憶がある。

さて、そんな中どうしても水に合わなかったのは、バレーのお稽古だ。小学一年生位の時にやってみて、しかも自らやりたいと言い張った気もしなくはないが、こればかりは残念な結果だった。子供ながらに、バレーのお稽古がある金曜日は、大好きなドラえもんがあるのに、バレーのことを考えると憂鬱になったものである。子供は子供で、小さいような大きいような悩みがあるのだ。

自分自身は踊り子の才能をあいにく見出せなかったとはいえ、周りを気にせず型にはまらず身体をリズムに合わせて動かすことは元来好む。それが格好良いダンスでなくても、それこそ盆踊りでもいいのである。身体を動かすことは、プリミティヴにもっとも感情に近い表現形態で、実に自然なことで、なんとも心地よいものに思えるからだ。

また、上手な踊りを見るのもとても好きだ。というわけで、先週末、新国立劇場にて、ローラン・プティのコッペリアを鑑賞した。東京でピンク・フロイドの演目があった際から、一度ローラン・プティのバレーを見てみたいと思っていたので、楽しみであった。バレーと言えば、女の子の憧れで、美しいダンサー達が綺麗な服を着て踊る姿にうっとりするというのが相場だが、ローラン・プティの作品は、噂どおり、人間らしい人物描写や動作に、上品ぶったところは微塵もなく、エネルギーに満ちていて、時にコケティッシュな魅力さえ感じて、斬新であった。

ロマン主義的な感情や演出ばかりが先行することを杞憂していただけに、それが自分の固定概念に過ぎなかったことを知った。これを機にバレーにもっと触れてみたいと思った次第である。
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by Haruka_Miki | 2007-05-22 00:00 | 芸術

鈍行列車の旅②武相荘

f0079502_18201417.jpg小田急線鶴川駅で途中下車をし、白洲次郎・正子夫妻の旧白洲邸に立ち寄った。その名も「武相荘(ぶあいそう)」である。

敗戦を予期した白洲次郎氏が食糧難を見込み、当時の鶴川村に移住したのだそうだ。茅葺き屋根の母屋に、家具や食器、上品な色の紬の着物などが飾られており、当時の生活に思いを馳せることができる。母屋の右手部は、元々水牛の飼育をするための場所があり、そこにタイルを敷き詰め洋室を作っているのだが、木と茅葺きでできたこの日本家屋に、不思議とマッチしている。

さて、粋とは何かを理詰めで攻めたのが九鬼周造氏(もっとも、ご本人も大層粋な方だったとの談も読む)だとしたら、白洲次郎・正子さんほど本を読むだけで、美しさや粋が際立つ方々はそうはいないと思う。そんなお二人の住まいもまた、大層美しく、いやしかし作られた美しさかと言えば、住まう人の信念が根づき、歳月を経て育てられた家という印象を強く受けた。

f0079502_18535349.jpg若き時はヨーロッパで勉学に勤め、先見の目を持って農業を営み、公人になることは決してないにしても政治の世界でも強い存在感を示し、往年までポルシェに乗って、テーラードスーツを着こなすだけでなく、晩年はISSEI MIYAKEの服も着こなすなんて、どうも格好良すぎるのである。

真のお嬢様であり、初めて女性としてお能の舞台に立ち、米国の空気にも触れたことがあり、能や民芸の造詣が深く、随筆家としても著名で、生涯美への炎を灯し続けた女性なんて、情熱的で凛としていて美しすぎるのである。

展示にあったお二人の娘さんの牧山桂子さんの言葉がとても印象的だったので、ここで引用。「二人の趣味(hobby)は異なっているように見えますが、趣味(taste)は多分に共通していたと思います。」
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by Haruka_Miki | 2007-05-19 00:00 |

鈍行列車の旅①湯

温泉に浸りに強羅に行った。

津々浦々名湯は多し、けれど片道四時間では癒されるに行くのか、疲れに行くのか分からないということで、箱根である。箱根という場所は、小田急線に縁深い私にとっては、心理的にも実に近い場所である。何があるというわけでもないが、何をするわけでもない私のような者にとっては都合が良い。

この場にはどうも美術館が多い。じゃあ一つくらいは美術館に入ろうということになったのだが、どうも美術を鑑賞する気が満ちないというか、気が張らない。こういう時は、テーマパーク的な場所がよろしいということになり、星の王子さまミュージアムに立ち寄る。なぜ箱根で星の王子さまなのかというもっともな疑問はひとまず置いておくと、楽しめる。余談だが、星の王子さまの話は、昔から大好きで、旅行の地で一度は本屋を巡るのは、様々な言語のLe petit princeを買い求めるためだ。そのことを知っている家族や友人は、ありがたいことにお土産にこの品を調達してきてくれる。

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そして鈍行(ときどき雲助運転手の登山バス)の旅の本題、温泉に向かう。湯を楽しみ、料理を味わい、いつもにも増して熟睡をする、の繰り返しなので、究極のぐうたらということになる。女将がいる格式高いお宿というよりは、どちらかと言えばいやにならない按配で商業的な工夫も施されている宿だったので、岩盤浴を初めて体験したり、貸切風呂につかったり、天ぷらを好みで揚げてもらったり、様々なぐうたらに対応してくれてありがたい。

浴衣を選べるというので、嬉々としながら夕飯時に着用してみたものの、どうも姿勢が正しくなりすぎて、お腹いっぱいに食べるというのも具合が悪く、美しい所作と食欲を同時並行で満たすことは容易ではない。だが、所作がなんだという完全に気の抜けた状況において、後者が優勢なのは間違いない。

帰りも鈍行電車で京に上る。急行電車とは名ばかりで、箱根周辺では各駅に停車するからだ。かなりの時間を要するが、急ぐ旅でもないし、小学生から年の召した婦人まで出入りが多いので、それはそれで楽しい。気分だけは、関口知宏である。
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by Haruka_Miki | 2007-05-18 00:00 |

組織の長の影響力

勤め先は米国が本店の会社なので、私の上司の、そのまた上司の・・・という風に上がっていくと、結局はニューヨークのボスにつながっていく。日々の仕事では特段こうした組織の構造は気にも留めないのが、もちろん、時々そのことを再確認する。今週は、ちょうどニューヨークのとても偉い人が来日していて、夕飯会に参加する機会を得た。東京でのビジネスの様子を聞かれたりするうちに、海の向こうの「本店」の彼・彼女は急に一つのチームで、マネージャーたちはその一つの国境を越えたチームの長だということに気づく。

さて、最近思うのは、やはりボスの力というのは組織にとって、スタッフにとって、やはりとても大きいということだ。当たり前のことであるが、尊敬できるマネージャーというのは、特に私のようなペーペーにとって大切である。私個人にとって、「上司」とは、決して憧れの存在でもなく、いわゆる目指すべき存在として見ることは一度とてない。人は人、という考えが根底にある・あってしまうからなのだが。が、人間として尊敬できたり、学ぶところが多ければ、ありがたいし、すごく幸いなことだと思っている。

例えば、来日中のビッグボスは学ぶところが多い。尊敬する点は、彼の圧倒的な情熱・集中力・記憶力にある。仕事・家族・自分の時間すべてに100%のエネルギーを注ぐ。私のような組織の下層部の人間であっても、ずばぬけた記憶力で、過去の言動・行動を細やかに覚えていることである。あなたは、いついつの研修のどこの部屋のどの席に座って、こういう質問をしたね、覚えているよとさらりと言えてしまうのは、並大抵のことではない。恥ずかしながら、質問をした当の本人にとって、忘却の彼方なのに、である。

どこか自分が、風体の寅さんやスナフキンといったスタンスを好むからこそ、逆にこの上司のこういうところを尊敬する、学びたい、というような発想は時に衝撃的で、そんな点を見つけると、強く私の心に残るものである。
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by Haruka_Miki | 2007-05-15 00:00 |

子どもの城

f0079502_11404362.jpgここ何年か在住の渋谷区には、思った以上に福利的な施設があって、子どもの時にこのような場所があったら、大張り切りで遊んだこと間違いなしの場所も多い。案外緑も多いことは、東京23区に言えることであろうが、これはまた渋谷区の特長でもある。

最近気になっているのは、代々木公園の近くにある「渋谷はるのおがわプレーパーク」である。普通の公園とさほど違いそうにない空間だが、コンセプトが全く新しく、子どもの遊び心を俄然くすぐること間違いなしの居心地の良さが、「大人」の私にも伝わってくる。

ずっと気になっていたこの空間に、ちょうど散歩がてら寄ってみた。プレーパークには常に大人の「プレーリーダー」と言う人々が常駐していて、子どもの遊びを応援している。その時間内ならば、子どもが自分の責任で様々な遊びに挑戦できるという楽しい空間だ。のこりぎ、スコップ、布などの道具も貸し出してくれるし、スケールが大きい砂山を作ることも、プレーパークの一角にある土の山で滑り台をすることも、木の家に登って遊ぶことも、水を流して泥んこ遊びをしてもよし。それを見守る大人や地域の目と、自分の責任の中で、大人に信頼されてたくましく縦横無尽に走り回る子どもの図は、なんとも温かい。

f0079502_11581199.jpg幼少時代を思い返して、楽しかった遊びと言えば、家でお絵かき、りかちゃん人形遊びもあるのだが、小学生低学年の時は、工事現場の跡地を巡ったり、林の中の秘密基地などを作ったり、今の時世では場所がなかったり、物騒すぎて難しい遊びがとても楽しかった思い出がある。大人の目がそれなりにあって、けれど干渉されるでなく、「冒険」を支援してもらえるというのは、すごく魅力的な遊び方に思える。

日本では、こうした子どもの「冒険」をサポートするNPOが全国に拡がっているようだ。国際社会などの大きなレベルに目が行きやすい私だが、地域社会というものを今一度考える機会を、その空間は大人の私にも間違いなく提供してくれている。
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by Haruka_Miki | 2007-05-12 00:00 |

ネイチャー

ゴールデンウィーク明けの火曜日です。ゴールデンウィークぼけをなおす気があるのかないのかは置いておいて、日々の仕事をしつつ、こんなことを考えています。こんなことというのは、自然と人間のことです。

先週見に行ったレオナルド・ダ・ヴィンチの特別展ではないですが、自然界のかたちに出会うとき、そこに人間が企画し得ない、とらえどころのない自然界の力を感じます。

現代人として、スマートにオフィスで仕事をこなし、なんとも高度なことをしているような錯覚に陥りますが、私はその辺を斜に構えた人間なので、発展は所詮ある一定の分野での後退であると考えてしまいます。

そして今、大学の卒業旅行で行ったペルーのアマゾン川の風景を思い出します。そこにあるひかりや影、静けさやうねりは、はかなくも力強く美しいものでした。さて、高度化した私達人間ですが、このような自然の風景を人間だけで作り出せるかと言えば、なかなか難しい気も致します。そのような考えは人間のエゴでしかなく、自然には所詮敵わないとさえ思ってしまいます。
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仕事しつつ、いつになく、だいぶ末期症状な考えに入り込んでいるのでした。
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by Haruka_Miki | 2007-05-08 00:00 | 五感

私的端午の節句

早くに起きられた休みの日には、ふと上野に行こうかと思うことがあります。ちょうど東京国立博物館で展示されている特別展「レオナルド・ダ・ヴィンチ -天才の実像」 にも関心があったため、端午の節句に上野に繰り出しました。十時過ぎに到着したというのに、「受胎告知」を一目見ようとする行列がずらずらと表まで伸びている有り様でした。感想としては、たまには待ってみるものだということです。宗教画は、その画が描写する宗教自体の相当の理解がないと中々理解し難いのではという自分の予想とは裏腹に、実際に絵を目にすると不思議と心動かされる自分もいて、新しい発見でした。

話しは変わって、国立博物館で素敵なサービスだなと思っているのが「パスポート」の存在です。年会費わずか四千円で、東京・京都・奈良・九州 国立博物館の平常展を何度でも見られ、四館で行われる特別展の中から、6つの特別展にも行けてしまうという気前の良さです。あいにく、ダ・ヴィンチ展の際もこのパスポートを持っている方は少なく、もっと世の人に知れ渡れば、国立博物館がより身近な存在になる気もします。

さて、藝大の裏手の辺りの雰囲気は何か心地よく、休日に時々足を運ぶ理由の一つになっています。上野に来るときは、できるだけ行きか帰りは、遠回りでもこの谷中・根津周辺をまわります。根津駅周辺のお煎餅屋さんや手ぬぐい屋などの小商店が立ち並ぶ町並みと、お寺も多い谷中で細い路地を入ると思いがけず芸術家のアトリエがあったりして(以前、たまたま日本画家のAllan West氏のアトリエの前を通り、氏のことを知りました)、散策が楽しい地域です。この日は、店先に小さなお茶のスペースがある桃林堂にて、柏餅と抹茶羊羹を頂きしばし涼を取りました。

国立博物館で仏像や古文書を横目にレオナルド・ダ・ヴィンチの展示を拝見でき、友人には「ジャッキーサングラス(ジャクリーヌ・オナシス女史)」と称されているサングラスをかけたカジュアルな格好で緑豊かなこの芸術の街を闊歩でき、その後は和菓子をゆったり頂けるというこのチャンポンさが東京に暮らすことの楽しさだとつくづく思った五月五日でした。
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by Haruka_Miki | 2007-05-05 00:00 |

Going to an adventurous-free trip

Last night, I had a dream about "Vanuatu". I have no knowledge or any connection with this country in the Pacific but the name repeatedly came in my dream. In a real life, however, I even have a hard time pronouncing the name of the country! So here I am, looking for the information about Vanuatu to understand what stimulated my brain to think about the tropical southern island. Googling unfortunately didn't help to answer why Vanuatu all the sudden. I went to all the major continents except Australia and in fact I've never been to any closer around the region. f0079502_22284264.gif

Well, dream is once said by Freud to reflect the oppressed desire or emotion. What is trigger for me then? One thing I can say for sure is my passion for seeing, hearing, touching, smelling or feeling things, people, environments new and my desire to have open eyes to such. There is no doubt that I have a strong desire to travel all the unusual destination as much as possible. Vanuatu could represents such desire in myself.

I was dozing in a very warm and pleasant afternoon and thought about something. How human beings have conquered almost every adventurous sphere vertically and horizontally on this earth? Humans first started the adventure horizontally moving to a new continent or looking for a new continent. Humans then aimed for the top of the mountain, the highest land on this earth. Many people died in this adventure and once they conquered they literally became legends. Now, having no white spot without any check mark by humans on this earth, we have all the fantasy and dream outside the earth.

f0079502_23153767.jpgAdventure now became an accessibe and sometime even "an easy cookie-cut trip" for any individual. It is so easy just to fly to a place we are interested in. As long as we have a will, we can quickly be another traveller. Some laments about having no more "adventure" in a real sense but I am the opposite. Having no more exotic sphere to travel, there is no boundary for what's common and what's not, what's majority and what's not, what's sophisticated and what's not so, as long as an individual has no boundary in his/her inside.
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by Haruka_Miki | 2007-05-03 00:00 |