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パリ発 五感の穴

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Detroit: Trotting with horse

f0079502_21141946.jpgEvery summer when I was a high schooler, my sister and I went to a summer camp held in the northern part of Michigan. In the U.S., it is popular that children go for staying over camp during their Summer Vacation which lasts as long as three months. My parents asked me if I was interested doing the same and they gave me brochures of differnt typs of camps offered with diverse activities to choose from. For me, my mind was clear. I wanted to devote a summer to one thing special rather than doing several activities and sports at the same time. So, my summer with horses have started.

The camp we went was unique in that we stayed over in a farm and ranch for two weeks or longer and most of the time, girls have spent taking horse back riding courses in the morning. As the camp was so unique, people usually came back to the farm summer to summer. Although I had only one chance to go for the camp as I was too old at that time, my sister had managed to return to the camp for the next few summers.

In the camp, we learn how to ride, walk, trot and canter. Once we were ready, we could practice for obstacles. Every girl has her favorite horse and mine was Smokey. He was a big horse!

Among all the things my parents have done to us children, the biggest appreciation goes to the fact they were so open-minded and let us try to do anything once we were interested in. One thing which made the situation even better was to study abroad when all the children of the same age had to struggle with the university enrance exams and more.

As I came back to Detroit, I have taken a horse ride at a State park not far from my house. How refreshing it was! The summer experience is non comparable to all the prep school study that most Japanese children have to do.
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by Haruka_Miki | 2007-07-27 00:00 |

NYC:大都会の他人

ニューヨークにいるとシニカルになるとは、在日ニューヨーカーJの談。物事を斜に構えて見るらしい。そんなJは筋金入りのニューヨーカー、しかもブルックリン出身である。そして大抵、「ああん?てめえ何見てんだよ。なんか文句あんのか」と、とりあえず喧嘩腰のニューヨーク訛りを披露してくれる。本当にそんな会話があのマンハッタンで繰り広げられているのだろうか。そんな場面に出会ったことないのは、能天気な私だけだろうか。

ミシガンの家族ぐるみの付き合いの友人夫婦曰く、「あそこはね、大都会だから互いに挨拶もなかなかしないのよ、暮らしにくいと思う。」確かにその後ミシガンを再訪して、ミシガニアンの言うこともごもっともだ。というのも、ミシガンであちらから人が歩いてきようものなら(自動車社会でこれはかなり珍しい確立なのだが)10メートル先から全開の笑顔でHi!の社会だ。そのフレンドリーさに、七年ぶりに再訪を果たすまで気づいていなかった。

そんな周囲の心配を他所に、東京住民の私としては、ニューヨークがそれほど感じが悪いところというイメージは少なく、大体大都会というのは似たり寄ったりなんではないかなと思ったりする。今回の滞在で、一日一度は知らない人から話しかけられたので、東京を考えてみると記録的フレンドリーさではないかと思う。特段サギにあったわけでもない。人々は、ただ、時に他人に話しかけるようなのだ。

バナナリパブリックの中を歩いているときである。若めのミセスが大声で「これに似た財布を何倍もの値段で私買ったわ」と言う。周りを見ると、どうやら私しかその場にいないので、私に話しかけているらしい。そのまま通り過ぎるのも気が引けるので、「きっと買われたお財布のほうが革も何倍もいいものを使っているはずですよ」と話した。すると、ミセスは大変満足そうに「あんたいいこと言うわね。私もそう思うわ」と言い、店を後にした。友人はこの二人の会話を、スカーフ売り場から静かに見守っていたらしく、「この街には7年住んでいるけれど、私は見知らぬ人に話しかけられたりしないよ」と驚愕していた。友人は歯を出して笑うというよりは微笑むことも珍しいタイプのザ美人なので、少し近寄りがたい雰囲気だからなのであろうか。

f0079502_22503975.jpgその次の日は、メトロポリタン美術館の屋上にあがると、初老の男性が私に、アッパーウェストの高級マンションを指差しつつ「あそこはジョンレノンのダコタハウス、その隣は人類学者のマーガレットミードのマンションだ」と突然話しかけはじめた。おかしな人だなと思ったのだが、話を聞いているうちに、音楽から芸術、社会学まで様々な話がどんどん出てくる。どうもこの人、ただの人ではないなと思いながら聞いていると、彼は最近メトロポリタンオペラオーケストラの副主任を最近引退されたヴァイオリニストであることが分かった。ニューヨークタイムズの音楽系の記事も書いていると言った。草間彌生女史と芸術家であった前妻が友人だったとか、なんとも不思議な方であった。日本語を七十歳から習い始めたらしく、自分のことを日本語で「隠遁者」と言った。そして、トイレを指差し、「はばかり」と言ってのけた。おそらく、確信犯で昔の言葉を使っている。何とも不思議な人だった。なんとなく、小説に出てきそうな人物だった。暑い日だったので、ガス入りのミネラルウォーターまでご馳走になってその場を後にした。

人の縁というのは不思議なもので、他人というのも一歩間違えば、失礼、一歩踏み込めば友達になりうる。物騒な世の中なので、誰にでもへらへらとフレンドリーを装うのも問題だし、一歩間違えば何があるか分からない時世だ。ただ、私の場合は顔がどうもそういう作りなため、それが功を奏するのであれば、それは有り難い面として、縁を紡いでいければと思ったのだ。
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by Haruka_Miki | 2007-07-25 00:00 |

NYC: アッパーイーストで会いましょう

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二年ぶりのニューヨークである。友人との再会を主たる目的にこの地へ。その目的を存分に果たせた三日だった。

ニューアークに近づく飛行機の窓から見ると、ニュージャージーとハドソン川、その向こうにシティの高層ビル郡が秒毎にはっきりとした輪郭を帯びていく。そのアングルは、9.11で繰り返さし流されたあのニュージャージーからの映像を想起させるのだが、いずれにせよこの地に様々な移民たちがロマンを抱いてやってきた過去が、歴史として刻まれていることが今こう遠めからでもわかるのだ。私も、この地に来るたびにそのようなロマンを感じるのだ。

友人というのは、勤め先の同期達がその大半である。二年前に五週間だけ共に新人研修なるものを受けた仲間なのだが、どういうわけか彼らの一部とは今もとても交流を続けていて、こうして再会を待ち侘びていた。一人の呼びかけで集まった同期達と到着した夜は多いに語り、多いに杯を乾かし、夜は更けた。自分はすこぶる自然体である。なんと心地がいい空間なのか。この雰囲気をいつのまにかとても恋しく思っていたのだ。自分がいかに、いつも、どちらかといえば均質化した社会に住んでいることを改めて思うのだ。

心地よさの理由の大きなところは、様々なバックグラウンドの同期にある。居候したのは、メトロポリタン美術館から程近い、エストニア人の同期のところだ。彼女は美しいブロンズに青い目というエストニア人のイメージの王道をいく。お金を貯めて、奨学金も受け、コミュニティカレッジから大学の転入した努力家である。そういう彼女とお喋りをすると、刺激をたくさん頂く。まさに、アメリカンドリームをまっすぐ見据える目、その目は美しい。

f0079502_21353335.jpg普通の週末を過ごそう、ということで、日曜日は彼女が行き着けのミッドタウンにあるベリーダンスのクラスに行った。一時間12ドルで、こういうクラスが何千とあるだけでも、うらやましい環境だ。ベリーダンスはもちろん初めてだけれど、先生はとても明るくて、沢山褒めて、直すべきところは直して、と気持ちがいい。多分、この街の醍醐味は、ただ高いレストランに行くことでも、流行のナイトスポットに行くことではなくで、こういう日常を垣間見るところにある。なぜなら、その日常も様々なバックグラウンドで彩られているのだ。

踊り疲れた私たちは、その後に韓国系アメリカ人の同期と落ち合い、セントラルパークを散策し、ボートに乗る。私たちときたら怠け者で、ボートの漕ぎ手はもっぱらエストニア人の彼女である。誰がアジア人は頑張り屋だと言っただろう。私たち日本・韓国組ときたら、女の子特有のお喋りを延々と続けているだけなのだ。

日にちが変わって月曜日、週の初めだというのに営業職に移った同期から電話をもらい、夕方5時から4杯フローズンマルガリータという体たらく。接待がない日もにこやかに営業を地でいく生粋アメリキャンの彼には頭が下がる。アメリキャンの誘いで、彼と大学の友人達四人でルームシェアをするお家にお邪魔する。これはこれで異文化交流だ。なぜなら、この面子というのはいわゆるWASPな皆様であり、ケンでありバービーである。イメージはラルフローレンであり、アバクロンビーなみんなである。あまりこういう交友関係がないので、少しどきどきする。マルガリータで気分もよくなっていたので、ケンやバービー達とも沢山お喋りをしてみた。とても礼儀正しくて、自分のキャリアを持っていて、明るくて、ケンだバービーだと揶揄していた自分こそ、ステレオタイプである。お家では夕飯までご馳走になって、新たな発見であった。

アメリカはアメリカである。私はもっとエキゾチックな地を旅するのが常だ。そんな自身の不平を吹き飛ばす、パワーがそこにはある。いろいろと考えることをまさにブレークスルーする仲間たちがいて、本当に今回ニューヨークに来てよかったと、今思う。
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by Haruka_Miki | 2007-07-23 00:00 |

NYC: 理屈抜きで

f0079502_21543890.jpgノーマンロックウェルの絵で、夫婦が互いが支持する政党に関して口論をしている絵がある。一番すんなりいく場合としては、夫婦・恋人・友達で、同じような政治的立場を持っていればそれはそれで簡単なのだろう。どうも、この政治的立場というのは結構厄介で、アメリカでは日本の場合以上に、宗教などと並んで、話題にすることはタブーというのが私達が抱くイメージである。

政治的立場を明確にすることがタブーの社会で、矛盾とも思えるのが、米国版SNSのFacebookのあるセクションである。こう東京という離れた場所にいて、米国の友人とつながる手段としてのSNSだが、Political Viewsなるセクションが設けられている。だから、普段は決して関心も示さない友人のPolitical Viewsが自然と分かってしまう。

タブーとは言いつつ、Political Viewsというのがある一定の人の基礎になっていると通常は考えられているのかもしれない。だが、タブーが突然そのようなかたちで明るみに出てきた場合に、躊躇するのではなくて、逆にその人との共通項を見つける方がよっぽど性に合っている。

今回旅をして思ったのは、まあ当然のようで、理屈ではなかなかそう思いにくいことである。それは、政治的立場がもし異なっていたとしても、人間の基本のところで分かり合えることは沢山あるということだ。家族を愛するとか、友達を思うとか、動物を大切にするとか、そういうベースを共有できれば、もしかしたら政治的立場にこだわるよりも、よっぽど大切なのではないかと思うのだ。そういう温かさに、立場だとか主義とか理屈はいらないのであるから。
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by Haruka_Miki | 2007-07-23 00:00 |

夜景を見る目

f0079502_23201382.jpg私の弱点の一つに、夜景恐怖症というのがある。正確には、夜景不安症とでも申せようか。そして、昨日何をしたかといえば、友人と大変楽しい時間を過ごし、その夜景恐怖症を克服したとお伝えしたい。さっぱり意味が分からないだろうけれど、分かっていただけるように努める。

大学の盟友Y氏に、「百万ペソの笑顔」とキャッチコピーつきで称されたことはあっても、私は総じて夜景というものにひっくりかえるような感動を覚えた記憶はなく、「百万ドルの夜景」という言葉でさえ、そこにロマンを抱くというよりは、いつぞやの香港の夜景は電気消費量が百万ドルなのかという風に見てみる性質である。ロマンがないと嘆かれれば、言い訳をお伝えしよう。そういうわけではないのよ、ただ、色々考えてしまうからなんだよと。自身も分からぬが、多分形のないある種の恐怖を夜景に抱いてしまうのである。まずは夜の暗闇に、子供が持つそれと同じ類の怖れを抱いているのだが、その暗闇の中の夜景を作る、点々の一つ一つに色々な人生が宿っていて、それが東京都民1300万人分キラキラまばゆく光っていると思うと、夜景の光一つ一つに、沢山のストーリーがあるのだと想像し始めてしまうのだ。もうこうなると、わーきれいー、だけでは済まされない。空想家というのは困ったものだ。

さて、そんな前置きを覆すくらい、連休に行った夜のお台場は、雨もひいて夜景がとても綺麗だった。橋がきらりひらめいたり、ビルが煌き、海に浮かんだ何艘もの屋形船が彩りを添える。素直に綺麗である。こういう場所に共だってくれたことに感謝なのだ。

夜景の綺麗さに加え、その夕飯での話題がパンチが効いていた。夜景がきらめいて、様々な人々の人生が東京湾のあちら側で起こっている間に、私達友人らは国境線の直線のことだとか、旧ソ連のことだとか、なんだかんだと話を進めて、もはや話は夜景の点々を作る東京都民の域を超えて、中央アジアの話に及んだ。この話というのが大変興味深いもので、また機会を改めて設けたい。とりあえず、なんというか私は中央アジアや旧ソ連や国境線の話をするうちに、不思議にも夜景恐怖症を何となく克服したのである。克服したとは言っても、少し遠い世界の話に妙なリアリティを感じ、夜景のリアリティを感じないというのはどうしたことか。

おそらくは、私が持つ夜景恐怖症は、その基本に夜景を見る距離感があるかなと思う。いくら東京都で、いくら距離もさほど遠くはなくて、私の目でたった今見ている夜景でも、それは第三者の目なのである。遠目にいて、きれいだなぁと遠巻きに観察する目。夜景は、遠くにいるから夜景であって、自分がその街の雑踏に入れば、もはや夜景ではなくなってしまうだろう。

中央アジアの話も、国境線の話も、実際ぴんときにくい話なのだが、その地を直に知る人と話をすると、急にリアリティを持って私に迫ってくる。その中でも自分が少しでも旅をした場所であれば、なおさらだ。そんな中で、もはや視覚的な距離感と、精神的な距離感と、距離感なんてのはもはや実質的な距離感ではないようだった。その距離感に、何らかの寂しさを感じるのかなと、今自分の気持ちを考えてみる。

なんて、色々と言ったので、今度からあの人と夜景の近くには行かないようにしよう、なんておっしゃらずに、今後もどうぞみなさまお付き合いくださいませ。
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by Haruka_Miki | 2007-07-17 00:00 | 五感

人間力大賞

人間力大賞という賞があるのですね。村興しから環境保護、スポーツで秀でた実績がある人、様々です。コンセプトとしては、若年層のための国民栄誉賞とのこと。
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間違いなく、受賞された方々は賞を目指してがんばったわけでも、何らかの役職を目指してがんばったわけでもなくて、こつこつ地道に、ミッションに向かってがんばってらっしゃる。夢は大きく、誠心誠意やってこられている。

こういうの見ると、自分はでは何ができるか!と考えるものすごくいいきっかけになります。とりあえず、自分の身の回りから、始めたい。始めよう。
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by Haruka_Miki | 2007-07-15 00:00 |

内と外と

雨の朝に何が好きかというと、あまり寝坊せずにしゃきっとキッチンに向かい、カフェオレボールに入れた牛乳にエスプレッソコーヒーを混ぜて、カフェオレ、またはコーヒーが切れた今朝のような場合は、熱々の牛乳に茶葉を煮出してチャイを作り、大きなカフェオレボールにたっぷり淹れて、DVDを観ることがあります。映画は夜だという方も多かろう。けれど、朝見るのも結構贅沢な気分になるもんです。

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映画の選び方は色々ありますが、好きな俳優や監督の中から選ぶということももちろんあります。好きな俳優さんの一人にメキシコのガエル・ガルシア・ベルナルがいます。味があって、暗いところもあって、艶やかであり、憎めずに、少年のようでもあり、時に片田舎の兄ちゃんであり、時に女装も抜群に着こなし、見透かすような目をしていて、彼しか演じられないような際どい人物も沢山演じています。多くのファンのように、彼を作品で見たのは、バッド・エドュケーションやモーターサイクルダイアリーズが最初だったかと思います。ちなみに、バッド・エドュケーションには驚きました。色彩の豊かさ、心の移ろい、人間力の生々しさ。

というわけで、今朝は一ファンとして、ガエル・ガルシア・ベルナル主演の「キング 罪の王」を観ておりました。正直、疲れました。なんだろう。暗い、重い、ショッキングで現実にあったら向き合えないであろうことばかりです。人間模様や心の内を淡々と、何となく舞台のような雰囲気で描いていくのですが、どうも内向きだけで終わらない作品であります。

さて、大学で在学した社会学部というのは、ざっくり分けて人間の内面に迫る専攻から外的世界に目を向ける専攻まで幅があり、三年生になると、そのいずれを見つめていくかを決めてそれぞれ哲学・社会学・政治学・歴史学の道に進んでいくのです。専攻の選択に辺り、人間の内面と外的世界のどちらに重きを置いていくかを決めるのですが、おそらくは、この二つは互いに影響し合っていて、決して二分法で話せるものではないのかも。もう退任された髭が印象的な社会学の先生は、このことを滔々とけれど身振り手振りも含めて、とてつもなくダイナミックに説いていて、彼の授業は社会学という学問分野の醍醐味を圧縮したようで大好きだったのです。

以前、友人の一人がこんなことを私に聞きました。もしも救いようがない罪を犯した人間がいたとき、どうするか。死刑についてどう思うか。通常だと、死刑の是非で熱くそれぞれの立場を語るわけで、ここに法学の専門の友人でもいるとさらに議論が深くなるのでしょうが、今からお話する友人は、経済学部出身で、しかも何と言うか学部の枠というより人間として非常にユニークな人なので、彼の言ったことはひどく印象的でした。

彼曰く、死刑がいいとも悪いとも言えないので、第三の道を作る。それは、一見古典的な「島流し」という方法。極悪と言ってもその命を他の誰かが絶つことが本当に最善だろうか。その罪深き人物はなぜ罪を犯してしまったのか、それは多分彼だけの問題だけでなく、社会的環境が大きく影響するだろう。とはいえ、野放しにその人をするわけにもいかず。だから、彼の命を絶つことなく、他の市民の生活を脅かすわけでもない、島流し。島流しというのは随分と古典的です。ナポレオンとジョセフィーヌだとか、巌窟王だとか、それ以外にも日本の民話にも多いし、実際江戸時代以前には多くあったのかもしれません。

私は、どういうわけか性善説を信じて生まれてきたので、どうも極悪人という種類の人が本気で存在するとはどうも思えず、その性善説がたたって時に大変な経験もします。が、こればかりは変えられないのです。「キング 罪の王」を観たときに、まさにこの気持ちが湧き出てきて、なおかつお髭の教授の内的・外的世界の繋がりとそれぞれへの影響をまた強く感じたのでした。
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by Haruka_Miki | 2007-07-14 00:00 | 芸術

祖母の迷言集

祖母の言葉にいつも私達家族は抱腹絶倒。

まずはクラシックなところで。
私「おばあちゃん、私ケニアのサバンナに行って来たんだ、動物が沢山いてねすごい感動したよ。」
祖母「ああそうかい、それはいい経験したね。ところで、その動物達は放し飼い?」

(えっ!!!)

私「おばあちゃん、私タンザニアでキリマンジャロって山に登ったよ。5895メートルのアフリカ一高い山なの。」
祖母「それはすごいね。足で登ったの?」

(箱根じゃないよ!)

昨日妹が一人暮らしの祖母の様子も見ながら、祖母の家に泊まってきた。そして、新たな迷言を。

私「おばあちゃん元気だった?」
妹「うん、相変わらずあの調子だよ。」

祖母「裕美ちゃん(妹)の彼氏を見てみたいね」
妹「ふーんそうなんだ」
祖母「一人かい?」
妹「えっ、何が?」
祖母「彼氏だよ。だめだね、一人じゃね、おばあちゃんの孫なんだから、彼氏は二・三人はいてもいいのにね。」

(八十四にしてどれだけオープン。)

妹「おばあちゃんは、彼が外国の人だったりしてもいいの?」
祖母「えー、日本人でも外国のお方でも、そりゃ二本足があればおばあちゃんは万々歳ですよ

(人類皆兄弟!)

すごい、祖母。これって普通なのかしら。私達はこんな祖母しか知らないため、これがスタンダードなのだけど。

とにもかくにも、どうぞいつまでもお元気で。米寿を目指してがんばろうね。皆でサポートするからね。その時は、赤いチャンチャンコプレゼントするよ。
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by Haruka_Miki | 2007-07-08 00:00 |

ブランドのアイデンティティ

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街を歩いているとここにこういう会社があったりするのか、と思わぬ発見があったりする。先日も、そんな具合にISSEY MIYAKEの本社を通り過ぎた。何となくその後も街中で路面店などを目にする機会があって、その後は自分も興味を持ってこの店に注意をもっていたら、この度、2007年秋冬物からデザイナーが切り替わることを知った。

他の商業的製品以上に、一人のデザイナーの意図、インスピレーション、アイデンティティが直接的に示されるのがファッションのように素人目にも思える。プレタポルテであれ、デザイナーが一手に自分の時代のそのブランドを形成するように感じられる。

それは、ある程度、職人技を要し、同時にその家・店ののれんに各人の能力やスキルが後世にも語り継がれる状況に似ているのかもしれない。茶碗一つをとっても、楽家の何代目が作った作風と何代目が作った作風の相違点は、今も語られる。職人が違えど、職人の仕事は、一人の職人の名声と同時に、のれん全体の評判に影響を及ぼし、アイデンティティを形成する。

ブランドマネジメントなどのマーケティング用語にはとんと疎い自身だが、興味を持ったのは、デザイナーが世に送る一つのブランドのイメージと、同じブランドでデザイナーが変わった時にブランドイメージはどう引き継がれるのかという点だ。プレタポルテが商業的な量的生産を目的にしているものであれ、やはりそこには方向性がある。その方向性、大きく言えばアイデンティティは、その時代のブランドを担うデザイナーの裁量と個性に任されて然るべき。けれどブランドとしてのアイデンティティも一本あって然るべきのようで。おそらくその隙間を埋めるのが、アートディレクターの存在なのかしら。では、もしアートディレクターとデザイナーの方向性が違ったら?

どうも夜中の考え事は、堂々巡りも甚だしい。
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by Haruka_Miki | 2007-07-06 00:00 | 経済的営み

My story of an elderly woman

So my grandmother is the main character of my story. She is going to turn eighty four in one month time. She is the woman I love from the buttom of my heart. I am so called "Oba-chan ko" (a little Grandma's girl) forever. Nothing is as tender as her eyes and as warm as her smile and hands.

In Japan, it has been almost like a trend to weave stories on elderly. From film to novel, elderly gained the momentum. Why? - Silly question to ask. Japan is the "aged (rather than aging maybe?) society". With less children born and less young working forces to match the population of older generation, it is without doubt that everyone of us living in this society is facing the challenge.

The current news certainly affected artists. Hence many artists, with their sensitive hearts and the insightful observation of the society, naturally chose elderly as the theme for their art pieces. Just to mention a couple, Mogari no Mori, a movie about a young woman working at a nursing home and an elder woman living there was awareded le Grand Prix at the Canne Film Festival this year. In the world of Japanese literature, Hitori Biyori received the honor of Akutagawa Sho, the most prestigious award in Japnaese literature.

The stories around elderly; the wits of old generations, senile dementia and nursing care. They are touching and sometime beautiful. But wait, the stories are fictions. The fiction story depicts the modern society today in such a strategic way and thus so meaningful to have them. But can the reality with elderly in this modern era, relally be just beautiful and touching?

Here comes my story. My grandmother is such a lovely woman with the nicest hearts. Her husband or my grandfather died quite young and she had to live alone with a help from her family especially my mother. She is doing great but I can't imagine the challenge my mother has going through. Does the story has a climax or conclusion? No, in real life, unlike a fiction novel or film. the life goes on. My grandmother will keep forgetting every small thing like where she put her bank card, remember about what happened thirty years ago but forget what I said a few minutes ago, and forget where she parked her bicycle. The situation with my grandma isn't so critical. She is in the stage where she can forget things easily. Even with such light state, it is not easy. With many little challenges and frustrations of people around her but most importantly frustration of her own, the life goes on.

We are a bit scared about any challenge. We are really scared about a challenge especially if it affects us directly. We can be sad to face a challenge of someone we love, a challenge when our loving is getting weaker. Unlike book or film, nothing can glorify my story. It is the truth. It is tough but we can step forward when we accept the challenge rather than beautifying it.
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by Haruka_Miki | 2007-07-03 00:00 |