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パリ発 五感の穴

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コミュニティと祖母のこと

秋雨前線の影響を受けてひんやりとする秋空の中、幾つか用事があって、神楽坂に出かけた。用事の一つは、先代の先生の時代から家族でお世話になっている漢方の先生のところに行くことである。

幼き頃といえば、泥だらけになってみるだとか、かくれんぼしているうちに見つけてもらえずに一時間隠れっぱなしだとか、そういうのは日常茶飯事だったけれど、へんなところで大人染みた子どもというのが相場だった。例えば小さい頃から漢方薬だ鍼だ灸だとそういう類のものに関心を持っていたのは、おそらくおばあちゃん子だったことが多分にある。お祖母ちゃんが近所の先生のところに行ってくるよ、というと、子どもながらに身体が悪いから行くのだとはちっとも思わず、それよりは総合的に身体を見てもらいにいくらしいと合点していた。何となくその頃得た感覚が今でも自分の中にあって、西洋医学とはまた違う次元で陰と陽、身体の全体の流れを汲み取る漢方てのがどうも好きである。漢方薬てのはとかく苦い。今はお粉にしてもらったものもあるけれど、やっぱり煎じ薬に限ると祖母は言い、祖母の家にいくと漢方薬の匂いがたちこめるわけだが、それも小さい頃からだと慣れっこになった。

さて、今日は、久々に母と連れ立って出かけた。秋空を見て最初の話題は、やはり秋の行事についてである。アメリカに住まう母だが、先週は父とサイダーミルに行った話しをしてくれた。サイダーミルとは、りんご農場で、秋の風物詩として九月解禁で採りたてのりんごを使ったリンゴジュースとドーナツを売ってくれる。これが老若男女に大人気で、それこそ年を召したおじいちゃん・おばあちゃんの社交の場でもある。子どももやってきて、土日に行われるゲームやちょっとした劇を、みんなであぐらをかいてそれを見つつ、リンゴジュースとドーナツを頂くというのが、この時期あの場所の小さな楽しみだったりする。このリンゴジュースというのが、普通のジュースと違って、特徴的な酸味を持っている。だから、アップルサイダーと呼ばれている。

最近、我が家では祖母も年を老いてきたから、年を召した人たちの暮らしというのに自然と目がいく。家族と一緒に住んで、娘やお嫁さんを中心に、家族が皆で世話をするというのが日本でかつて当然だったことだと思う。それも変わってきているし、身体が元気なのであれば、グループホームだとか今は色々な施設もある。やはり家族として願うのは、祖母が幸せに健やかに過ごしてくれることであるし、できれば自助努力もしつつ、幾分かの周りの人々の力も借りて、今までどおりの生活もできたら一番いいなあと思っている。

ミシガン時代に、年配の方をお見かけすることがとても少なく、あの国には七十代より上の人はいないような錯覚にさえ陥っていた。高校時代に地元の老人ホームで三年ほどボランティアに行っていたのだが、その場位に限定されていた。今考えると、ミシガンは寒すぎて、元気なうちはそれこそ上述のアップルサイダー農場で半ボランティア的な仕事をしたり、最近母の話によると地元のスーパーの入り口でおはようございます、こんにちはと声かけをするのもご年配の仕事のようである。それ以降は、フロリダなどの温かい地に、自分たちが元気なうちに引越ししてしまう。あそこにはコミュニティがあって、年配専用のアパートやフラットが多く存在し、お互いに気をかけて生活ができる場所が沢山あるからだ。

漢方の先生とリンゴ農場と場所は違えど、コミュニティは何だろうと考え、おじいちゃん、おばあちゃんがハッピーに暮らせるにはどうしたらいいのかなあと思うきっかけになったのであった。
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by Haruka_Miki | 2007-09-29 00:00 |

Provoking idea

A very alluring project I just found out recently:
Pangea Day http://www.pangeaday.org/ by Jehane Noujaim
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Power is power, politics is politics, dipolomacy is diplomacy, media is media and border is border. But yes there is another force to be considered; an action by individual. The technology has lightened each individual more than ever.
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by Haruka_Miki | 2007-09-25 00:00 |

Same start, different path and vise versa

I met two groups of friends this weekend, friends from university and a friend from work. The unique thing about this weekend was that I didn't go to two different gatherings but the two groups and I actually sat down in a same table. The classmates of my university gathered as one of the classmates was getting married and they were friendly enough to welcome my colleague who just arrived to Tokyo from NY last night to the gathering.

For the former group, we went to same univeristy in Tokyo and were in a same political science intensive seminar three hours a week in our junior and senior year. We have studied the impact of globalization using theories by Anthony Giddens and Antonio Negri.

For the latter, we attended the same analyst program held in NYC two years ago. He was hired in NY and now requested to relocate to HK where he would start a new carreer in real estate investment within a same firm.What was so unique is the fact my friends from university and my friend from work have totally different profiles. They live, think and value uniquely different and I learn so many aspects of life from them.

Most of the classmates are working in different industry yet most are focued on domestic market and society. It is typical that many Japanese students pursue different career after graduation. This is the case for my classmates, too. We, first started as a political science major and now working for national government, investment bank, commercial bank, automobile firm, or studying law or medicine or working as a TV journalist, producer and magazine writer.

A classmate working for Ministry of Health, Labour and Welfare is now voluntarily in one year training at mayor in Niigata where he was responsible for eigty households under livelihood protection. His experience is uncomparable to that of mine. Unlike the criticisms on bureaucrats, he faces with people who are literally at the lowest standard of living in Japan. He takes all the challenges this rich society faces. So many experiences he went through that I am not entitled to prevail in this blog.

One thing my friend from work got surprised was the fact in Japan, what you major in wasn't so crucial when you decided what you wanted to do for work. For him, he majored in Economics and Finance and it was natural to pursue his career in finance. Well, with such openness the Japanese labor market had, I could enter to where I am with my background. With different start, my friend from work and I ended up getting a job in a same company. On the other hand, although with same start, my friends from university and I ended up doing something totally different.

No matter where we are, we make some decisions, and that impact the next decisions. We will cross each other's life or we may be apart. If we are in a same point, it is wonderful because we can share the same experience, feeling and learn together. If we are apart yet if we keep in touch, it is still valuable because we learn different perspectives of society from others.

So my univerisy friends and I are apart in terms of what we do in life. Apart from the fact a friendship is priceless, we hope to keep in touch like we are now. My colleagues and I are now in a same industry and I hope to have as much impact to each other as possible.

Now in globalization society, our choices are limitless. On top of classical choices like what we want to do, we have to make mind where we want to be. Or maybe in the era of technology, where you are physically isn't so important. Either way, in the era of multi-layered choice makings, it is wonderful that this weekend, my past and present friendship circles crossed together where we could all share time and experience when we have different backgorunds, experiences and feeling.
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by Haruka_Miki | 2007-09-23 00:00 |

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スポーツの秋。周りを見渡せば、夜黙々と公園付近を走るランナー、ヨガにはまって、インドにそのうち移住するのではないかと思わせる友人(いや、いつか絶対すると踏んでいる)、ウィンドサーフィンをやりすぎてある時ボードが目の横にあたって抜糸待ちの友人(話をしていても表情を作れないというので、終始表情が同じである。結果、私も段々表情がモノトーンに)など、皆何だかんだとスポーツが好きらしい。ちなみに、この二人の友人がタッグを組むと、ある日突然皇居周辺を走ろうなどとありがたい、けれどぜったい無理なお誘いをしてくれる。困る。

私はといえば、ストイックの反対を行くので、スポーツでもできるかぎりラフにできるもの、ないし、多少過酷でも自然と戯れることができるもの、など言っていて、富士山登山を最後になかなか身体を動かしていない。私も何かしたいなぁと思っている。周りもどうにか、インドア派の私の重い腰を動かそうと、色々と提案してくれる。その中で、自分がやってみたいなぁと思うのは、引き続きウェスタン乗馬、ベリーダンス、新しいところでロッククライミング、大人版ドロケイ@代々木公園(これ絶対面白いと思う。)である。

まあ自分でスポーツをする前に、観戦で意識を高めてみようと。日本全体が青いユニフォームで揺れるワールドカップでもいまいちそこまで盛り上がれない私だが、最近変化が起きていると同居人の妹は言う。世界柔道を見ていて、谷選手の試合に涙していて、そして彼女の記憶では、その前に私は24時間テレビで欽ちゃんが走る姿を見て泣いていたらしい。つまり、今までテレビがない生活を6年以上していたので、ブラウン管を通してスポーツする人々に感動するという感覚が全くなかったのだが、最近はその非常に現代人的な感覚が蘇ってきたということ?

そんな自宅でのリハビリ(?)も経て、昨日、今は独立して自分の会社を起こしている元ボスと奥様の呼びかけで、初めてスポーツバーというものに行った。元ボスはイギリス人らしく、やっぱり土曜日はビール片手にスポーツ観戦、が板についている(偏見)。ちょうどラグビーのワールドゲームが行われていて、イングランドの試合を見ようと、スポーツバーは人だかりだった。ラグビーはものすごく暴力的であった。なんというか身体と身体のぶつかり合いで、私は大学ラグビーは結構好きで試合を見に行ったこともあったのだけれど、まったく比にならない。モアイ像の如し大きな選手ばかりである。ぶつかればぶつかるほどバーの人々は大盛り上がりで、お店も盛況になった。スポーツが人々を動かすというのはこういうことなのだ。フーリガンが生まれる状況も、これを見ると分かる。

と、ラグビーを見に行ったのか、ファンの言動をウォッチしに行ったのか分からないけれど、差し当たり少しは身体を動かそうという動機付けになったので、スタートはコロナビール片手(カロリー消化するどころか消費)でもよしとしよう。
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by Haruka_Miki | 2007-09-22 00:00 |

La revolution du business

フランスLe Figaro紙の9月15日のウェヴ版に、「美術館というビジネスの変革」(原題 Musées : la révolution du business)」という興味深い記事があった。フランスにおいて、文化とビジネスは相容れない存在で、文化は常に国家の庇護下にあったこと(今も文化政策における国のその絶大な力は他のどんな国にも勝らないイメージ。というかフランスの文化政策は絶対他の国では通用しないイメージ)、ところが近年そんなフランスでも変化が起きていると言う。それがどのようなかたちであれ、従来とは資金の出処が変わってきていることははっきりしている。

例えばルーヴル美術館。9.11で少し観光客が減少したことを除けば、それからはうなぎのぼりで、2006年は8,300万人訪れた2001年比で60%増し。ちなみに、この観光客の数は、ニューヨークのメトロポリタン美術館の実に2倍だそう。観光客はお金に糸目もないので、入場料だけでなくお店の売り上げも2,100万ユーロとすごい。そんなこんなで、今ルーヴル美術館は90年代と比べれば予算も10倍とかなり潤っている。それに加えて、ドバイにおける美術館を新設するプロジェクトが実際に通れば、年間8,500万ユーロもの収蔵品賃料が舞い込む試算なんだそうだ。こうなったら、企画展の数も増えるし、プロジェクトも沢山できる。もちろん、伝統主義者はビジネスと文化が融合するなどは、やはりオカンムリで、ビジネスでいい風を吹き込むことに賛成の人々との間で、その溝は深いというのが記事の概要だ。

記事でビジネスビジネスと言っている割には、どの辺りでルーヴル美術館が商業化したと言えるのかは触れられていないのだけど、グローバリゼーションと持ち前のものすごい収蔵品の数々のお陰で、観光客が増えていて、寄付や国家の予算に頼るのだはない新しいお金との付き合い方ができるのだということ。でもこれって、ルーヴルだからこその話?

そんな中、フランスがやっぱり太っ腹だと思うのは、芸術系機関が、とことん学生に手厚いこと。ルーヴルの一年間の学生パスは破格だし、ソルボンヌで舞台マネジメントを勉強する(いや、最近身体論に関心があると言っていたような。)友人は、そこここで様々な展覧会に無料で行ける。そんな学生達からお金をもらわなくても、ちゃんとまわってるわよ、というのは潔い。さて、日本の美術館はどうなのか。海外からのお客さんというよりは、日本人のわたくしたちが有名な特別展が海外からやってくるたびに、長蛇の列で並ぶとか、そういうイメージだ。そもそも、美術館の損益計算書、バランスシートってどういう感じなのでしょう。もっと気になるのは、メトロポリタン美術館の来客数がルーヴルの半分というところで、収蔵品と立地以外の、本当の意味での「商業主義」の注入が、どれだけ集客につながっているのかとても気になる記事だった。
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(ルーヴルの写真がありませんでした。代役出演ホームステイ先のシャルロット、当時6歳。もはや立派なパリジェンヌ。かわいい時々かなりの面構え。けんか上等。得意技はゴム飛びと両親への上手な甘え方。これには脱帽。)
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by Haruka_Miki | 2007-09-19 00:00 | 芸術

甘い果実の誘惑

残暑の日差しの今日、一番のごちそうはちょうどよい日陰のできたベランダで、入道雲を見ながら、冷えたアイスコーヒーと、果物をベランダで食べることのような気がしてました。ぶどうに梨、りんご、バナナと果物ばかり食している気がします。水を飲むにも、レモン水を飲んでいます。

ちょうど今読んでいる、V.S.Naipaul旅行記に、次のようなくだりがあります。

f0079502_1814419.jpgWe stopped at a bus-and truck halt, with a big rough cafe in Mediterranean colours and a watermelon stall on a platform beside the road. The watermelon man, seated at his stall below a thin cotton awning that gave almost no shade, was sleeping on his arms.

We woke him up and bought a melon, and he lent a knife and forks. Behzad halved the melon and cut up the fresh, and we all three - the driver joining us without being asked - squattered round the melon, eating as it were from the same dish. Behzod, I could see, liked the moment of serving and sharing. It could be said that it was a Muslim moment; it was the kind of sharing Muslims practised-and the driver had joined us as a matter of course. (V.S. Naipaul, Among the Believers, 1981, Paper cover, Page 39)

こういう風景を、旅人はよく目にすると思われます。地平線に続く埃っぽい道中央アジアのであれ、熱帯の青々した木々に覆われた東南アジアの道であれ、どこかで果物をぶらさげて売っている人々を必ず目にします。カンボジアの道ではドリアンを買い求めたり、ベトナムの飛行機で友達になったおじさん(かなり哀川翔似)にはスターフルーツなどご実家でとれた果実を山ほど頂いたり、セビージャの市でバナナを買ったり、ペルーのホームステイ先ではとても気に入ったフルーツの種を日本まで頂いてきたように記憶しています。なんとなく、お茶を囲むと同じく、旅人を癒してくれる、そんな存在が果物です。もしかしたら、私のバナナ好き(学生時代の友人は、それを証言してくれるはずです。バナナ携帯ケースを誕生日に頂いた位です。)は旅に起因している気がしてきました。

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そんな残暑の空を見て、とてつもなく食べたいのがマラクジャです。ペルーのお家には、いつも熟したマラクジャを水につけたジュースが、日本のお家の麦茶のような感覚で冷蔵庫に入っていました。私はこのジュースが大層気に入っていました。マラクジャは中が種でできており、果実を食べるときも、基本的にこの種のまわりの果実部分を食すのですが、パッションフルーツであり、さっぱりとしていて美味です。強い木だそうで、種を植えるといいよと言われたまま、三年が経とうとしています。

という果物へのこだわりも、おそらくは隣の芝生な部分も往々にあり、またその果物に旅を感じずにいられないからだと思います。良き友人のシンガポール人は、東京在住中に果物が美味しくて感動し、東京を離れる時、いちごをそーっと両手いっぱい手荷物で持ち帰っていました。私にしたら、パッションフルーツを中心に南国は果物に恵まれていると思っているわけです。

とりあえず、今はマラクジャの写真でも見て、今はマラクジャへの想いを絶つことにします。
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by Haruka_Miki | 2007-09-16 00:00 |

CMの影響

最近、圧倒的に物欲が少ない。気がする。最近の若者は車を買うだとかなんだかより、貯金思考が多くなってきてるらしいよ、上司と一緒にノミニケーションも少なくなって、そういうところでも昔よりお金を使わないんだって、と私に輪をかけて若者代表の妹から聞いて、そうかなぁ?と思い、巷ではバブリーな人もいるけれど、それは一部ってことか、私の場合いや別に貯金思考なんでなくて、単に欲しいと渇望するものがないのだよな、と思っていたりした。

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で、先日i pod nanoのCMを見たところこれはいい!と思った。何かを買うために予約とかしない私が、予約してみてもいいかなと思った。i pod shuffleがあればいいんじゃないかと思いつつ、でもあれだとラジオが聴けないので朝は困る。と言い訳してみる。(たぶんnanoの売りはそこではありません)

美とは何かという話が以前あって、知人が、i podは美しいと言っていた。美を一口に言っても、色々なことを考える人がいるな~と思っていたが、今回のi pod nanoのCMは自身のツボを得ていたので、氏の発言もなんとなく理解してきた。私の場合はmacはクールと言った方が気持ちに即している気がする。

macといえば、中高時代はmacと学校が強い関係を持っていて、私のイメージでは学校はmac、家はwindowsだった。大学に入って、i podが出る前は、macは通が使うものでそれ以外の者々はwindowsというイメージに変わった。そして今、macがまたフィーバーしている。友人Jは大のマック信者で、何でもかんでもmacだが、、通以外の一般人(私を含む)がMP3に牽引されてmac mac言い出している気がする。

で今回のi podである。私の好きな歌手feistが80年代風だかLA風だかのスパンコールのスパッツのような服を着て、数字の歌を歌いながら踊っているやつだ。なんとなく、macにはこのなんとなくダサいけどクールな雰囲気がとってもマッチする。変人だけどスマートとか、普通だけどちょっと違うとか、肩の力が抜けてるけどいい感じ、とか、○○だけど○○が私の現在のmacである。

というわけで、○○だけど○○を目指す一般人も含め、最近のmacはかなり熱いなあと思う次第。その上を行く、i phoneはそれこそすごい。物欲を久々に刺激されたのであった。CMに刺激されて、めちゃくちゃカラフルなスパッツとか履き始めるのでしょうか。腰に細い布とか巻き始めるのでしょうか。また妹が視覚の第一被害者になりそうな恐れが。彼女の包容力があれば大丈夫、なはず。。
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by Haruka_Miki | 2007-09-14 00:00 |

Green House Grown

There was some lecture session I have attended tonight and a presentor commented about living in Japan with a very fresh and keen metaphor.

"Working in Tokyo is like concealed with a warm shield, just like living in a green house."

Once you are out of this country and see the dynamism of the world, you will see how protected this society is, and how comfortable the place is. I guess the line has two meanings. The surface tone is the satisfaction and the happiness with the comfort. Another layer is the alert to such.

If this place is indeed a green house, am I really aware how freezing and windy the outside the green house is? Not really. Am I curious how outside is? Yes. Am I in a way reluctant to find it out? Yes and No. Will I be content with the comfort? Yes in daily life but maybe not in a medium & a long term.

So, what is out there outside our green house? Am I going to see that or keep holding the warm shield of plastic surrounding me?
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by Haruka_Miki | 2007-09-12 00:00 |

まるこめくんとママ

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帰り道に見た花屋の花が、我が家の猫氏と相性がよさそうだということで、買って帰った。犬派ですが、この家は猫の置き物が結構ある。猫氏は、メキシコ・ユカタン半島で買ったもので、花となんとなく同じ雰囲気なのだ。

と、ユカタン猫を思い浮かべて帰路についたところ、バスの中のお母さんとまるこめ坊主の坊やの会話がとてつもなく愛らしく。幼稚園年長位のまるこめくんは、何かを悩んでいる模様。どうやら、なんで自分が足が速くないのかとかそんなことのよう。それに対してママは賢かった。

ママさん「でもさ、皆同じことが上手だったら、つまんないじゃない。お絵かき上手な子がいたり、かけっこ得意な子がいたり、そういう方が、面白いじゃん」
まるこめくん「そうだねぇ」

ここで納得するのが、大人の心得だけど、子どもは切り替えしがまた鋭い。Best oneじゃなくてOnly oneになろうとかそういう美しいことを言っても、それが現実にはきれいごとなこと、わかってらっしゃるようで。

まるこめくん「でも、みんなが本当に色んなことで上手なのがいいんだったら、なんでアンパンマンではアンパンマンがいっつも勝つし、主人公なの。なんでばいきんまんはいっつも負けるちゃうの。みんな上手なことがあったら、そんなのおかしいじゃない。」

そりゃあ、アンパンマンがヒーローで、バイキンマンが悪役だからしょうがないよ、などという大人の理屈は通用しません。ママさんも思わず、うなっています。
ママさん「そうねえ、確かにバイキンマンはとっても頭がいいし、それがいいところだよね。でも、ちょっと大切なもの見えてないことが多い気がするな、ばいきんまんは。お友達のこと大切にする?アンパンマンも苦手なものもあるだろうけど、アンパンマンは心がある気がするなぁ。」まるこめくんも納得。上手いことあるだけじゃダメなんだ。

まるこめくん「ママ、なんでドキンちゃんはあんぱんまん達に悪いことしないと思う?」
ママさん「どうしてかなー。ヒロくん知ってる?」
まるこめくん「だって、食パンマンのこと好きだからだよ。好きな人には楽しくいてほしいでしょう。」なんだか、恋の話にまで発展してきた。

で話は続く。まるこめくんはよほどアンパンマンを熟知しているらしい。
ママさん「で、ヒロくんはアンパンマンの誰が好きなの?」
まるこめくん「僕はね、かれーぱんまん!」
ママさん「ふーん、なんで?」
まるこめくん「だってカレー好きだもん」
よかった!発想が子どもだ!

ママさんも負けずと続く。
ママさん「ママは天丼マンが好きだなー。だって天丼好きだもん。あれ、そういえばカツ丼マンていた?あれ、カツ丼パンマン?ははは、カツ丼パンってすごくおいしそうだね~。」

楽しい二人のお喋りはバス停まで続いた。同じバス停で降りたから、あんな素敵なママさんとまるこめくんと私はご近所なんだなと思って、なんとなく嬉しくなった。
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by Haruka_Miki | 2007-09-10 00:00 |

From the roof of Japan

After decades, I finally made a trip to climb Mt.Fuji. Typhoon just passed by last week and that made the climb not so easy. The paved path around hat was covered by 50cm dirt, stones and rocks. Yet, the team of 9 has successfully completed the night climb and reached the summit at 5am plus this morning. The heavy crowds covered around the summit. We were lucky enough to see the sunrise!

With the crowds winding speedily, the view was rather visionary and breathtaking.
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(Mt.Fuji, Japan, Sep 9, 2007)

Round applause to the team. More than the scenery, what was touching was the friendly, gentle, kind and dearing individual who thought about each other more them him/herself during the climb.
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by Haruka_Miki | 2007-09-09 00:00 | Nippon