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パリ発 五感の穴

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揺らめき

口説き文句は山ほどあるだろうし、口説かれ方も五万とあるかもしれないが、あいにくここは私がいかに口説かれたかという話しではない。ま、そういう話をするほどネタがないかもというオチもまた乙として笑っていただきたい。決して口説かれているわけでなく、しかし、今まで頂戴した言葉の中で、最高に私の中のフェミニティをくすぐった言葉の一つは、「あんた、今にここのジャズの歌い手みたいないい女になるよ」である。それは、ある音楽家のただの感想・印象・言葉であるけれど、言われた私は、勲章をもらったみたいな我が物顔で帰路に着いたのだ。そして、こうして今になってもその勲章を言いふらかしているのだから、あいにくまだ私はその言葉ほどの人間ではない。

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(記憶が正しければ、これはリンカーンセンターのロビーかと。あの深紅と金の飾りが、なんとなく日本の器に相通じて、嫌らしくなくてとても好みだった。)

学生時代のバイト先のお偉いさんには、ジャズに精通した人が今覚えているだけでも数人はいて、そういうお偉いさんは、よく若者の私たちを行き着けのジャズバーに誘ってくれたのだ。十八やそこらの大学生一人では絶対に行かぬような渋いバーは、時に銀座という最も相容れぬ界隈にあり、もう少し親近感が湧く吉祥寺であったりした。前者においては、なんとも美しい銀髪のご婦人と男性がピアノをテーブルにピンと座るその空間であり、私にとってはかなりの衝撃で、タイムスリップをして文明開化に花開いたモボ・モガを見ているような印象であった。その場においてすっかり浮世離れしているのは、私の方であることは確かだった。後者の店は、もう少し庶民的であり、団塊の世代の汗が光るような、しかしあの世代独特の情熱と憂いが同時に混じるような空間で、若さを振りかざして、いやとりえといえばそれしかない学生とは雲泥の差に魅力的であった。

吉祥寺の店は、アーケード街がそろそろ終わる当たりを右手に行って、薄暗い階段を上ったところにあるジャズバーであった。あった、と書いたのはもうそこがこの春にその長い歴史に幕を閉じたことを、つい先ほどネットサーフィンしていて知ったからだ。セッションが始まる前に早めに行くと、ブチッとレコード特有の音をもったゆるりゆるりと味のあるレコードをかけてくれて、セッションの時間になると、重いカットの髪をいい具合にカールさせたボーカルの声に、ピアノとウッドベースの音が幾層にも響いたのだった。あの店は、もうないらしい。

その店に連れて行ってくれた上司が、何千ものレコードやCDを持っていて、その中で最初に薦めてくれた作品はMiles DavisのRelaxin'とBill EvansのUndercurrentであった。「あのアルバムそれぞれのさ、最初がいいんだよ。最初がさ。あれには適わねえ。」そう言って、セッションの前のあの店で、二つのレコードを聴いた。

あの店が閉まって、よかったような気もするし、とびきり残念な気もするし、までもいずれにせよ、現実に残るのは、そこが閉店した、という事実だけである。今でも、勲章にしている言葉を頂いたあの場は、もうなくて、私はやっぱりそっとその二つの作品を今一度聴いてみるのだ。
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by Haruka_Miki | 2008-06-30 00:00 | 芸術

周五郎さんの続き

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(チリ・サンチャゴの道端の画廊)

周五郎さんには続きがある。読書はたいがい、カフェだか、黙って木の下だか、机に向かってだか、ソファに寝転がって自分自身の思考を道連れに、無音の中で、頭の中で作者の言葉を繰り返すことを至福とする。そうしてすっかり一つの世界観に包まれながら氏の本を読んでいる時、同僚がその本を読んでいる私を見つけた。聞けばぜひ読みたい本なのだ、と言う。読み終わったし、とにかく印象的であったので、読み終わると、ある朝、その本を同僚の机にそっと差し出した。同僚もまた感銘を受け、隣の席の同僚にまた貸しし、それ位よかったのだと同僚が感激したのを聞いて私もとても嬉しくなった。お礼に、今度は、同僚から私に本の貸し出しがされた。今度は他の群集劇な小説を同僚にお渡しした。

こういうのはよくあって、音楽や本や映画などの薦め合いは楽しい。大体、趣味が極めて内省的なものであることもそれに影響するのだが、やはりこうした芸術作品を共有して楽しむことが、自己完結的に終わりがちな世界を拡げてくれる。そして、自分の大切な人間や、そこまでいかずとも他人様を知る上で、こうした作品が一つのキーになることが往々にしてあるからだと思う。同じ作品を互いに好きであることの共感は、心地よい。同じ作品を手に取ろうという決断自体もまた、乙である。

小学生の頃の記憶と共によみがえる。小学校で、本を借りるときには、必ず自分の名前を裏の貸し出し証に記入するわけで、ある本で見た名前が、次に選んだ本にも登場すると、小学生ながらに相当胸を躍らせた、そんな過去の記憶は今に通づるところもある。
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by Haruka_Miki | 2008-06-26 00:00 | 芸術

スコーンとメープルシロップ

土曜日、どうしても焼きたてのスコーンが食べたくなりました。

母が数週間前に持ってきてくれたメープルシロップが空けず仕舞いだったし、どうもこうにも外食が多くなる自身への戒めも込めて、自宅で作ることにしました。ちょうど、国産の薄力粉も我が家にあったので、とりあえず作ってみようということになったわけです。

ところが、肝心のバターが冷蔵庫にないのです。外に出たついでに寄ったデパートで、バターは驚くほど高価で買わずに最寄り駅へ。家の近くのスーパーをのぞいたところ、バターが見当たりません。聞くと、品薄で今日は品切れと言います。そう言われると、どうしても欲しくなるのは人間の性で、ようやくあきらめ顔で入ったコンビニでバターを調達しました。無塩じゃないけど、贅沢言えない、ようやく出会えた通常価格?のバターに感涙しました。

そうなのです。世の中は今、石油に始まり資源全般の供給で相当の不安を抱いていて、これは食料にも言えるわけで、世は食の安全保障、食糧の安定供給で持ちきりなのです。当然、それに付随してあれが食べたい→購入、という図が多い私は、パンが高くなった、ハーゲンダッツのアイスが高くなったとピンポイントでそうしたことに気づいています。それなりに、自身の生活に影響をしているわけですが、いわゆる、店に行ってもバターの棚にバターがないという、子ども時代に旧ソ連の街角の中継テレビで見た光景に遭遇する可能性はほとんどないに等しいわけです。平和ボケの私は、バターがないのか!→『わたし』もバターが買えない事態なのか!と初めてここで気がついて、慌てました。

当然、店自体がそういうリスクに備えていないとか(実際、以前納豆ダイエットなる番組が放送された時、店からは納豆が一週間ほど消えて、、毎日一つは食べたいわたしは困りました)もあるのですが、それ以前の問題として、事実一定の品目はすこしまえに比べるとなかなか調達しにくくなったのをこうして肌で感じるのです。

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(こういうのも実は貴重な食べ物?)
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by Haruka_Miki | 2008-06-22 00:00 | 五感

何を待っているのだという気づき

人間、時間が限られれば限られるほど、当たり前のありがたさを感じるわけであります。
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(高校時代にお世話になった家庭教師・よりこさんは作家さんでもあり、彼女の版画の作品です)

気の置けない人とご飯を食べることが、どんなに素敵なことか。大切な人と笑い合う、同じ芸術作品を楽しむ、エクスカーションに出る、本を読む、鍋をつつく、同じ釜の飯を食らう、杯を交わす、シーシャを楽しむ、外をわんちゃんみたいに走り転げまわる、街を早足ですたこら散歩する、語り尽くす、そういう他愛もない時間のありがたさを、温かみを感じます。今、あなたと時間を過ごせることはどんなに素晴らしいことなのか。

忙しい!仕事楽しい!な毎日を自身がかなりエンジョイしているこの頃ですが、それはほどほどにしばらくはちょっぴり遠くなってしまう大切なあなたとの時間ほど尊いものはないのであります。いつもの面々も、ちょっとお久しぶりのあなたとも、しばらくまた東京を離れてしまうあなたとも、会いたい、そうだ思い立ったが吉日。そう思ったら大変だ。はよ、うごけー、自分よ。猶予は8月末まで。
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by Haruka_Miki | 2008-06-18 00:00 |

席の地政学

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(上空から見たブエノス・アイレス。水の色がね、イメージの南米のまんまでした。)

最近、ビジネス空間での距離感について考える機会が多いです。距離感というのは、メタフォーな距離感ではなく、そのまま身体的な距離感が仕事に与える影響について、です。

例えば、テレビ会議。国境を超えた会議、異なる都市間でのオフィス間の会議、世の中便利になったものです。でも、重要なコミュニケーションはvis-a-vis、面と向かってでないと駄目だなぁというのもまた然りでして。テクノロジーの進化によって、コミュニケーションツールがどんどんよくなる中、実は人々は本当の身体的な距離感をとても重要視していて、同じことを話しても、面と向かってだからうまくいく、同じ会議室だから分かる、というのが相場です。あれは、なぜなんでしょうか。

同じ空間・時間を共有する場合でも、それに加えてどこに誰がいるかという位置関係が人のコミュニケーションに与える影響は少なからずあるのだとか。自分と他者との関係などを考える心理ゲームなどだと、座り位置によって他者に与える印象が異なったりする、というのを聞いたことがあります。前に座るより、隣の方が親近感がより湧くだとか、右隣と左隣でも差異があるだとか。その辺の細かい話はわかりませんが、私たちは普通の生活で人との距離感を保ったり、近づいたり、言葉の世界や二次元の画面上では伝わらないものを互いに放ち、感じ合うんでしょうかね。

そんな中、ここのところ気になっているのは席の地政学とでも言いましょうか。一つのチームの席の配置と人の位置関係。レイアウトといったところもそうですし、それが決まったところで、誰がどこに座るか、はかなりその組織を反映するし、誰が誰の近くに座るか、というのもまた仕事上のコミュニケーションに影響を及ぼします。皆無意識にやっていることですが、二つの組織で働いて比較をすると、その差は歴然です。それは、私自身がどこに座っているかという個人レベルからの問題提起でありますが、これが意外と、ただその席が空いていたから、以上の意味合いを持っていく気がします。

この辺が、気持ちの上ではSOHOな働き方に大賛成であるものの、しかし現実的な問題としては、個人商店のお仕事で無い限り、やはりなかなか難しいところもあるのかな、と考える所以です。
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by Haruka_Miki | 2008-06-17 00:00 | 経済的営み

濃淡診断

好きなベースカラーは何でしょうか。
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(The Met Museumのドレスの展示)

私は、身に着けるものならば元来黒が大好きで、一番落ち着く色の一つでした。なお、部屋であればベッドルームは白というか色っ気の無さを好み、そこにサンタフェ仕様の鏡を置いてみようだとか、照明だけは青の硝子のものにしてみようとか、端っこには青っぽい火鉢があったりとかで、学生時代からこの調子ですから実年齢より渋いものを好む傾向がずっとあるような気がします。

それが、ここ最近はちょっとばかり変わってきているようです。居る場所、という意味での色合いに関しての嗜好はさほど変わらずですが、身にまとうものに関しては、少しずつ変化を感じます。洋服の場合、これまた好きな藤色や、美しい緑や、深紅や鮮やかなピンク、白にベージュといった落ち着く色まで、色々をその時々で取り入れてうししと思っているわけですが、最近はどうやらこのベース色の好みが肝なのですね。ベージュや白を基本に、優しげな色をまとうことを厭わなくなりました。当然、突然着るものが変わるわけではなく、あくまで些細な変化ですので、一向に黒もよく着ますが。

性格は一向にいつものままですが、自分がまとうもののベースの色というのは、結構その時々の心境なり心持ちを示しているような気がしてなりません。

ちなみに、藍染めの藍色をまとって小粋になれるようになったら大人としてかなり一人前だと思う日々ですが、その境地にはあと数十年はかかりそうです。
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by Haruka_Miki | 2008-06-12 00:00 | 五感

ニューヨークの縁側でできるコミュニティ

至 ニューヨーク、Lower East Side。
ノンフィクション・3コマ写真劇場

わんわん、きゃんきゃん、こら、そんなに皆騒がないの!もう絡まっちゃったじゃないのぉ。あら、あんなところに日本人のお嬢さんが。ちょいと、あなたもここにお座りなさいな。あなた旅行者?住人?
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あら、お隣のジョンさん。バーニー、わんちゃんたちにドーナツ買ってきたよ。食べるかい?もう夕飯時だからお気持ちだけ頂くわよ。ありがとうね。ジョンはうちのご近所さんよ。あなたもこの辺に住めばすぐに顔なじみね。
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そろそろ寒くなってきたわぁ、みんな帰る?(男性が通りすがる)あら、ミスターごめんなさい、うちの子たちは皆すぐ吠えてしまうのよ。この子(犬の一匹を抱きながら)は特にそう。犬のシェルターに保護されたから、人間への警戒心が強くって。ところで、あなたこのあたりにお住まい?あら、そう!今度エスプレッソコーヒーのカフェをオープンするの?あそこの角ね。もちろんチェックしてるわ。今度ぜひうかがわせてもらうわね。
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おしまい。

登場人物のバーニーは実在する女性で、私が前回ニューヨークに行った際に出会ったのですが、主婦・都市社会学の研究者でした。東京でもこういうベンチがまた街中にできたら、もっともっとコミュニティの人と顔なじみになれるるなぁと思ったのでした。
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by Haruka_Miki | 2008-06-10 00:00 |

ナツ初め

帽子を被る方なのですが、気に入りの黒の麻製ハンチングを旅先で紛失してしまったのと、ハンチングは他にもあるということで、代わりに麦わら帽子を購入しました。
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麦わら帽子は、Ecua-Andio社というところのもので、裏のラベルには、『panama hat』の文字が。そうです、これは麦わら帽、ではなく、どうやらパナマ帽と言ったほうがしっくりきそうです。男性のものもお店には売っていて、こちらもパナマ帽らしく、素敵でありました。

結構蒸し暑いなぁとシンガポール料理を昼ごはんに話していたら、連れ立った友人もハンモック・芝生・読書の三点セット好きだということが判明したので、今年の夏は、公園を陣取る太鼓部隊のドラムの音をバックミュージックに、この三点セットにパナマ帽も仲間入りさせて、ナツを満喫したいと思います。チノパンの短パンにTシャツ&サンダルで繰り出したい方はご一報ください。ほっこりし疲れた(?)後は、近所の美味しいハンバーガーなど食べつつ昼からビールなどを開けちゃおうかしら。
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by Haruka_Miki | 2008-06-08 00:00 | Nippon

嬉しい日

大学のゼミ仲間の結婚式に参加しました。北海道・九州からも集結し、先生の音頭で杯を交わし、懐かしい面々と会えてとても楽しい時間でした。12名のゼミ生中、9名が披露宴からの参加で、新郎Oちゃんの何人にも愛される人柄を証明していました。先生を中心に、ゼミ生でテーブル一つを囲んでいたので、途中から完全に同窓会のノリになっていましたが、久しぶりにこうして学び舎の仲間の近況を聞きあうことは本当に楽しく嬉しいものですし、それぞれの道で元気にやっている姿を見て、互いに鼓舞されもします。

先生が乾杯のときに話していた言葉がとても印象的だったので、記しておこうと思います。愛すべき男性アイドルのOちゃんが、いかに教養人たる風格を身につけたか、その影に奥さんとの出会いがあったかというものですが、教養人について以下の引用です。

教養人とは「あらゆることについて何事かを知っており、何事かについてはあらゆることを知っている人」

先生の専門、そして政治学のゼミとして最初に読んだ丸山眞男氏の言葉を引用してのスピーチです。ジョン・スチュワート・ミルの言葉を引用して、丸山氏が「社会科学入門」で書いた言葉です。ちなみに、氏の言葉は政治学者について述べたもので、以下のように続きます。「指揮者は管弦楽のあらゆる楽器の専門奏者には到底なれないが、少くもそれぞれの性質や奏法を一応全部知っていなければならず、しかも指揮法については徹底的に精通していなければならない。政治というのはつまりおそろしく複雑な楽器編成をもった人間社会をコンダクトして行く技術であり、それに関連する科学的知識の体系が政治学だということになる。それがどんなにはるかな目標であり、どんなに険しい山谷が横たわっていようと、この途を倦まずたゆまず辿って行くのが政治学に与えられた運命なのだ。」

曲りなりにも、政治学のゼミ生として学士を卒業した私たちの今を見れば、医学の道、ジャーナリストと様々です。けれど、学生時代の礎を元に、様々な事象への眼差しと感覚を研ぎ澄ませ、しかしながら自身が選んだ道に関しては出来る限りの深さを追求すること、それは私たち一人ひとりが目指したいところなんだと思います。日々の諸処で忙しくしていると、その大きなところでの方向性は忘却の彼方ですが、先生の乾杯の音頭は、久々に晴れた爽やかな初夏の日の乾いた喉を潤してくれるだけでなく、皆の心にもじーんと染みて、一層酔いの回りを早くさせるのでした。
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by Haruka_Miki | 2008-06-07 00:00 |

そうだインドに行こう

地下鉄の吊り革広告には雑誌の見出しが。「とびきり贅沢な新リゾートへ インドで極楽!

そして、朝、吊り革広告を見た女子たちの職場の会話。「あれだけ読んでうっかりインドに行っちゃったら、大変だねぇ。」そう、インドは少ない経験だけだけれど、うっかりのノリで行っちゃったら、それはそれで楽しいだろうけれど、全体的にはだいぶうっかりさんだと思いますわ。ここは、どっぷり、しっかり、全身全霊で心して行くべし。
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以前の北インドの旅行で、完全にインドに魅せられた私ですが、ちょうど先日インド人の奥様のお宅でインド料理を満喫する会がありました。チャパティ久々に食べました。お家にある数々のインド小物たちがとても素敵でした。二十五年前にインドの文化とサンスクリット語を学びにインドに留学していた日本人のご婦人や、地元のくず餅屋ファミリーや、新たにインド人ご夫妻と友達になり、インド・イン・東京はかなり濃厚な残り香と共に、しっくりまわりの街の雰囲気、建物の雰囲気に溶け込んでいるのでした。

インドは、またいつか近いうちに、長い時をかけてバックパッキングしたい地のひとつです。北インドを10日ばかり旅行しただけでは、まだまだまだまだ見たいものは数えられないほどありますし。今は、それ以外のところで、そう、日本国内でも十分可能な様々な方々との交流、その他のチャンネルを通じ、知識や経験知や拡がりをもっていきたいと思います。
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by Haruka_Miki | 2008-06-04 00:00 |