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パリ発 五感の穴

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美しい文章を書く人

言葉って、とても力強い。そう思う今日この頃です。同じことを言うのでも、人によって幾通りもの言い方があり、それがその人の為りを映し出し、ある時は覆い隠し、ある部分を強調しもします。言葉遣いに感銘を受ける友人は数人いるわけで、私はこっそりその人たちとお話する機会や文章のやり取りをする機会があると、彼ら・彼女らの言葉をかみ締めるために何度も言葉遣いを頭の中で復唱していたりします。

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(ヌメアの洋品店にて)

さて、友人とはまた異なる出会い方で、そうとあることから知り合った人の、言葉遣いにはいつもほれぼれします。それは、以前お話したニューカレドニアに旅人として舞い降りた際に出会ったピザ職人。テクノロジーの恩恵にあやかり、今でもたまにオンラインで話をするのですが、今日極めて久しぶりに近況報告をし合う機会がありました。この人の言葉遣いは、とてもらしくていつも言葉を受け取ってはその余韻に浸るというものです。

いずれにせよ、面白いのが、これが日本語=私の母語であれば、もしくは英語=それなりに精通している言語であれば、言葉の美しさやバランスの良さを受け止めるだけの土壌が自身にもあるというものですが、この友人はフランス語で私に話しかけてくるわけですから、上記のような言葉遣いのひだの部分まで当然分からぬ私が、どうしてそこまで、まだ勉強途中の言語に対して感銘を受けられるのか、という誠に正論な疑問まで湧きあがってきます。しかし、自身がこの職人ほどの語学力を持っていなくても、何か美しい文章に触れたとき、言葉の選択の繊細さを感じるのは、字面ではなく、全体的なものから出るニュアンスであり、そこに思慮深さや人の欲なり弱さなりを散りばめた、その危うさや活き活きとした様子は、語学力に関係なく、いいものはいいとすっと分かるような気がするのです。

その職人ですが、彼が大学に行ったと言っていた記憶はありません。ですが、私が知りうるフランコフォン(サンプルは当然多くはありませんが)の中で一番、この彼は美しい文章を書きますし、彼自身を投影していることがありありと分かり、なるほどそこに職人らしさが随所に現れているのです。学があるというのは、時に形骸化すらしている学位ではなく、こうしたナイーヴなまでもの細やかな言葉遣いができるそのデリケートさや、何かを熱く感じ、それを受け止められるような情熱さと穏やかさのバランスであり、この短い間にできた友人はまさにそれを持っているからこそ、氏が記すメッセージは実に美しいのだと思うのです。

もちろん、言葉遣いはメッセージの表部分であり、結局この友人は短い期間ながら、馬が合って心をさらけだして色々を話してくれているから、ほれぼれする言葉自体は、選ばれし言葉たちが彩りを添え、ただただ職人の内面的な豊かさを紹介するのに一役買っているだけなのでしょう。
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by Haruka_Miki | 2008-07-29 00:00 |

夏休み気分

町中が夏休みの雰囲気で満ち溢れているのは気のせいではないと思います。近所の公園では、毎年恒例のラジオ体操が行われているようですし、夏休み用の大きめの映画も沢山広告を打っていますし。暑くても、汗かいても気持ちいいです。ビーチサンダルで街に郊外にくりだしましょ。
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鎌倉で朝ごはんを食べよう!ということになり、billsへ行きました。夏は日の入も早いし、寝るのにも暑さで体力を消耗するからか、朝ごはんを一層しっかり食べたくなる気がします。billsは話題になっているお店のようですが、コンセプトが今の時代にとても合っているのでしょうね。そういうところ、勉強になります。なお、パンケーキがとても美味でした。メープルシロップは幸せな時間を作りますね。

江ノ電界隈はもう夏を感じるには打ってつけです。丘の上から江ノ電の線路が見えて、黄色い踏み切りを超えたら、垣根の向こうに広がる海。そういう画が、自分の中の子ども心をくすぐらない訳がないのです。子どもの時好きだった漫画に、谷川史子さんの『各駅停車』という作品があります。この漫画は、七里ガ浜界隈を舞台にした小さな恋物語なのですが、この辺りの柔らかな表情をとても上手に伝えていて、この作品を十数年ぶりに思い出しました。ラジオのDJも湘南の局はなんとなくゆったり。思わずはっぴいえんどを口ずさみたくなります。

夏は疲れるからすぐお腹が空くのだ、と言い訳しつつ、散策したり日焼け跡をつけた後はまたご飯のことを考える。神奈川県はなんだか色々がやさしいところです、と言うと神奈川県民の手前味噌になってしまいますね。さて、朝ごはんもさることながら、昼ごはんの茅ヶ崎・えぼしの生しらす丼がまた美味しくてにこにこ帰路に着きました。

東京に戻り、初めて隅田川の花火を見ましたが、郷愁に駆られます。花火を見ると。小生の場合、日本で好きな季節は秋、春、夏、冬の順番だったのですが、夏が一気に大好きな季節になってきました。それは、東南アジアのそれとも、南米のそれとも、ヨーロッパのそれとも、アメリカのそれとも全く違う、日本の夏なのです。こんなにも美味しくて、楽しくて、自然体な季節は、汗かいても、お洒落が台無しでもそんなこと気にしないほどの魅力に溢れているのですから。
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by Haruka_Miki | 2008-07-26 00:00 |

語る。新しい出会いをする。

もう既に参加者を知っているようなclosedな関係の中での会は、元来好きです。気心が知れた少人数というのは、色々な話をする上で最適だったりしますし。こうした仲良しこよしをもてることは、とても素敵で平和で尊いことをお伝えしながら、時に新しい出会いにつなげていく会があると、それはそれでとてもありがたい機会です。
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(アトランタの空港にて)

ここのところ友人の紹介でいくつかの会、また新たなサシでのご飯等に参加して、それぞれとても面白かったのですが、発見は、必ずしも自身がclosedな関係以外は臆病になってしまうだけでなく、そうした新しい出会いも異なる楽しみがあるということです。そして、今も昔も、ですが、この新しい出会いには共通の友人があったり、共通項があったりで、また次なるネットワークが構成され、次なる友達の輪が自分が望むだけずっとずっと続いていくんだと思います。その輪を拡げるも、現状維持するも、狭めるも自分次第。贅沢にも、輪も拡げたいし、新たな出会いはできるだけ掘り下げたい、もちろんその前に気心が知れた相手とはもっともっと沢山の経験や思いを共有したい、そう願うのです。

一つの会は、とある会社の新しい香水のプロモーションのための集いで、ゆうめいじん(ジャノメじゃないよ)が沢山いて、珍しい会だったのですが、メディアの中での人、も当然ながら普通に生きているのであり、メディアを通じて知ったのが最初である場合、その出会いは当然超現実的です。ブログを読んでいるプロスケーターの方がおられたので、話をしましたが、最近起業したことなどを聞いていて、当然のことながらああ、そうなのだ、普通に私に心地よいものがあったり、熱い想いがあるのだ、と私が日々友人と交わすのと同じような話ができたり、色彩が豊かすぎてあまり凝視したくない世界、シューリアルな世界の住人がすっと現実味を帯びるのです。

これはメディアの中の人に限ったことでなく、同僚の方だとかに関しても言えて、話して初めて見えてくるものや発見することが沢山あるわけで、その方と共通項を見つけて、異なる部分を認めて、その異なる部分を貪欲に知ろうとするとまた沢山発見があって、自分も刺激を受けます。超現実的な世界がまぶしすぎるのだとしたら、日常というのはあまりに色に乏しく、そこに絶句したり不平を垂れたりする危険を沢山帯びているのですが、実はそれは自分が膜を張っているだけの話で、話をして、日常という膜が破られやっと現実味が増すというものです。

昨夜の会で連れて行って頂いた店の南インド料理があまりに美味しく、会話もすこぶる軽快で愉しかったのですが、そこについてはまたの機会にして、私も新たな出会いを他の方に提供できるようにリエゾン役を買って出る機会を作りたいと思います。もちろん、気の置けない相手との時間は何ものにも変え難いんですがね。オープンソサエティがそうした古くからの関係をまた刺激してくれる気がする今朝です。
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by Haruka_Miki | 2008-07-25 00:00 |

掃除の客観性と主観性

部屋の掃除をする必要性が日に日に増してきたので、これは致し方ないと本棚を見てみたり、クローゼットを開けてみるけれど、ちっともはかどらない。おや、このCDは、おや、この本は、とやっているから埒があかない。言い訳になると思うけれど、引っ越し屋にとって、依頼人のものは単なる『もの』でしかないから、仕事=片付ける、梱包する、運び出す、に終始できるというものだろうが、自分のものを片付けるとなると、これはもう楽しいものばかりが次々に飛び出てきて、仕事にならない。仕方がないので、布団を干したり、洗濯物をしたりというルーティーンにはさんで、合間にまずはものを全て出す→少し余韻に浸るのもよいとする→心を鬼にして片付けに終始する、を繰り返している。

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と、久しく聴いていなかったCDたちがぽろぽろ出てきたので、Patti Smithベスト版を聴きながら、あっぱっぱー(死語?)を着てちょこまかしていると、家ロック!な感じでよい。以前聴いていた音楽を聴いて、急に現実を超越してそれを以前聴いていた環境に引き戻されるような錯覚に陥るが、結局、年を重ねても、人というのは例えばプロフェッショナルなコンテクストでどう動くはともかく、気を抜いた状況での立ち振る舞いは、三つ子の魂、でそう簡単には変わらない気がする。

さて、部屋の掃除をしながら、余韻の掃除も同時並行で行っているわけだが、面倒なのは、これはまた自身の癖でもあろう、一つの余韻を掃除すると、次にその余韻が他の思いを引っ張り出してきて、例えば、Patti Smithのライブを観たときに感じた衝撃を今一度思い出すわけだが、そうこうしていると、すさまじく凛とした破壊的にも美しい女性、とより大きな概念が頭に出てくる。

先日、女性の一人晩酌の話が話題になったことがあって、男性がからんとウィスキーグラスを傾けるとか、いやそういう物憂げなかっこよさでなくとも、缶ビールを開けて一杯といくというのを、公共の場でやることはまあこれは通常の画としてとらえられているけれど、女性がそれをしたときはやはりどうも異なる印象を与えるとか、女性は女性で、暗がりのバーでウィスキーはともかく、駅前の居酒屋で一人晩酌はどうも超えていいものか迷う一線だという話になったのだった。とりあえずその場に居合わせた女性陣の結論としては、自分はまだその一線を越えられないけれど、それを迷いもせずに背筋伸ばしてヒールの靴でがらがらっと引き戸を上げて店内に入って、腰を下ろしてビールを一杯、を成し遂げられてしまう女性は相当かっこいいだろうという話になった。Patti Smithの歌を聴いただけで、ここまで飛躍的な思考をしてしまう癖は一向に直らなく、直そうとも思っていないのだが、現実的な掃除が、とりあえず思考の中に散乱した事象たちもstraighten outしてくれると信じて、この七月の暑い日にクーラーもつけずに部屋の掃除に勤しむこととする。
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by Haruka_Miki | 2008-07-19 00:00 |

ズドラーストヴィーチェ!

もっとロシア語ちゃんと勉強すればよかったなあ。

だって、チェブラーシュカとても可愛いんですもの。こういう形のコップありますね。ヤフーニュースを見たのがばればれな話ですが。

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                          ↑チェブラーシュカ

キャラクターといえば、高校の時にお付き合いしていた彼が、おもむろに取り出したのが、アランジアランゾさんの悪い子の本でした。
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                         ↑悪い子

アメリカで初めて会ったアランジアランゾ氏キャラクター。とてもシュールで面白いんです。

日本や東アジアを旅していて、とても目立つのは、いたるところに溢れるキャラクターものですかね。ゴミ清掃車でさえ、市のキャラクターがついているような、キャラクター大国日本ではないですか。

アメリカで日本のキャラクターが巷のマニアの間で流行り、日本でロシアのキャラクターが流行るというのは、どうもこのアニメーションやイラストという視覚に見せる方法が、文化をあまり問わずすんなり入りやすいのかなと思ったり、やはり文化的視点が必ずやあるんだと思ったり。キャラクターもなかなか奥が深いわけであります。
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by Haruka_Miki | 2008-07-17 00:00 | 芸術

江戸っ子気質はえばれたものではない

自分が江戸っ子の祖父の孫なのだ思う瞬間。それは、柳川鍋を食べている時でも、『ひ』と『し』の発音の区別がつかない時でもなくて、(ちなみに、柳川鍋は滅多に食べないし、その発音の区別もついていると自負してます。というか、それがクライテリアであることがそもそも疑問?)、それは、『宵口のお金なんたぁもんは、持たねぇ、』的発想がどうもあるところです。今後、キャッシュフローが今までのようにはいかなくなるところ、こういう段になって初めて急に心配になり始めて、今までの自身を省みてみます。 

最近思うのは、キャッシュのインフローがあればあるほど、アウトフローも多いわけで、よく考えると、何に使っていたのだろうという疑問が。大体、ファッションは大好きであるけれど、そういうのはなんというかいわゆる高い店に行って買うというタイプの買い物ではないので、そこまでお金はかからなかったはず。小学生の頃のワニちゃんのポロシャツも穴があいて一昨年やっと捨てたりしています。

そんな中、唯一にして最も支出が多い分野は、私の場合群を抜いて『旅』であろうことは疑う余地がありません。あそこもよかった、ココもよかった、素敵な仲間に、美味しい食べ物、辛くても汗臭くてもそれがかえって思い出、な旅の記憶。ああ、それはあまりにプライスレス、ではなくて四ヶ月に一回もやっていれば、かなりのコストであったのです。旅の数々で、得がたい経験をしているし、とかく行ってよかった、今後も旅したいと思うわけでありますが、私の場合、その欲が学生の頃からちっとも変化していないところが、また困ったところだと思い。

とりあえず、反省をして、小さなところからこつこつ、じゃあやっぱり昼ごはんも塩むすび、はちょっと絶えられないから、お弁当を持って行くことにしました。飲み物も持っていったり、部屋でお茶を淹れたり。ああ、家計簿をつけるのだとか、レシートをピンで止めるだとか大の苦手で、大体このくらいだろうという感覚に任せてしまうのは悪い癖です。財務諸表と近いところにいたとは思えぬファジーさです。

というわけで、最後にして付き合い悪い人間にならぬように努力はする予定ですし、間違いなく誘惑にかられて外をほっつき歩くことは目に見えていますが、その中でも少しずつでも、うっかり実はextravagantな小生のメンタリティを叩き直していかねばと思うのであります。
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by Haruka_Miki | 2008-07-14 00:00 |

Giver

最近、とても素敵なアクセサリを頂くありがたい機会に恵まれています。写真は、その一つでフィリピンで離れ小島を拠点に活動するある作家が作っているブレスレットです。似合うと思って、ってあっちが地元の子にもらって、それがまあさすがな美しさで、スーツケースに入れる組に、即内定です。フィリピンのね、イメージがちょっと変わりました。フィリピンといえば、ちょっぴり油が多い料理のイメージなので。もらった本人は相当嬉しい、くれたあの人もにこにこ顔。
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なにより、贈り物を頂くと、一つの時空に持続性を持たせてくれる気がするのです。それが何よりありがたい。それを見ると、ふっとある一つの時点がまたありありと色鮮やかになって、思いが溢れ出てくるのね。それは、絶対に絶対に、自分へのご褒美、ちゅうのとは別物なんです。

そして、私が好きな学者の中沢新一さんの著作、愛と経済のロゴスを思い出しましたよ。

経済に関心を持つのは、実は経済学自体では全くなくて(ごめんなさい)、経済的活動を営む人間の行動とそれが示唆するところなのですが、贈り贈られるそんな間柄で、商品がただの売り物ではなくて、ストーリーを閉じ込めてくれることに、私はいくつになっても一定のロマンを感じるし、喜びを感じるし、それはただの交換では存在し得ない、商品の前に、ある人間関係あってのストーリーなのです。そういうストーリーを含む情緒的な経済学があったら、きっとはまるんだろうな。そして実は、そういうストーリーが経済学の行き詰まりの突破口になるのではと思ったりします。そのこころは、全てはロジックの上に存在しえず、イロジカルな部分が実はマージナルではなくて、核となる部分。経済的営みにおいてもまた然り、というところです。
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by Haruka_Miki | 2008-07-11 00:00 |

Stranger of some place

Recently, I was keep reading the works by Jhumpa Lahiri and certainly her writings had a certain impulse to me. I even rented a movie based on one of her novels, Namasake.
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(This is the Fort Agra)

One word that depicts her writing is probably "modern". The way she keeps a certain distance from subjects with the cool eyes and naration tones to depict the characters and that makes sense as many of the stories are the story of people today, with certain coolness when we look at our own life and our own feeling. Still, what underlies is the warmth of the people, the irony, the carma that goes time to time, generation to generation, ethnicity to ethnicity.

Especially those who have lived abroad, or specifically in the U.S. will have somewhat "deja vu" feeling when reading her books. I was certainly one of those who felt somewhat similar when I lived there.
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by Haruka_Miki | 2008-07-08 00:00 |

今日の言葉

いつも的確なコメントをくれる大人なともだち。相当laid-backだけれど、相当insightful。そして表面は相当適当。
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(大好きなパン屋さん)

『煩悩をさぁ、集中してみたら。なんちゅうか、まだね、煩悩が集約しきれてないわけ。』

ね、これ聞いても頭にハテナマークだ。前ぶりがあっても、私もハテナマークだ。でもさ、切れがいいんだな。努力を惜しまず!とか情熱を一点集中!とかそういう熱すぎコメントでなくて、煩悩の切り口というのが、らしいし、煩悩を捨てる、じゃなくて集約するっての、私にはとても響いたなあ。

ああいう人がコピーライターになったら、ちょっとは世の中面白くなる気がする帰り道です。
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by Haruka_Miki | 2008-07-06 00:00 |

東京西部を遊ぶ

吉祥寺→中央線で思い出しましたが、今になって、いや今だからこそ、何やら気になる界隈は、中央線沿いです。アングラを一手に受けているあの感じは、なんとも。高円寺のペルシャ料理のお店で集いましたが、なかなかこれは六本木や表参道や青山ではぜったいに醸し出せない雰囲気です。オシャレな場所もいいですけどね、ああいう場所の味は大好きであります。多分に性に合うというものです。

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(これは高円寺、でなくてウズベキスタン)

そして今思い出しましたよ、小学一年生の時に私の前の席に座っていたクラスメートはお父さんがイランの方で、お母さんが日本人で、学年の途中でテヘランに家族は移住したので、私はお別れ会で、プレゼント持って彼女のお宅に行ったことを。今頃どうしているかしら。なんか、ペルセポリスの世界ですね。それから、高校時代のクラスメートがウェブ上にイラン旅行の写真を掲載していました。それまで、彼女は彼女でしかなかったので、イラン出身とは知らずにいましたが、旅の中の彼女は、いつもの赤髪をスカーフで隠していて、それはそれで彼女のアーモンド形の目の形を強調して美しくもあったのですが。

などという物思いにふけることができる中央線・総武線沿いであります。なお、中野にあるベジタリアンレストランもベジタリアンの友人のおすすめですが、なかなかよいので、ベジタリアンもカーニヴァルもお誘い合わせの上どうぞ。休日など散歩しがてら待つことを厭わず、近くの公園で猫とじゃれ合うほどゆったりした気分の場合はぜひ。

東京はほんとうに様々な顔がある街ですね。その中で同じエリアにしかいないのは相当惜しいので、今のうちに色々めぐりたいものです。あとはなんでしょう、夏なので、神楽坂祭りでほおずき買うのと、野球のナイターは行っておきたいものです。
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by Haruka_Miki | 2008-07-02 00:00 | Nippon