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パリ発 五感の穴

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パリの東と西を走る旅のこと

この年末には、両親がこちらに来ており、夫婦&まだいっちょあがりでない娘一人の家族旅行と相成りました。我が家のがちゃぴんちゃん(妹)は東京で祖母とお留守番です。がちゃ、お留守番ありがとう。そして、両親にはまず、ご馳走さまでした、を言っておかねばです。お料理美味しいね、みんなで食べるともっと美味しいね、なひと時でした。

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フランスに着いたその日にアルザスに移動し、ストラスブールからミュールーズのワイン街道をひたすら車で走りました。ストラスブールとコルマールの美しさと言ったら。ピノキオの世界です。そして、おそらくはこれは限りなくドイツに似た地域です。歴史を考えれば言わずもがなだとは思うのですが、私はあいにくドイツに足を踏み入れたことがないため、ああこれはイメージのドイツだと思い、ドイツに行ったことがある両親の情報を持ってそう結論付ける他なかったというものです。

その後パリに戻り一息ついて、今度は父が行きたいと言っていたベルギー・ブルージュに車を飛ばしました。私も一応日本の免許証の翻訳(これがあるとこちらで運転ができる)を用意しておいたのですが、肝心なことを失念していました。欧州は基本、マニュアル車だということです。私はその昔、米国にてろくなトレーニングも受けずに運転免許を取得、書き換えを経て日本の免許を取得しました。ある意味、これは危険です。大きな道をひたすら走るのと、赤信号を見たらとにかく止まるのと、パラレルパーキングの方法と、高速を走る際に踏み込まずとも一定の速度で走り続けられるシステム(これ何と言うのですっけ)の操作方法だけわかっておけばなんとか車社会で生きられる、という大味なオートマ運転方法しか習わなかったので、到底マニュアル車の運転は厳しいというものです。まぁ、そもそも免許がないというものですが。というわけで、それぞれの運転で、父がハンドルを握り、私は後ろの席で気楽にしているというものでした。

私は、家族旅行といえば、昔からこのとりあえず自分たちで車を借りて自力でその地に行くというのがスタイルで、ヴィンセント・ギャロと同じ位に父は自動車の運転を厭わないのだと考えていました。(なぜギャロ、という感じですが、彼はLAからNYまで、バイクであれツアーバスであれ、とりあえず自分で運転するんだそうですよ。というのも、絶対に飛行機に乗らないからなのだそうです。当然ながら、ヴィンセント・ギャロはお友達でもなんでもありません。悪しからず。)とはいえ、久々の長い運転に、父はへとへとのようでした。昔は、プリンスエドワード島でも、キーウェストでも、すべて一人で運転したというものです。キーウェストには一人でハンドルを握り、休みなしで1日半で五大湖近くの自宅に帰ったり。それを考えると、父も年を重ねました。運転お疲れ様、ありがとうです。

とまぁ、各地の観光情報なるものはいろいろ書き連ねるところもあるのですが、それはあくまで私なりの旅の記録でしょうし、どちらかというと両方の旅で感じたのは、両親と旅をする、というところがテーマだったので、どうしてもそこの印象が強い旅でした。

蛇足ですが、今回両親のスーツケースが紛失しました。経由便ということが災いしたのでしょうか。一つのスーツケースは3日遅れで、またもう一つのスーツケースは両親が帰国する前日に、電話ではもはや埒があかないと空港に父が押し掛けてやっと発見されたのでした。見つかったから2008年もなんとかよく終わったというものですが、父の執念がなければ、キャリーオンケースの中の明太子も、うなぎパイももはや食べられないものになっていたことでしょう。クリスマスは係の方が少ないからか。年末年始に経由便を使われてCDGに来られる方はどうぞお気を付けください。

飛行機に車と、とにかく交通がメインの年末でありました。

追:いまだSDカードが差し込めない状況が続いています。写真は依然として最近のものが利用できない、ないし友人に送ってもらった写真での代用です、申し訳なし。
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by Haruka_Miki | 2008-12-30 00:00 |

器で頂くクリスマス

初めて、この地にてクリスマスを過ごしました。と思ったら、実は二回目だということが判明しました。6年前、現在の自宅よりももうすこし西寄りの区でクリスマス前を過ごし、アパルトマンでシュクルートを食べたのを今更ながら思い出し。初めてのフランスでありました。

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アメリカのクリスマスは、雪がしんしんと降る中で、キャバレー張りの派手な電光が近所を彩り、それを見送りつつロードトリップにでるのが我が家の習慣でした。日本ではどうだったでしょう。なんだか直近のはずなのに、記憶が曖昧です。鍋とか?チーズフォンドューとか?カーネルさんのフライドチキンとか?しかしそれよりも鮮明なのは、子供の頃に家族でしたクリスマスパーティというやつでしょう。

今年のクリスマスはオペラガルニエでライモンダのバレーを観てきました。なぜか今にいたるまでオペラというものを観たことがなく来年こそはと思っているのですが、結構バレーが好きなので、大晦日も大晦日バレーということになりそうです。まぁ、大晦日だよドラえもんのようなノリでしょうか(違う?)。とりあえず観とこう、と。クリスマスディナーという意味合いでは、リースリングの白を飲みつつ、チーズのオニオンスープ、オリーブの実をたっぷり入れた鶏肉料理、フォンダンショコラを食しました。

クリスマスイブの、自宅前の商店街の混み具合といったら。いつもは店を出していない牡蠣の業者も様々な大きさの牡蠣を並べ売っており。さながらそれは上野のアメヤ横丁のような様相でした。ちなみに柿もKakiという名前で一つ1ユーロほどで売られています。甘そう、柔らかそう。私は柿のよさがまだよく分からないので、ここは柿好きの父に食べさせてあげたいです。

このクリスマスにはいくつかのプレゼントを頂戴しました。桜の花々をあしらったティーカップとソーサー、ボルドータイプのワイングラス(丸みが少なく、下の部分がすこしはっていて素敵なんです。私はこれがずっと欲しいなぁと思っていました)、和三盆のお茶請と御抹茶です。いかに私のイメージが、送り主さんらの間で、食べ物や飲み物に彩られているのか手に取るように分かります。うちの祖母のモットーが、「プレゼントは食べ物が一番。食べちゃったらものは残らないから飾る必要もないよ。味わった幸せだけ残るんだよ。」というので、結構この辺はなるほど、と思うところであります。もちろん、これは食べ物だけでなく、食べ物・飲み物周辺の小物というのは、やはり一つ一つの食との出会いをより個人化してくれるので、とても嬉しい限りです。

とはいえ、器は器。いつかは壊れるかもしれません。だからこそ、ワイングラスをくれた時に添えられたあなたの言葉が響きます。「器はいつかは壊れるかもしれないけれど、がっかりしないで。その時の思いはずっと残るんだ、大切なのはそっちなんだと思うんだ。」そういう器をくれる人に恵まれているのは、すごくありがたいことですし、儚くも温かく、私はそういうことにはかなり敏感な、クリスマスでした。
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by Haruka_Miki | 2008-12-24 00:00 |

赤い爪

私はネイルアートなるものがちょっと苦手です。などと言っておいて、私の中で最高潮にバブリーに生きていた時は、月々いくらと払って毎週必ずネイルサロンに通っていたこともあるのです。びっくりでしょう。結局私は、女子としての洒落心なるものが好きなのです。特に、ストレスを感じた時はシックな装いでとことこ歩きたいこともあるのです。それでも、なんとなくネイルアートというのが苦手で、大概は爪の形を揃えてもらい、ベージュピンクを塗ってもらっていました。もっとも実のところお茶をやっていたので、お茶に長い様々な色の爪は相容れないというもあったかもしれません。

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唯一色を注したい時には、いつもより短めに爪を揃えてもらい、真赤をお願いしました。essieの352番というやつです。赤は赤でも少し黒味がかかったこっくりした赤で、落ち着いていてかわいらしいのです。ちなみに、私の爪の形は父譲りで、手の小ささからしたら爪がアーモンド型に大きいので、いやらしくならないように気をつけねばなりません。

昨日久々にお爪を赤にしました。そして、ピンクベージュのツイードのジャケットを羽織って少しだけ冬空の街を歩いたのでした。いつもは絶対にマドモアゼルと呼びかけられるのだけれど、今日ばかりはいつものチーズ屋のお兄さんも、初めて行った郵便局のおじさんも、マダム、と呼びかけたのでした。色は、こうも人の印象を変えてしまうのです。もっとも、日常で私は常にうぐいす色のリュックの紐の部分を短くして背負っているので、それはもうアジアティックな学生さん、以外の何者でもないかもしれません。

前職時代はこうした色はやはりいつもは適わぬ色だったわけですが、私の大好きな上司も、例えば月に一度の金曜日など、やっぱりたまに赤のお爪にしてきて、そういうところが私はとても大好きでした。いつもは上司と部下なのだけれど、そんな時だけは行きつけのバーに連れて行ってくれたものです。

今住む街の女性は、それこそあまりネイルアートというものに興味がなさそうです。美的センスが違うというのもあるのかもしれません。たいがいが短く揃えた爪のまま、もしくはフレンチネイルか薄い薄いベージュ、そして前述の赤もいます。ティーンネージャーの女の子は、やっぱりパンクに粋がって、黒だとかも見かけます。

とまぁ、お爪の色などは結局外見ですし、特にあれは結構女性の自己投資というか、自分へのご褒美のような意味合いもあるような気がするのですが、もしそうだとすれば、やっぱり私には多少の影響を与えると思いアパートに帰って来た次第です。
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by Haruka_Miki | 2008-12-22 00:00 | 五感

12月上旬の過ごし方

休みに入りました。街の喧噪の中にも静寂が宿る季節がやってきます。今年のクリスマスイブは水曜日、大学教授方もクラスメートも、クラスが終わると同時に散っていきました。これから二週間、それぞれのクリスマス休暇となるのでしょう。パリは相変わらずの曇り空ですが、それを晴らすほどのお料理や飲み物、仲間に出会い、今に至ります。私の部屋は、赤が基調の部屋で、先日購入したポインセチアがまた彩を添えてくれています。

f0079502_21294985.jpg私のルームメートも実家に帰り、私は今週半ばに両親を迎えるまでの間、親しき人々と離れた一人の時間です。読みたい・読まなくてはならない本が積み重なっていて、彼らと向かいつつの休日です。私自身にはあまり関係ないのですが、どうも街がクリスマスショッピングでごった返しているのを見ると、日本の師走のそれと大差はなく、そんな中自分もなんだか買い出ししてみたりしています。師走は素敵な会が多く、御馳走に美味しいお酒が重なりますので、昨日は中華街に行って、白菜、豆腐、ベトナムの牡蠣ベースのチリ、海老がすり込んである卵麺などを調達してきました。冬ごもり準備ほぼ完了です。我が家の窓からは、古い印刷工場が見えるのですが、彼らも仕事納め。先週などはクリスマス前の追い込みで空が真っ暗な7時頃からかたかた音を鳴らしてらしたのですが。

こちらに来てからというもの、思ったほど、というか全くもってシアターを観に行かず、音楽もエレクトロニックな祭典以外には足を運べず、展覧会も数えるほどという残念な状態ですが、代わりに飲み物を楽しむことに関しては今までにない機会にありついています。その一つがワインであり、その次にお茶があります。

f0079502_213249.jpgワインは、以前触れたように大学のワイン部に所属しているので、いろいろなワインのうんちくを聞きつつ(専門用語すぎて苦労していますが)、ワインを嗜むというのが趣旨です。ワインを理解することがテーマなので、口にふくんだ後、ぺっとやるわけです。これで味が分かるのか、と思っていたのですが、そうでもしないと酔っ払ってしまい、それこそ味が分からず仕舞いなので、ぺっとやっております。

12月ということで、ひとつ重要なテイスティングに参加する機会がありました。かの有名なロスチャイルド家のワインであります。それから、ナパバレーの2004年のOpus Oneがでてきました。最高に美味で、びっくりしました。というか、フランスでカリフォルニアワインが出てくることに、なんだかワインの百年戦争(なんてないですが)が終結したかのような感動を覚えました。この国のワイン売り場はどうしてもナショナリスティックなので。私のような素人でも分かるというものです。私に贈り物をされる奇特な方は、こちらのワインをご考慮ください(すみません、嘘です..高価なので..。)

ワインと並んで、いやそれ以上に多くの時を共にしているのはお茶ですが、またこれについては追って。加えて、今読んでいるフランスの公共政策の本がとても興味深いので、近々書き記したいと思います。また、こちらもTerritoireに関してです(いくつかコメント頂戴しましてありがとうございます)。
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by Haruka_Miki | 2008-12-19 00:00 |

恋愛小説

いつだったか、二人の作家さんによる冷静と情熱の~という小説が結構流行りました。私も話題作なので、この本の青の方だけ読んで、おや?という感じでいまいち入りこめずに止まってしまい、結局赤は読まず仕舞いでした。その理由はいくつかあると思うんですが、そもそも作者さんのスタイル、情感という根本的なところがどうも私個人の嗜好と異なるというのと、お話として基本的に自文化で素直になれにきれなかった二人が西欧で、というパターンに感情移入ができなかったものと思われます。もしかしたら赤から読み始めたら、また状況は異なっていたのかもしれません。

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恋愛についての本は百万とありますけど、私の場合は、冷静というのは恋愛に存在し得ないかなぁと思い出して、もしかしたらそこで前述の本にいまいち入り切れなかったのかもしれないと思った次第です。恋愛をする時に、冷静であることは可能なのでしょうか。私は、とても感情的な性質なので、これはかなり厳しいなと個人的に思います。では、情熱だけかと言えば当然そうでもなく、私が作者だったら、なんと言うでしょう。安定と情熱の~でしょうか。コンフォートを求める気持ちと、パッションを求む気持ちを両立させたい、そういう欲張りさを持ち続けている気がするし、結局それぞれが私個人にはとても大切なエッセンスです。これは、結局、友人関係でもなんでも言えると思うんですが。自分の価値観を崩してくれるような破壊的な魅力と、互いの間に生まれる和の両方が拮抗していることを、そして自分も誰かにとってそうであることを、どこかで願って止まないのです。

先日、東京にいる大好きな方のご友人@パリとバスク料理のお店に行ってきました。この方もとても素敵な方で、話しが興味深く、それは愉しい夜でした。話は当然(あなたも好きね)色恋話になりました。いかにフランス人女性が、六十歳になろうとも、友人の彼と二人きりでご飯をしようという時はいつにないお化粧をまとってきてくれるかということ、そして髪の毛を切ったねと言うと、はにかんで笑うこと、それはただただ、恋愛だけでなく愛らしいこと。恋愛とは一風縁のない生活をしていようとも、その魅力はいまだ、いや若き日に一層増して、みなぎる自信とやさしい温かさで包まれていること。なんとなくそういう文化にいると、私自身、刺激を受けるところもありますし、だからといって恋愛至上主義=情熱を謳歌すればいい、というわけでないことを肌で実感するところです。

どうもこのテーマを考えると、私はクンデラさんと荷風さんと大江さんの本を開かずにはいられなくなるのです。

“There is nothing heavier than compassion. Not even one's own pain weighs so heavy as the pain one feels for someone, for someone, pain intensified by the imagination and prolonged by a hundred echos.” - Milan Kundera
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by Haruka_Miki | 2008-12-13 00:00 | 五感

シネマ的一日

2001年から愛してやまないのは、Satya Sai Baba Nag Champaのお香です。モントリオールの地下にあるショッピングセンターの入り口にあるお香屋の香り。モントリオールのフランコフォンカルチャーは間違いなく私の中で大きいのです。ここに来て、一番近いクラスメートもやはりモントリオールに縁があって、世界は小さいですね。まぁ、フランスに来ているわけだから、フランコカルチャーに触れた経験があるのは必然なのかもしれませんが。ちなみに、私はこのお香を嗅ぐと、どうしても映画、みなさん、さようならが観たくなります。この映画は私の中でトップ5映画の一つです。

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(イスタンブールのお犬様。たぶん、自分のこと人間だと思っていました。かわいいね)

さて、今日はなんとなくシューリアルな感覚に陥りました。映画、焼け石に水を思い出しましたよ。ああ、なんというかこの社会はなるほどあの映画がなんとなく可能になる雰囲気をいたる所に内包しているわけです。そして、ルームメートと気狂いピエロのオマージュを語りながら、オウムを飼っていたあるマルセイユ在住の男性について話しました。そして、私が最近はまっているミクロ経済の先生の話しに展開。わたし、あの先生のことを考えると、もう三時間は通して笑えてしまうのです。人様にある可笑しみのエッセンスは、本気で愉しく、いとおしいものです。私は、ストレートないわゆる情愛以外の、こうした滑稽なほっこりとした人間愛、リスペクトが大好きです。そしてルームメートと私、我らは、どうやら映画で重なる部分があるので、濃い目にいれた緑茶とチーズをつまみに、三時間ぶっ通しトークもオーケー。この間彼女はエロスを観たそうで、あれは私も大好きな作品なのでまた盛り上がり。女子の話はいとおかし。

まぁ今日のシューリアルな感覚は、大学院で起こったある出来事がそもそも具体的な理由です。とあるハーバードメソードを用いたシナリオプランニングのクラスで、ある反乱?がありました。ダニエル氏という、ある有名なフランス共産主義者のお方の名前を利用して、クラスメートに一通のメールが。(ご丁寧にメアドまでダニエル氏のアドレス。)メールの内容は、いかにこのクラスが生徒たちが自らを蹴落とすメカニズムによって成り立っているかということ(クラスメート同士でそれぞれのプレゼン、ディベート内容を1から5までに採点して、その採点の合計が自身の成績に大きな影響を与える)、それもこれも全て先生の意図通りであるかということ、いかに社会科学を学ぶものとしてこのmechanismを通じたmanipulationを阻止しなければならないかということ、をとうとうと述べているわけです。学部長にもこのメールの内容は行き渡り、さてさてしかしダニエル氏がかの有名な彼であるわけはないであろう、そうしたら一体誰が彼の名前を借りてこのような革命的措置に踏み出したのか、犯人探しがクラスメート内で始まるのは避けられないのではという状況。

私は幸か不幸かこの授業に登録はしていないので、、完全に部外者ですが、いやぁ。なんとも公共政策大学院ぽいといえばそれらしい。Revoltするにも手が込んでいる。そんな中、いやこのメール自体が実はシナリオプランニングのクラスの一部で(シナリオプランニングのクラスではあるケースが与えられ、その短期~長期的プランを練らなくてはならない。当然、シナリオは現実世界の政治、経済的問題を散りばめ面倒なものであります)あったりするんではないかと考えたり。

焼け石に水で、右に左に踊りを踊っているシーンを思い出しつつ。夜な夜な一人ポアロごっこです。(追:私が一番好きなサスペンスは、アクロイド殺人事件であります。)
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by Haruka_Miki | 2008-12-11 00:00 |

概念と言葉のことなど

毎度、ご無沙汰しています。風邪をひきましたが、相変わらず元気です。一日一日ここに在る有難さを感じつつ、雪も大歓迎です。黒いコートを日本に置いてきたので、ピンクベージュコートで凌いでいます。
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デパート。9月の画像で失礼。

最近は何をしているかと言うと、引き続き、グローバルガバナンス関連でG20について調べたり、ユーゴスラヴィアやルワンダなど人道に対する罪における国際裁判のScapegoatingな一面について考えたり、在日ヨーロッパ企業の活動を調べたり、パリにおけるここ40年の都市計画について調べてラ・デファンスに行ったり、やっと滞在許可書を手に入れて大喜びしたり(記念?に健康診断のレントゲン写真を頂戴したのですが、処分しかねて困っています)、週末にクラスメートのお家にお邪魔したり、ワインクラブのテイスティングに参加したり、久々に映画が見たいと思っていたら諸事情により、当初予定していた映画ではなくなぜかトランスポーター3を見ることになり(don't ask me why)小生の嗜好から行くとかなり厳しい状況だったり、ミクロ経済の勉強をしたり、相変わらずこちらでも私らしいといえばまあそうなのだ、という生活を送っているわけです。

さて、今日の特別講義はOECDのお偉いさんを迎えてだったのですが、今夜はTerritoireという概念に振り回されることになりました。こちらに来てよく思うことですが、仏語の概念は英語にも直しかねるし、当然日本語でも難しいという事態によく陥ります。テーマは、EUの存在は何たるかということなのですが、そこにEconomicないしSocial Cohesionを求める動きと、同時並行して内部の競争力を高めることを念頭に置いている、しかしCohesionは目的ではなく、さらなる高みへのプロセスなのだということを盛んに強調しておられました。しかし、そもそも論として、Territorial cohesionてなに?Territoryってなに?と、おそらく直訳に当たる「領土」という言葉をかなり限られたコンテクストでしか耳にしない私には、どうも馴染みがありません。やはりそこはTerritoireという言葉一つをとっても、これはかなり仏的で、というのもそこに在る文化、社会、政治的背景にかなり左右される概念なのですよね。

Rethinking European Spatial Policy as Hologramによれば、Territorial cohesionとは最初に異なる空間カテゴリー間の(大枠では都市と農村部という意味が含まれるものと思われる)経済格差是正がその概念の中核を占め、しかしながら他の作者は経済や社会的な結束と異なり、Territorial cohesionはその空間の性質をより際立たせるべし、というスタンスの人もいるようです。いずれにせよ、私はこの概念のエッセンスがいまだとして咀嚼できずにおります(追:私の大学院のアーバニズムのコースはMention Stratégies territoire & Urbanisme と呼ばれており、このことからも、いかにこの概念がヨーロッパ、少なくともフランスで重要か察することがでいます。)

いまだカメラの写真をPCにアップロードできずにおりますが、また近いうちに写真をアップデートできるとよいなと思いつつ。またです。
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by Haruka_Miki | 2008-12-10 00:00 | エチュード