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パリ発 五感の穴

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朝晩かくかく

春なので髪を切ることにしました。今回は思い切って15センチ位切りました。大学一年生の頃におかっぱで入学式だった時以来の肩上なので、少し不思議な感じです。少し母に似ました。

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という話は置いておいて、昨夜の会がとても密でした。わたくし何もお手伝いできませんで。ローズマリーが香り立つリゾットをご馳走になりました。久々に日本語で語り倒す会というのをやったのですが、それぞれの生い立ちに色濃く影響された我々ひとりひとりの価値観、自身がすがっている智慧の幹が、いかにも個人的なものであるか、そのことを如実に表わしていてとても面白かったです。

フランスについてのこと。スイスについてのこと。アメリカについてのこと。それぞれが住んだことがある文化圏の限られた話、それをステレオタイプにすることなく、どのような具合でまとめられるのか。そんな微妙な線を模索しつつ、話はマスコミに及んで。獄中でとても有名な本を書いた、政治思想がとても過激なイタリア人の方がいて、その方の本はとても影響があって、彼は今フランスのグランゼコールで教鞭をとっているのですが、彼の話を私が持ちだすと、一人の方から、その人は獄中にいたからこそ、自由であったとの言い方をされたので、それはとても興味深いなと思って質問攻めに。彼の考えでは、牢獄の外にいる人には、まずどの媒体を使うかなどの選択肢があるために、その手段の選択が自由を縛るとの言い方で、それに加えて、獄中にいるからこそ捨てるものがなくモノが申せるとおっしゃっていて、ふーんと聞いていました。選択とは何なのでしょう、自由とは何なのでしょう。そのほか、私はかなりつっかかってしまった「バランスがとれた人」論議だとか、かくかくしかじか、うんうん、ん?そうかんしら、なんで、なるほど、しかしながら、まぁねそれは、、とやっていたら地下鉄を逃しました。自分が考えもしない議論を聞くことの面白さと言ったら。パンチが利いてました。It doesn't matter whether or not we agree on each other. What is important is that we are not scared to admit that we agree that we disagree.

自由かくかく論議の後、今朝はルームメートと二人して、寝坊しました。とはいえ、ルームメートは毎日よく寝るので彼女にとっては普通なのです。いつもは私がエスプレッソ淹れるんですけれど、今朝はルームメートの方がタッチの差で早起き。二人で遅い朝ごはんをしつつ、朝ですし、自由だバランスだなんて議論はせずに、寝ぼけ眼。この家では、自由うんぬんの話は、ちっとも出ることはないのだけれど、彼女の恋の話や仕事の話や趣味の話を聞いているだけで、それもそれでうんんと「自由」が何たるかが染み出ているので、この家では、夜な夜な話すのが趣味でなくても、それでもやっぱりそんなエスプリは朝からぷんぷんなのです。そんなこんなで、エディットピアフのLa vie en roseが頭から離れないのですけど、まそんな日曜日もよいとします。
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by Haruka_Miki | 2009-04-20 00:00 |

春の日差しの楽しみ方

サンクトペテルブルグにも春の息吹が感じられます。春の花はないにしても、日差しが、和らげです。
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しかし、これはまだ寒いと思うんですが。
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だって、まだ一応零下だったりしましたし。風も強めなので暖かい帽子・手袋・マフラーは必須の気温です。という心配は余所に、思い思いにお天道様をありがたみつつ、しばし団らんする方あり、読書する方あり、昼寝する方あり。
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段ボールを持ってきてマイスペースを作っているあたりが玄人と見ました。ちゃんとパンツやシャツも壁にかけているし...家?
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寒中水泳とかと同じなのかしら。寒風摩擦とか?あとは、雪の中の露天温泉は寒いけれど、心地よいのと似たニュアンス?最初は、きょとんとしてしまい、インスタレーションアートかと思いました。

あいにく参加する勇気と耐久性は日本女子にはなく、すごすご退散です。
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by Haruka_Miki | 2009-04-12 00:00 |

食べる

お家に帰ってきました。統計学の宿題をなんとなく終わらせ参加した昨夜のソワレは、バックグラウンドや年齢が異なる人々の集いでとても興味深い面子で、四時間強があっという間に過ぎました。それぞれ一品・二品を持ち寄りお酒を開ける会、多人数過ぎないというのはとても居心地がいいのです。

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メンバーの一人は、最近お菓子作りに凝っていて、今日はシュークリームを作るんですって。シュークリームのカスタードって、なんであんなに美味しいのでしょう。その方とお喋りしていて、先週はその方マドレーヌを焼いたとおっしゃっていました。マドレーヌというのは、私の場合は実家を連想させる言葉です。おそらく我が家の場合は、母が作ってくれたそれに想いを馳せるからでしょうか。昨夜のソワレのホストの方も料理が上手でいつも手料理をふるまってくれるのですが、結局私は食材を選ぶ→この自分の食事を作る→そして愉しむという時間の過ごし方がとてもとても好きです。高級レストランに赴いて食べるのとは異なる愉しみがあると思います。そんなわけで、今回の旅行中も、ホステルに泊っていたこともあり、一週間中ずっと外食というのも避けるため、キッチンを利用しました。ホステルというのは小宇宙で、ベトナム人の家族が麺を食べていたり、ロシア人の兄さんがマッシュドポテトを作ったり(というか粉ポテトを水とバターと牛乳でのばしたもの)、アメリカ人の大学生がお豆とパプリカのトマト煮を作ったりそういうのを見ているだけでも面白いです。当然、いわゆるロシア料理を食べるには外に赴くか、最善なのはローカルなご家庭に御厄介になるというものなのでしょうが。

作って食べるといえば、昨夜の面子のお一人は日本に住んだことがある北米人だったのですが、興味深い話をしていました。それは、当時ご自身(いわゆるコケイシアンに見える。本当はヒスパニックも入っているのだけれど、とにもかくにも「外国人」に見えることは間違いない)が日本に留学した際に、他に日系の留学生もいたんだそうです。その際に、彼自身は、日本人のローカルなご家族と食卓を囲む際に、文化の差からくる沢山の失敗を犯したのだそうです。しかし、彼が失敗すればするほど、ご家族は喜び、日本ではこうなのよと教えてくれた。対する日系の留学生は、とても苦労を重ねていたとのことで、なぜ「日本人」なのに日本の文化が分からないのかと、辛い日々を過ごした人もいたのだそうです。これが、個人的な体験、文化的な体験なのかは話し手によって異なるところでしょう。

食を共にすることがやらかな優しさに守られ、連帯感につながる一方、そこには歴然とした差があり、しかし私が関心があるのは、この差を当然のものとして興味深く受け止めつつ、しかしその根底に、一緒に鍋をつつく、時間を共にして愉しむというベーシックなレベルでの共感は可能なのではないかと思いつつ、さてはて戦場の戦士たちを、難民たちを、政治たちを、武器などを持ち込むことなく同じテーブルで食べることが、どれだけ争いごとの解決になるのだろうと思ったりしました。もしくは、いつしかかの牧師氏が言ったように、それはいつしか遠くない未来に、争いごとがなくなった後に、やっと同じテーブルにつくことができるというのが通常の運びなのかと考えたりしたのです。
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by Haruka_Miki | 2009-04-11 00:00 |

なまえのこと

ロマンを馳せる都市の名前というのはいくつかあって、小生の場合、例えばアルゼンチンのブエノスアイレス、アメリカのサンタフェ、ウズベキスタンのサマルカンド、イランのエスフェファーン、ポルトガルのリズボン、中国の敦煌、ウクライナのキエフ、ブラジルのリオデジャネイロ、イタリアのヴェネツィアなどがそれに含まれるのですが、そのうちの一つがサンクトペテルブルグかと思います。今回、イースターの休みを利用してこの地へ来ました。キリル文字が持つ柔らかみに触れ、ホステルのお兄さんに教えてもらった地元の食堂ではメニューもなかなか解読できずとも、とても居心地がいい街です。

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都市の名が持つイメージというのはどこまで「現実」と合ったものなのか、これは確実に個人的な経験でしょうから、これが本当だとかという安易な結論には至れずとしても、その名前と土地の関係性について考えたりしています。そういえば、国で言うとGeorgiaがロシア語読みの日本語標記を改めてほしいと外相会談で伝えたことは記憶に新しいのです。

名前というのは不思議なもので、やはりそこに一種のアイデンティティが宿ることは、都市の名前でも人の名前でも同様な気がします。そして、名前がまた、政治に翻弄されることも、この地は身を持って示しているように見えるのです。話は少し異なりますけれど、このことは、例えば日本においてもエスニシティを覆い隠すように、もしかしたら自身の出身のエスニシティとは異なるかもしれないけれど、戦略的に「和名」的な名前を名乗ったり、もしくは社会が、エスニシティの多様性を歓迎するといよりは、暗にそうした統一性を推奨することにあるのかもしれません。

近年、都市の合併が多くみられましたけれど、この場合も、新しい都市の名前をどうするかということがかなり話題になっていたように思います。少し気になったのは、新都市の名前の決定方法は、どのようなプロセスが一般的なのでしょうか。仮定として街・町の名前が帰属性に繋がっていて、また政治経済方面に影響を与えるのだとしたら、この意思決定プロセスというのはとても重要に映ります。というわけで、Googleで「合併 新市名 決定方法」をキーワードに検索してみました。オンライン上で情報が公開されている場合がいくつかあるようです。

岩手県西根町・松尾村・安代町の場合
「新市の名称の決定方法について (協定項目4-1)新市の名称は、三町村が一体感を醸成し、新たな地域づくりを行っていくことから従来の名称は使用しないこととし、新市にふさわしい名称を公募し、協議会で決定する。」

千葉県長生郡市の場合
「新市名称決定方法
1. 応募作品の多数意見をもって長生郡市合併協議会において決定します。
2. 集計にあたっては、長生郡市合併協議会委員のうち各市町村の議会議長が集計確認者として確認を行います。また、有効・無効の区分け、グループ分けに疑義が生じた場合は、集計確認者が協議により定めます。
3. 集計に当たっては、以下によりグループ分けを行い、グループ順位1位を決定し、更に1位グループ内の最多数意見のものを選定します。
・ 読みが異なっても、漢字が同一のものは同グループとします。
・ 漢字が異なっても、読みが同一のものは同グループとします。
・ かな(カナ)表記のもの(漢字まじりを含む)は、同一の読みがある漢字のグループとします。 」

愛媛県西条市の場合
http://www.city.saijo.ehime.jp/gappeikyougikai/pdf/kyougikoumoku/h_shiryou_11meishou.pdf

結局、都市の名前一つをとっても、その問題は民主主義とは何かという命題にかかってくるわけで、民主主義のベースとなる情報公開、意思決定に参加する方法の確保について考えてみたいと思います。

"No one is born a good citizen; no nation is born a democracy. Rather, both are processes that continue to evolve over a lifetime. Young people must be included from birth. A society that cuts itself off from its youth severs its lifeline."
—Kofi Annan, Ex-United Nations Secretary-General
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by Haruka_Miki | 2009-04-07 00:00 |

クレムリン

大学時代の第二外国語が他ならぬロシア語で、その割に今は全く覚えていないというよくあるパターンです。
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唯一この言語の恩恵と言えば、一学年上の先輩たちがとても面白く、(このクラスに限っては、何故か横のつながりよりも縦のつながりが強かった)今でも時々近況報告をしたりです。

共産党圏に足を踏み入れた経験は実はそこまで多くないのですが、どこか無機的なマスタープランを感じさせつつ、モスクワは常に進化しているのでしょう。そして。無機的な「箱」に原色の色を注すイメージとは程遠い、淡いモスグリーンやピンク色の建物がそこここにあるのを見る時、この文化圏の知らぬ顔を伺い知るのです。

詳しくはまた。
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by Haruka_Miki | 2009-04-04 00:00 |