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パリ発 五感の穴

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本本本!社会学部のはしくれの血が騒ぐ課題図書達に郷愁を覚える木曜日の夜。アペロのお誘いを断り、寮でシラーズを開けてみました。隣人たちが風邪だということで、お互い助け合いの隣人愛。レモンとシナモンを落として、ホットワインを。ゲゼルシャフトの中のゲマインシャフト!と叫び出しそうなのは、社会学復興の印です。

突然Chet Bakerが聴きたくなり、引っぱり出してきました。大学四年生の頃によく聴いていたので、なんとなく懐かしい歌声が、武蔵野の並木道を思い出させてくれるというものです。彼の曲は、たいがい始まりが好きなのです。秋がお似合いの声質。と、しんみりした後にJonis Joplin。お次は忌野清志郎とハナレグミ。隣人はさぞかし不思議がっていることでしょう。夜な夜な聴こえてくる不思議音楽セレクションたちに。そして、ロックな音楽家の、はちゃめちゃさと温かさのバランスって、なんなんでしょう。

それにしても、社会科学という括りがいかにざっくばらんであるかを思うこの頃です。ここだけの話、実社会に出た際に感じた、一本槍な前提・議論展開、大学三年生の夏にインターンをし、溜池山王で朝の明かりも夜の灯りも見て、入った世界。そこにある前提に疑問を抱かないことはないのだけれど、そのNormativeな状況に一度身を置いてみたかった新社会人の経験。さっぱりわからないその論理!窮屈!とまでは言わないとしても、Status quoが疑問視されないことが興味深かった3年間。そして今、毎日授業で聞くのは、その議論の裏にあるのは規範的質問?ポジシティヴな質問?やっと2005年以来、同じ言語を話している気がします。

でも、待てよ私。ここはとても特殊なちろりん村であることを忘れるなかれ。一歩キャンパスの外を出れば、規範的質問を疑問に思わないことが当然の世界が待ち受けています。それを変えようとするのか、それに入らないでおくのか、むしろ中に貪欲に切りこんでいくのか、それはまたそれぞれの選択なのでしょうが。社会科学を勉強するならば、様々なStatus quoをどんどん壊すのが無理なのならば、深化させていけばいい。と思わせてくれる先生が結構いて、同時にシティの引き続きの議論が当然な先生もいて。同じ屋根の下、大変なことになっています。100人先生がいれば皆違うことを信じている。けれど、やっぱりどこかでNormativeにならないことを理想としている人が多いか、もしくは自分がNormativeであることを認識して、これが自分のスタンスです!と言ってはばからないか。

ユートピアの「知的活動」と実世界が互いを照らし合わせるその間にいれたら。と思うのです。
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by Haruka_Miki | 2009-10-23 00:00 | エチュード

都市「計画」

お久しぶりです。ロンドンはいつの間にかすっかり秋めいて、今週などは随分冷え込んでいます。Pコートでは寒いくらいのこの頃です。雨に悩まされるので、長らく購入しようか検討していた長靴(しゃれっ気がある人はレインブーツと言い換えるのでしょう)を購入しました。小学生の頃からかれこれ十数年ぶりの長靴です。黒地に赤と白のマークがかわいいです。今年一番の投資のような気がします。それにしても、男性のお洒落な長靴というのはあまりないですね。皮靴に防水スプレーをすればいいのかしら。

さて、最近の生活と言えば、なんとも学生らしい生活をしています。寮→学校→寮→学校、これに時にパリに行く・帰ってくる、とかシティバンクに行く、とかそういうものも入ってくるのですが、一端生活が始まると、これはどこでも言えると思うのですが、行動がパターン化してくるというところがあります。このパターン化に閉塞感を感じる場合もあると思うのですが、私の場合はここ2年弱程、生活の拠点が変わりすぎて、ある程度リズムがあることが日々を動かしてくれるというところもあるかと思います。そのパターンの中で、時に人々との会合があったり、そういうことがパターン化した学生生活の色どりになってくれます。ロンドン自体を歩く機会があいにく限られていますが、そういうコミュニティ的なロンドンでの立ち止まり方は新たな視座を与えてくれます。昨夜は寮の同じフロアのドイツ人の女の子の呼びかけで、ザワークラフトとフランクフルトをご馳走になりました。

ところで、学校で一番厄介なのはCapstoneという名のグループプロジェクトでしょうか。民間なり政府系なり国際機関なりのクライエントにお題を頂いて、その問題のソルーションを提供せよ、というのがミッションです。それでなくても本の波に押され、論文を書かなくては、とやっているところですが、このプロジェクトが、自身が所属するプログラムではとても重要視されており、そこがMScの学位と異なる所以なのかと思われます。今まで習った理論やモデルやメソドロジーをどれだけ実社会に利用できるか、そのことを使命とするプログラムなのです。

ロンドンでは、パリに増して都市計画と都市化関連の書物を読んだり、授業を受ける機会が増えました。パリを離れてから思うことは、もっとパリの都市計画について知りたい、というところであるのですが、それは自身で行うこととして、授業でこうした自分の興味ど真ん中の勉強を受けられるということがとてもありがたいなと思っています。面白いな、を仕事なり今後の糧にする、そこを心のどこかで考えつつ今できることに没頭しようと思っています。

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最近、James ScottのSeeing Like A Stateを再読しました。政策決定全体に言えることだと思うのですが、この本が都市「計画」の前提を繰り返し問うてくれることは興味深いところです。この本は、昨年度パリの学校に入る際に、授業が始まる前の夏のおすすめ書籍と紹介された本でもあります。さて、その中の行に、Le CorbusierとJane Jacobsの対比がなされるところがあります。私は、基本的にLe Corbusierが創造する外観の統一性に高い関心があるのですが、同時に彼の作った全体性に身を置きたいかというのは別問題として、彼の作品を訪れたりすることが多いのでした。そこにある一定の距離感が何を示すのかは特段気にしていなかったのですが、Jane Jacobsの見方に甚く同意し、ぜひ氏の本を手に取りたいと思ったのでした。

"To see complex systems of functional order as order, and not as chaos, takes understanding. The leaves dropping from the trees in autumn, the interior of an airplane engine, the entrails of a dissected rabbit, the city desk of a newspaper, all appear to be chaos if they are seen without comprehension. Once they are understood as systems of order, they actually look different." (Jacobs, J. quoted in Scott, J., 1998. Seeing Like A State. New Haven and London: Yale University Press.)
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by Haruka_Miki | 2009-10-19 00:00 | エチュード